第十五話 朝の恒例相談
――あんたらホモには、絶対陽炎ちゃんは渡さないんだからーっ!
「って、大犬座が叫ぶ夢を見たんだ」
メイスで賞金首を殴りながら、冠座に相談する陽炎。
メイスはその可愛らしい球体には似合わない痛々しい棘や刃をまとわりつかせ、その球体は鎖へ、鎖は柄へ繋がっている。
メイスを振り回せば予測しない方向にメイスは回転しながら、敵へとキスをする。
冠座はそれを見ながら、興味のなさそうな顔で欠伸をする。此処できゃーとか叫ぶのなら可愛い女の子、かもしれないが、叫ばれないのは有難いし、何より幾度も戦うのを見てきた彼女にそんなことを考えるのは無茶がある。
「いつものことじゃないの」
「うん、いつも叫んでることなんだけど、何かいつもと違って渾身の籠もった声だったから」
「きっと日常から口説かれ続けてる毎日だから、頭がおかしくなってきてるのよ」
冠座は容赦なく言い捨てて、陽炎は容赦なくメイスで獲物の頭を潰す。
潰してから、あちゃぁと頭を掻く。
潰された賞金首は、そのまま倒れ、永遠に起きあがることはなかった。
「この武器、面白いけれど、顔を潰しちゃったら意味無いじゃないか……痛みも覚えのある痛みだったし」
「覚えのない痛み虫がありそうな奴だったら、蟹が制してるんじゃないの?」
そう言うとそれもそうかと陽炎は納得し、ため息をつく。
それから獲物だったものを見下ろして顔が潰れて価値の無くなった賞金首の死体をどうしたものかと、悩む。
「掃除屋は金がかかるしなぁ」
「放置すれば? 誰かが片付けてくれるよ」
「そう親切な奴は、この街には居ないよ。基本的に大きな出来事は自分のことは自分でやる、それか金次第で引き受けマスがモットーの街なんだから」
人殺しは、大きな出来事。だからこそ、前回のように通路に血をつけたまま帰る、なんてことはできない。
――だがそういう思考の下には、陽炎が人間を信頼していない感情が伺えて、冠座は肩を竦めた。
陽炎は、あんな奴隷生活があったのだから、仕方ないだろう、と。
どうしようか考えた結果、何処かに隠して劉桜からこの賞金首の家族を捜して貰ってその家族に、せめて遺体だけでも送ることにした。
これで恨まれるのは当然だが、遺体が家に戻ることを死者は多分望んでる……かなぁ、という少し疑問を残しながらの結論を出したのだ。
眼鏡を一回取ってから、布で拭き直す。
血が少し飛び散って眼鏡にかかってしまったからだ。
「陽炎はさ、眼鏡外すと幼く見えるよね」
「眼鏡っていうのは、大体そういうもんじゃねぇの? あーっと、さて、今日はじゃあ後はどうしようかなぁ……」
「ねぇねぇ、私、ケーキたべたぁい」
好みの可愛い冠座のおねだりには弱い陽炎は、じゃあ喫茶店にでも行こうか、と微笑んだところで非難囂々の蛍がまた陽炎にまとわりつく。
眼鏡をかけ直せば、光はぼんやりとしたものから、ややぼんやりとしたものになる。
「冠の君ッ、嗚呼そんな思い人と思い人がデートするなんて、どうして私を虐めるのですか。愛しの君らよ、そこへ私も交ぜてはくれませんか? 最愛の二人に囲まれれば私はこの上なく至福を迎えられるのに」
「冠ちゃぁあん! 何よ自分だけッ! ねぇ、陽炎ちゃん私、じゃあケーキ要らないから陽炎ちゃんの子供頂戴」
「陽炎様は僕がブサ男だから、外に恥ずかしくて連れて行けないんだ……だから、冠座とデートするんだ……」
毎度ながら五月蠅い蛍、否、星達だ。まぁそこが寂しさを感じなくて楽しいところなのだが。プラネタリウムを手放せない理由だとは、理解したくない。
陽炎は苦笑を浮かべつつ、好みとはいえ冠座が愛属性だったらこの中の一味になっていただろうかと考えて、嫌になった。
(彼女は忠実、そっちのほうが似合うし、可愛い。それにきっとこの無関心さが楽しんだろう――)
「陽炎、どうする? 皆、怒ってるけれどさ? 鳳凰と蟹以外。嗚呼でも蟹は多分無言で怒ってるでしょうね」
「……楽しいことだけ考えよう! 行こうか、冠座」
陽炎はどうせドメスティックバイオレンスが来るのなら、可愛い子とお茶をしてからの方が楽しいと思ったか、冠座をエスコートする。普段鴉座が自分をエスコートするのを真似ながらしてみるが、ぎこちなく似合わない。
冠座は陽炎の見かけは上品なのに、何故上品な仕草が似合わないのだろうと彼に笑った。