第六話 亡霊の訪れ
――ばさばさ、と翼をしまい、鳥目では様子を見にくいので人の姿に化けて木の枝に腰掛けて、鴉座はこの近くに居るという噂の、蒼刻一関わりの人物を探す。
(――さてね、どう情報を仕入れるか。あれに関わってるという噂と、この辺にいるという噂しか入手出来ていないですしね。情報の数が少なすぎるけれど、蒼刻一様に関してはそれだけあれば有難い方かも知れない)
何かを考えている時間は割と好きだ。物事を考えると言うことは、頭の中でごっちゃになった情報を整理して綺麗にはじき出し、もしかしたら新しい発見が出来ることがあるから。だから、ゆっくりと考えて、情報を整理してから、探そうか、と思い立った。
ふむ、と暫く考えていたときだった。
ふと、悪寒を感じた。
うっすらと寒い気配がして、季節の所為ではない筈なのでそれを不思議に思った鴉座は言いしれぬ予感を感じる。
何か、そう――例えば蒼刻一が仕掛けた何かが現れるような。
“助けて”
声がした。か細く頼りない、そのくせ大人のように低い声。
声が頼りなければ、口にした言葉も随分頼りないもので、鴉座は目を細める。
「……――何方?」
“カラス様、ぼくぅのこと分からない?”
声は己を知っているようだった――しかも、この言い方だと、まるで己もその声を知っているような言い方。
もしかして、無くした記憶の中に彼の声が入っているだろうか、と思案してみるが、どのみち覚えがないので、首を振って、完全に知らないことを教える。
それは正解で、例え記憶があったとしても、鴉座は彼を知らない――。
「ええ、分かりませんね。お前のことは何一つ、分からない。声も幻聴かと思いそうだ」
鴉座はか細い男の声に、怯むことなく、何となく地上に微笑みかけて低温の声で答える。
臆病な声はそれだけで泣きそうな声をあげて、それから火の玉をぼぅっと作りだし、鴉座の目の前でうろうろとする。
“ごめんなさいぃ……今は、こういう仮の姿でしか、現せないぃぃ……仮ご主人様に怒られるし……蒼様が怖いんだぁ、ぼくぅは”
「……気配から伺うに、妖仔で、――星座、ですか?」
“分からない。ぼくぅは不確かな存在。空には存在しないから――アクマはぼくぅ達はプラネタリウムの妖仔だってぇえ言う、けれど……在り方も特殊なん、だ”
「特殊?」
火の玉は青く光り、左から右へ彼の心のようにびくびくと揺れて、まるで辺りに誰もいないことを確認するように動いてから、言葉を続ける。
“――プラネタリウムは蒼様の過去の鏡。皆、蒼様の思い出の人物がモデル。だけど――ぼくぅや、アクマみたい、なァ闇の十二宮はモデルは……居な、い。尊者だけが例外――”
「……え」
不気味な風が吹く。ざわりざわりと、嫌に肌に触れる。
ねっとりとした少し暖かい、この季節にしては嫌な感じの……不気味なお化けの鳴き声のような風。
それもざわっと勢いよく吹くのならば良いのだが、このか細い声のように頼りなく、そよ、と吹いただけ。
それが余計に嫌な感じをさせた――。
“尊者、尊者は気づいていないぃ……んだ、ね。……尊者は、闇の十二宮だよ…ぉ”
「闇の十二宮って……何、ですか」
“……ダメ。亜弓様が居るときでないと、喋れない……亜弓様は、結界を張れ、るから、――蒼様でさえ聞けない会話が出来る、んだよ……えへ、へ。亜弓様、凄いぃい……”
「亜弓――って、柘榴様の……」
“いつか、亜弓様が尊者を頼るときが、きますぅ……その時、仮ご主人様がぼくぅをお外に出してくれていれば、お話し、出来ますぅ”
「いつかじゃダメですよ、今お話しなさい。私に何かを伝えるために、此処に来たのでしょう?」
“……尊者ァ、ごめんなさい……ぼくぅもね、怖いけど、でもこれでも頑張って、いる。アクマを裏切りながら……”
今にも泣きそうな声に、鴉座は少し目を閉じて、それから低い音程で厳しい言葉をはじき出す。
「――誰かを裏切っているというのなら、余計に話しなさい。中途半端な行為は良くない」
鴉座が厳しくそう言うと、今度は泣き出してしまう、か細い声が聞こえて、鴉座はため息をついて、火の玉に優しい声をかける。この声は声からして大人だろうに、子供のように繊細で扱いが厄介だと思いながら。
「……ねぇ、私もお前のことが知りたいのです。蒼刻一様は確かに怖いでしょう、私に会いに来るのも勇気が大変必要だったでしょう――その勇気を、ちゃんと使いましょう?」
“……うん、ぼくぅ、ぼくぅ、使うぅ。……――だけど、亜弓様のことは仮ご主人様が今、必死に一人だけで頑張ってるから、それは許してぇえ…”
「――じゃあ、闇の十二宮について教えてください」
“闇の十二宮は、普通の痛み虫じゃ作られ、ない星座ですぅうう――……聖霊様が手にする、こ、とで作られる星座、なんですぅ”
――それはガンジラニーニに特別な思い入れがあるからこその、存在なのだろう。
そう鴉座は思案しているのも構わず、火の玉は言葉を続ける。




