第四話 決裂したので
「意識が失うことがなくて今回はよかったけどね、鮎、その身には華麗な俺様の妖術が眠ってることをお忘れ無く!」
「分かってるよ……でも自分が意識失う場面なんてその場では思いつかないじゃないか」
「思いつけよ! あぁ~鮎坊ってば、なんつー怪我しやがって……誰だ、あゆに傷つけたのッ」
口ぶりからは説教だが怒っているのはどことなく分かる。
それだけ心配させてしまったのだなぁと思うと、少し悪いことしてしまった気がするが、それでも亜弓は軽口を叩くことしかできなかった。
だから亜弓は謝る代わりに、苦笑を浮かべて空いてる方の腕で海幸の頭を撫でる。すると海幸はぽろりと涙し、畜生ッと必死に腕を繋げる妖術を施す。
「畜生、畜生、畜生! こんなに土樹で良かったと思う日がくるなんて! あいつの妖術に縋るなんてっ!」
「利用できるのは利用しちゃえよ。そんなに気負うなよ」
「あゆ……まぁ、なんだ。取り乱してすまんな」
海幸は亜弓の言葉に落ち着きを取り戻し、ぐす、と鼻水を啜ると、涙を片手で拭う。
そして妖術による治療はこれ以上は無意味だし、体に負担がかかるものだと思ったので、手をどけて、腕の具合を慎重に診る。
冷静さを取り戻すために、頭をふって怒りの感情を退ける――それから、亜弓の腕を慎重に動かし、筋を見やる。何回も何回も、曲げたり伸ばしたりをゆっくりとしながら。
「――うん、繋がったが――……神経はどうだ?」
「ん、動くよー。さっすが、海幸! 海幸は頼りになるね」
亜弓がそう言うと、海幸がぼっと赤くなり、はぁとため息をつく。
どうしてこのお子様はそんなにも望む言葉を、知っているのだろうか――そんな思いが過ぎりつつ。
「ここに来てるのに頼りにならなかったら役立たずじゃないですかっ鮎坊!」
「普段の海幸ならあり得る」
「ひどぉっ!! がーん、俺、ショックだわぁ」
口ではそう言いつつも亜弓の調子がいつも通りなのでほっとして、海幸は笑みを零す。
そして、顔を引き締め、涙が収まる頃には、事態の説明に入っていた。亜弓があの時の爆発が何だろうと知りたがると、思ったからだ。いつだって彼の好奇心は止められないので、後で苦労するより、先に説明した方が気苦労は少ない。
「――あれ、どうやら何処かの民族から奇襲受けた、というのが長の話」
「――海幸は?」
「……何とも言えないねぇ? ただ、情報が早すぎるって思った。だけど、その場にお前が居たっつーし、それなら情報早いのも理解できっかなぁーって」
「何で僕居ると理解できるの?」
「大事なお客様の万が一に備えて重警備、そう考えると、な」
「成る程――ねぇ、僕、奇妙な奴に会ったんだ」
「え?」
海幸が思考を止めて亜弓を見やると、亜弓は少し何かを考えるような表情を作っていた。
何かを思い出し、それに心奪われているような、忌々しい表情。
亜弓が両親のことを語るときのような顔をしていた。彼の家庭環境は冗談でもよかったとは言えなくて、昔は柘榴と二人で亜弓を連れ出して励ましていた。
それが柘榴の務める説歌いという役目だとは知らなかったが、今思うと郷の色んな子に何かしら助けを差し伸べていた子供だったなと思う。大きくなり、説歌いの存在を知ると、道理で優しい、と納得でき、彼にはとても似合うと微笑むことが出来た。
亜弓は、眉を寄せて、繋がった片腕にそっと触れて、彼にしては歯切りの悪い話し方をした。
「僕ね、僕……この傷をつけた人と、話したんだ。最後は何が起こったのか理解出来なかったけれど……でも、怖い人じゃなかった」
「……あゆ、自分で何言ってるのか分かってるのか?」
「うん、自分に攻撃してきた相手、それも妖しい人を怖くないっておかしなこと、を言ってマス。でもね、僕の第六感が告げて居るんだ――あの人は、ワルイヒトだけど、事情のあるワルイヒト」
「……事情があろうとなかろうと、悪い奴は悪い奴! 夢を見るな! 善意のある奴でも敵になる時代だ、悪意のある奴をどうして許せる? それも! お前の腕を! 切り落とした!」
海幸は苛立ちを隠さず、そのままにはき出す。
何せ彼が己の危機感を感じなかったので、誰かが感じなければ亜弓は良心のままに動きやられてしまう。
どうしてよりによって己の腕を、隻腕にしようとしていた人間を信じられるのだろうか。
その疑問をくみ取ったような返事が、亜弓から返ってくる。
「……何でだろうね、海幸が治すだろうって思ったし、それにあの人の髪綺麗だったから」
この俺専用キラーが!! と、海幸は内面で叫びながら顔を赤くし、ふと敵視する者も褒められたことに気付きムキになる。
「か、髪ぐらい俺だって綺麗だろうがっ!」
「自分で言う辺り、流石海幸だと思うんだ」
亜弓はくつくつと笑ってから、一瞬黙り込んだ後、「親睦を考え直したい」と切り出した。
海幸はそれには反対しなかったが、気持ちとしては反対もしたい。
何せ親睦を考え直す理由が、火を見るより明らかにその奇妙な奴が原因と見えるからだ。
だから眼を半目にして、亜弓のぼんぼんを弄ってみつつ、ため息を。