番外編 蟹座と鳳凰座
どうにも解せないことがある。
あの霊鳥がいつまでも己の側にくっついてまわることだ。
毎年、ホワイトデーだかなんだか判らないがその年になると奴の目が、異様に輝いていたのがうざかったから、とある事件を仕組んで、それ以来、飴を触ると、粉々にしてしまうトラウマを与えた。
それでも、奴は輝いて、此方を見てくる。見てくる。見てくる。
いっそ迫られた方がマシだ、それなら娼婦らしく扱える。
だが奴は子供の精神なのだ――それが酷く恐ろしい。こんな外見で、子供ってどんだけ世間知らずなのだ、と思う。
プラネタリウムがあの白い化け物の思い出を映したものだとしても、モデルたちの関係も同じだったのだろうか。だとしたら、さぞ大変だっただろうに。
でも、でも、だ。
今年は、違う。
陽炎にこの前チョコレートを与えたから、その三倍返しとして、鳳凰を近寄らせない条件を提示した。
それが出来なければ、鴉の誤解を招くようなことをするぞ、と脅せば簡単だった。
陽炎は唸りながらも、気が乗らないまま頷き、了承した。
だから、今日は逃げなくて済むというわけだ――。
それなのに、陽炎ときたら。
「すまん、失敗した!」
朗らかに……朗らかに、そんなことを言うなッ!!!
と叫びたいが、声が出ない。
陽炎の後ろには、奴!
奴の前には陽炎!
陽炎の前には、オレ!
「そんでもって俺は鳳凰座の姉さんを応援する」
「この……裏切り者がああ!!」
「答えないお前が悪いんだよ、思いから逃げてちゃ駄目なんだろー?」
「それは貴様に限った話だぁあああ!」
全速力でオレは逃げ出す。
飴だ、飴を探さなくては! 奴が苦手とするのは飴だ、飴を見るだけで恐怖に震える!
奴の場合は、殴っても喜び、蹴っても喜ぶ! 効果があるのは、飴だ!
どどどどどと俺と陽炎と鳳凰のレースが始まる。
まず角を曲がって、糞ガキの部屋を目指す。大犬は確か、菓子を持っていたはずだ。喉も最近痛いと言っていたとか言っていなかったとか!
陽炎が背中からナイフを投げてくる。僅差で避けて蟹座は少し陽炎を振り向く。
その後ろには、鬼ごっこだと勘違いして嬉しそうに追いかけてくる鳳凰座。それだけで、悲鳴が出そうになる。
「蟹座、テメェいい加減、観念しろッ!」
「この反逆、決して忘れんからな! 忘れた頃に仕返ししてやるからな! 忘れろ!」
「っへ、やだね! 常に柘榴か鴉座の側にいるもん!」
「蟹座様、どうして怒ってるの、陽炎……?」
「ああ、あれはね、恥じらって居るんだよ」
「貴様ああああああ!!!! 恐ろしいことを言うなぁああ!!」
オレは大犬の部屋に入り、大犬を見つけるなり、菓子を奪い、飴を探す。
「何すんのよ、蟹座っちー!」
「飴は何処だ?!」
「飴? あたし、持ってないわよー。獅子座っちなら持っていたと思うけれど……」
「くそっ!」
オレは箱入りのクッキーを串刺しにしてから、部屋を出て行く。
部屋には、それにショックを受けた大犬の泣き声が響いている。それに陽炎が気を取られているうちに、子猫のところへいこう!
子猫は何処だ?!
走っていると、また後ろから走ってくる足音が聞こえたので振り返ると、鬼の形相で陽炎が追っかけていた。鳳凰は少し怒ったような顔で追っかけていた。
「蟹座ぁああ! 大犬座泣かせたな?!」
「わんちゃんは何もしてませんわ、お酷いことを……何か壊したいのなら私のを差し上げますから、それでしてください」
「五月蠅い、黙れ! 近づくなぁああ!」
廊下の先に子猫を見つけた!
「子猫ぉおおお!」
「あ? 死にガニどうしただ?」
「飴を寄越せ、持ってるだけの飴を全部寄越せッ! 今度生肉くれてやるから!」
「! わかっただ!」
子猫は缶に入ったあめ玉を全部渡してくれた。欲に忠実な奴は、話が早いから助かる。
オレはそれを鳳凰めがけて投げつける。
鳳凰はあめ玉を見るなり、きゃああああ!!! と、叫んで……小爆発を起こした。
投げた飴が次々と小爆発していく、それが元から爆弾だったように。
陽炎はそれに驚き、通路の端に避け、成り行きを見守る。
「飴を投げられたくなくば、オレに近寄るな!」
「蟹座様……おやめくださいッ」
「ふっ、ははっ、ははははは! これは楽しい! 生意気なお前が、震えるほどだとはな!」
「……おやめください、嬉しくて、気絶しそうです」
「は?」
その瞬間、オレは鳥肌が、全身ぶわわあああああと立った。
その時の、恥じらうこいつの姿を見れば、通常は妖艶だとか、色っぽいだとか言うのだろうけれど、こいつは、恐怖に対し、何といった? 恐怖に対し、嬉しいだと?
「蟹座様から飴を貰えるなんて、嬉しいです……」
「ほ、鳳凰座……でも、飴が嫌いなんだろう?」
陽炎が若干引きながら、そう聞くと、鳳凰座は両頬に手をあてて、真っ赤な顔を隠す。
「これは私が飴嫌いを治そうと、してくださってることなんです」
「ど、どこまでポジティブなんだ、貴様ぁあああ!」
半ば恐怖で声が引きつっているオレに対し、こいつは恥じらう姿を見せて、ふふっと笑った。笑った、笑いやがった……!
「蟹座様、あなた様からの飴、全て貰い受けます。あなた様の愛を、私にくださいませ……」
「……ッひ」
「ああっ、蟹座ぁあああ!!! ごめん、悪かったぁああ! 悪のりしすぎたああ!!」
卒倒した。
なんかもう覚えてない。
視界がブラックアウトしたので覚えてないんだが、陽炎がその後介抱してくれたらしい。
陽炎曰く、泡を吹いていたとか。それで流石蟹だ、と感心されても嬉しくない。
「陽炎――貴様、この罪は重いぞ?」
「い、いやぁ、だって、こう身内の恋は応援したいじゃん?」
「あいつには今後一切構うな! オレに関することには構うな!」
「……なんだって、そんなに苦手なんだよ」
「……――いや、何となく? まぁいい。陽炎、この代償は貴様の体で払って貰おうか――」
「え、やだなぁ、何、……ちょ、痛い。手、離せって……!」
陽炎の手を引っ張り、自分の寝ていたベッドに引き寄せ、耳元で、陽炎、と甘く囁いてみると面白い反応が見られる。
こいつは何とも楽しいもんだ――だから、もっと悪戯をしようと思ったとき。
「陽炎を離しなさい、霊長の姫君を呼ばれたいですか?」
頭上にこいつが乗ってきた。鴉が。
お、重ッ……首折れる、首折れる!!!
陽炎は慌ててオレの腕から逃げ出し、それをオレから降りた鴉が抱き寄せる。
そしてオレを睨み付け、ふん、と鼻を鳴らす。
「今回はこいつが悪いぞ」
「だからといって口説く必要はないでしょう? ああ、呼ばれたい? 愛しきれい……」
「やめろ、貴様ーーーー! 皮を剥ぐぞ!!」
「っふ、そしたら貴方が陽炎に憎まれるだけです。出来るならおやりなさい」
「っく……!」
オレはじんじんと痛む首を押さえて、鴉を睨む――……ああ、あの扉の隙間から…ああ、嗚呼あああああ!!! 鳳凰の目がぁあああ!!!!
オレはまた気絶して、気付けば次の日だったが、側には誰もいなかった。
ホワイトデーほど憎らしいものはない。