第一話 過保護な鴉
最近、正直に言えばピンチを感じることが多い。
例えば、だ。
もう痛み虫が無いから、得るために一人で戦ってみようとする。
すると恋人の鴉座が出てくるわ、挙げ句にそれでもめていると兄が何時の間にやら片付けているわ、更に言うと駆けつけた星座達が兄に文句をつけて皆で抗議してるとか。
そんなこんなで痛み虫を得ない状態から何ヶ月が経つ。
ゼロだ。ゼロ。生まれたての赤子ですら、一つは得ているのに、今、陽炎はゼロの痛み虫だ。
重いため息をつくと、鴉座がポットを片手にお茶を淹れてくれた。
暖かい物でも飲んで、癒されろということなのだろう、きっと。
でも悩んでる原因は彼にもあるのだから、ため息は止まらない。
「あーもう、何で皆、過保護かなぁ……」
「貴方が赤子以下だからです」
「何でかっていうとお前が、痛み虫を得られるときに来るからだろうがぁ!」
「失礼な。私は貴方の危機に駆けつけてるだけですし、柘榴様にも言われております。貴方のお守りを」
「うーわ。言われたから守ってるだけ?」
「勿論――違いますよ、貴方の気持ちに応えたいという私の健気な思いに気づいてください」
にこり、と微笑まれれば陽炎の負け決定。
陽炎は口説き文句ならば受け流す事が出来るが、もう意識している相手からの口説き文句には弱くて、顔を真っ赤にして、別の意味でため息をついた。
それを眺めて、鴉座は満足そうにお茶を一口口にする。
「お前さー、……なんかパワーアップしてない?」
「さてね。まぁ、私は私です。例え、蟹座が貴方のことを覚えているのに、私は忘れていたとしてもね」
――鴉座は、いつまでも密やかに妬いている。
陽炎が主人だった頃の記憶を持つ蟹座に。
そして蟹座は妬いていることに気づく度に、にやにやと鴉座を煽っては冗句で陽炎を口説こうとするのだ。
本気でないのは陽炎にその気がないからだと鴉座は分かっているが、それでも偶に記憶を持つ蟹座の方が嬉しいのではないだろうか、と不安に陥る。
陽炎曰く「記憶ない方が嬉しいだろう」だそうだが、鴉座はその返答を聞いても決して安心できなかった。
「陽炎、それで? 次のターゲットは?」
「秘密。教えたらまた来るだろ、お前。いや、お前らか」
陽炎が茶請けのクッキーを取ろうと、皿に手を伸ばしたとき、鴉座がその手を取って、にこりと微笑む。
そしてそっとその手をそっと撫でられて、陽炎は無言の脅しに答えざるを得なかった。
「……――撃鉄のパンサー」
「嗚呼、ええとこの前柘榴様に因縁つけてきたあの中年ですね。それは懸命な判断」
「だってあいつ、柘榴と魚座の姉さんが良い感じの時に邪魔してきたんだぜ?! しーかーも、魚座の姉さんを阿婆擦れとか言うし!」
むかつく、と表情だけで訴えると鴉座はフェミニストな部分は健在で、同感ですとため息をつく。
「ですから、私が脳天に黒鉄を」
「いや、だから痛み虫得てからでないと、意味ないから!」
「――貴方に傷一つ負わせるなんて嫌ですし、多少か弱いくらいが守り甲斐があるでしょう? ねぇ、私の可愛い人」
「……さむぅ!!!」
部屋を開けた途端に鴉座の言葉が聞こえて、柘榴は思わずその場で全身さぶいぼを立たせて、叫んだ。
柘榴の隣に居る、最近何かと一緒の魚座はころころと笑っていて、微笑ましげに二人を見つめた。
二人は、やってきた存在に気づくと、陽炎は繋いでいる手を離そうとしたが、鴉座は離してはくれず、そのまま微笑んで、柘榴達に挨拶した。
「こんにちわ、柘榴様、高貴なる魚の姫君」
「ほほっ、相変わらず仲睦まじいようで安心したぞえ。それでこそ、おぬしじゃ。柘榴君がプラネタリウムを手にしたばかりの頃が嘘のようじゃ」
「まだ記憶はないんですけれどね」
鴉座は肩を竦めて、それで、と最愛の時間を邪魔した己の主人に冷たい視線を向ける。
陽炎の時とは違って忠実属性だから、冷たい態度も頷けるが、最初の頃は素直な子だったのになぁと柘榴は遠い思い出を胸にしまって、空笑いを浮かべる。