第五話 鷲座の懸想はまだ未消化で
その言葉に黙っていなかったのは、大犬座と――盗み聞きしていた、牡羊座と獅子座。
二人は扉をばんっと開けて、つんのめりかけながら登場する。
ちなみに、牡羊座は記憶があり、獅子座には記憶は無い。
なのに獅子座は陽炎を慕い、仕組みがあったときと同じような暖かい思いを陽炎に抱く。
殆どの記憶のない星座は陽炎に友好的だ。柘榴の友人とはいえ、以前の黒玉だったなら友人にも悪印象を抱く筈だったのに、星座達は陽炎を慕うので、それだけ陽炎が変えた仕組みは大きいということだ。
牡羊座がつんのめって倒れそうな獅子座を支えてから、一歩踏み出して怒り眉にして怒鳴る。
「ちょっと、あなた! それは許しませんわ! 我が元・神がそんな危険な眼にあわれるのなんてあたくし、耐えられませんわ!」
「んだんだ! そんなの片眼鏡だけに任せればいいんだべ!」
二人の訴えが耳に響くと言いたげな動作で白雪が反応し、片耳をそっと抑えて微笑む。
その笑みを見て、一同は一瞬で、白雪を苦手とする獅子座を、哀れむ。
「……おや、お前――それから、獅子の妖仔。盗み聞きは宜しくないよ。蓮見が真似したらどうするんだ? というより、蓮見はまた人馬の妖仔のところかな? 人馬の妖仔が父親だと認識されたらどうするんだ――?」
蓮見とは、白雪と牡羊座のあの騒動の子供だ――。
にこりと穏やかに微笑みながらも圧迫するオーラを感じ取った獅子座は、言葉につまりうっと呻く。
――白雪のこういう笑みは厄介で、誰にも物を言わせない圧迫感を感じさせる。
それは獅子座だけではないので、皆は獅子座に「お前だけが負けるわけじゃないよ」と心の底で同情した。
ただ、牡羊座を除けば――。
「いいじゃありませんの、あの方は保父さんですもの! 蓮見はそれにあなたをパパと呼んでるじゃありませんか! まだ、あたくしのことはママって言ってくれないのに……! 嗚呼、何て悔しい!」
「それが不思議なんだよね。オレって子供に好かれるような奴だったっけ?」
「――絶対ありえませんわ。兎も角ッ、我が元・神がそのようなことをなさるのは、反対です、あたくし! 我が元・神! あなた様もそのようなこと、しませんわよね?!」
夫婦の威圧感対決に黙っていた陽炎だが突然話題に出されて、戸惑う。
面白そうだからちょっと興味はあるが、ちらりと眼にした鷲座の顔には「ダメだ」の三文字が描かれており、このまま「行きたい」なんか言おう物なら、牡羊座、鷲座から説教を喰らう羽目になる。
それを見かねた柘榴が苦笑を浮かべながら、二人を止めようとする。
「こらこら、脅しちゃぁダメだよ、わっしー、羊さん!」
「……だって、主! 主は平気なんですの? 陽炎様が危険な眼にあっても! 嗚呼ッあなた様ってそんなに情が薄い方でしたの? あたくし誤解しておりましたわ」
「……いやぁ、おいらだって心配だけどー、こういうのは本人達の判断に任せないと。それに、白雪ほどの妖術師と、おいらのガンジラニーニ流の妖術が組み合わされば、何とか呪いの一つや二つ、補助出来るデショ」
それを聞くと陽炎が少し考えながら、言葉を途切れ途切れに口にする。
「……――本当? じゃあ、ちょっと行ってみたい、かも」
「陽炎どの、何を……鴉座が心配するだろう」
「ちょっと行って戻ってくるだけだよ。平気だろう?」
「それは、戻ってこれる事が前提だ」
鷲座の糸目が鋭い光りを宿す――少し怒っている証拠だ。それに少し怯え、陽炎は思わず柘榴の後ろに隠れたが、鋭さは変わらない。
陽炎はそれに少し怯えながら、こそっと顔を出して鷲座を睨む。
「だってもしかしたら向こうで変わった痛み虫が得られるかもしんないじゃないか。最近皆、過保護なんだよ! 俺、この数ヶ月で痛み虫、ゼロだぞ!? 未だに一つも無いぞ!」
「なら尚更ダメだ。危険すぎます」
鷲座のあまりの否定に陽炎は、少しむっとして、つんけんとした物言いをする。
「何だよ、足手まといっていうのかよ」
「いや、物理攻撃の出来る君が居るのは逆に有難い――だけれど、小生は……」
戸惑ったのにそれが表に出ない鷲座は、言いかけた言葉を飲み込む。
(君と二人きりだと、君に向けた思いを閉ざし続けることが出来ないんだ――まだ、君に恋してるから、危ないんだ、なんて言えるわけがない)
あの蟹座がすっきりと諦めているのに、己は何て未練たらしいのだろう、ため息をつきながら鷲座は思案する。
そんな様子に陽炎は、柘榴の後ろから顔を見せて、どうした? と聞いてくる。
鷲座は無表情のまま、いいえ何にも、と答え、平静を装う。
陽炎は眼を細めて、ふぅんと納得したような声で頷き、一つ提案をする。
「よし、じゃあ俺が痛み虫得たらいいんだな? 柘榴、さっき見つけたっていう山賊の居場所教えてくれ。俺だけで乗り込む」
「は!? どれも似たような痛み虫だよ!?」
「こまかーく覚えてやるさ。そしたら文句ないんだろうが」
陽炎が何処かへ乗り込む、それならば彼の目の前で敵を倒せば好感度アップするかもしれないと思った獅子座は、しゅばっと手を挙げて、参加を望む。だが――。
「おらもついていくだ! 陽炎サンだけだと何かあったとき……」
「何もねぇよ。見くびるなよ。これでも痛み虫百集めてた野生児だぞ?」
と、陽炎に睨み付けられて、逆に怒られた。獅子座はふてくされて、項垂れる。
「……――よし、じゃあこうしよう。家内を連れて行きなさい。いざとなったとき、睡眠を操って皆を眠らせて逃げることが出来るだろう?」
白雪の提案に皆は頷き、分かったと陽炎も頷く。
それから鷲座ににっと笑いかけて、「文句ないな?」と不敵に笑うのだった。
牡羊座は崇高な使命を受けたかのように、感激し、嬉しげに笑っていた。




