晩ご飯〜バランスの良い食事〜死亡リスクが増える食事〜ダイエット #5
◆あらすじ
科学に精通する賢者様からレクチャーを受けることが日常化しつつある今日この頃の私──茶柱立花。大学講師として招かれた賢者様に新しい叡智を授かった。
同居する妖精のシルが講義中に乱入してくるハプニング? なんかもありつつ、全ての講義を終えて、夕食の準備を始めたところ、賢者様も一緒に食べることに。
とりあえず、両親から送られてきた“夢のレトルトカレー”に舌鼓を打ちながら迎えた今夜──。
◆本編
「おおー! これはうまいのう。骨身に染みるわ……」
「リッカ見なさいッ! これすごくカワイイわッ」
「お粗末様です」
やっぱり、1人で食べるご飯より皆んなで食卓を囲んだほうが楽しい。それに、なんとなく美味しい気もする。真相は──賢者様なら知ってるんじゃない? 知らんけど。
ただ言えることは、レトルトにしては美味しい中辛だし、顔面くり抜き具材が入ってるだけあって、悪魔的な楽しさが迸ってしまうのは止まらない。止められない。ものの、病み付きになるほどではない。普通に、ほかの物も食べたいしね。
そんなかんなで、すぐに食べ終わったわけだけど、シルにはちゃんと一人前用意したはずだ。そんな当人はクッキーを食べているんだが? そもそも、どこにそんだけ入るんだよ⁉︎
さすがに、尋ねざるを得ないかなぁ──。
「シル、どこにそんな入る場所あるの?」
「(もぐもぐ)そんなの、お腹の中に決まってるでしょッ(もぐもぐ)」
「でもさ、お腹膨れてないじゃん?」
「(ゴクッ)だって、リッカたちみたいに消化管があるわけじゃないものッ」
「えっ?」
「えッ?」
「そうじゃよ、立花。シルに人間的特徴を期待しちゃいかんよ」
「そうなんですか? まぁ確かに見た目からそうですけど……」
「ワシもシルの中を覗いたわけじゃないから分からんが、どうも人間とは全く違う作りになってるようじゃ」
「(もぐもぐ)お母様に覗かれるなら本望よッ」
「まぁ少なくとも、ワシはシルのお腹が出たとこは見たことがないの。それに、ずっと食べ続けられるみたいじゃしな」
「(ゴクッ)そうよ、別になんとなくやめてるだけで、永久的に食べ続けられるわねッ。たぶん」
「へぇー、それはいいなぁ。私も食べ続けられる体になりたい……すぐ太っちゃうし」
それは、誰しもが望むことだろう。もちろん、摂食障害で悩んでた人を見たことがあるから、全員とまではいかないだろうけどさ。それでも、ずっと食べ続けられて太らないとか、幸せすぎじゃん? そのパーフェクトな消化法を教えてほしすぎる……。
摂食障害といえば、最近はいろんなことをすぐに検索できちゃうからか、オルトレキシアが増えたってよく聞く。サイバー心気症の人も多いらしい。相変わらず、『うま味調味料の《味の源》が体に悪い!』って言ってる輩も根強いみたいだしね。おぉ、怖。
「そうじゃの、ワシもその気持ちはよくわかるぞ」
「お母様になら、このカラダ捧げてもいいわッ」
「ありがとう……気持ちだけもらっておこう。シルは優しいな」
「そう、残念ねッ」
そこに優しさはあったのだろうか……むしろ、私利私欲に溺れていたように感じるのは私だけではないはずだが……。それにしても、なかなかにグロいことを日常会話のようにスラスラと放り込むのね、貴方達は──。
「立花よ。それなら、太らない食事は無理じゃが、太りにくい食事なら教えてやれるぞ」
「え⁉︎ マジですか‼︎」
「ガチじゃ!」
「(もぐもぐもぐ……)」
「ぜひ、お願いしますっ!」
「じゃあ、片付けを終わらせてからにするかの」
「はいっ!」
おそらく、人生で初めてこんな良い返事が出来たと自負している。──なにせ、小学校の体育の時間では、よくやる気がないと怒られていた。私はキチンとやってるつもりだし、声も出しているつもりだ。しかし、先生からすればそれではダメだったのだろう……。体育会系の典型か、授業まるまる謝るだけの、無駄な時間を過ごした思い出がフラッシュバックしてしまった。失敬、とぅとぅるとぅとぅとぅる風〜。
とりま、賢者様には座っていてもらえるように声掛けして、片付けを始めた。うん、シルはこっちな──。
片付けが一段落ついたところで、人数分のお茶を用意する。これも勿論、夢の国産だ。ちょっとレトロな缶に入っているのが、またカワイイ。お茶の種類で描かれているキャラが違うようで、赤茶色を選択する。やっぱり食後は、ほうじ茶だろ!
そう思って準備を進めていると、シルが口出ししてきて──「ワタシはこれがいいわッ」と差し出してきたのは、緑の煎茶だった。なるほど、そうゆうことなんだね。私は察しがいいのだ。
とても綺麗な色に染まった熱湯を、それぞれの湯呑みに注いで持っていく──。
「お待たせしました。さあ、お願いします!」
少し勇み足になってしまったことを反省しながら、シルが自分の湯呑みを両手で持ってくる様子を目で急かしつつ待つ。一方で賢者様は、逆に暖かい目で見守っていた。さすがの余裕だ──と思ったり思わなかったり。まぁそんなことは、些細な問題であろう。
シルが湯呑みを置きながら言う──。
「お母様ありがとう。リッカもあ・り・が・と・おッ!」
私にも丁寧に感謝してくれるのね、かわいいヤツめ……ハッ⁈
「そうじゃの。ではまずはじめに、“よくある誤解”から話をはじめようかのう。とりあえず、これを見てくれ[1]。
【画像:食事バランスガイド】
──最も多くの誤解は、『1食、または1日で理想的な栄養を摂らなければならない』じゃ。
多くの基準の基本的な考え方は、《1か月程度で考える》というのが正解で、それを日割りに直したものだと捉えた方がよいな[2]。もう少しできるようなら、《1週間単位》で考えてみてもよいじゃろう。
ゆえに、たまにいる頭がおかしな人が言う、『○○が体に良い!』とか、『△△は毒だ!』のような短絡的に考えてはいかんぞ。いろいろなものをバランスよく食べることが大事なのじゃ」
「へー。こうやって見ると、おかずって少ないんですね。私、おかずの方が好きなので、そればっか食べちゃってます」
「そうじゃろな。ワシも好きだからわかるが……あくまで、そればかり食べていてはダメ、じゃという話であって……例えば、野菜炒めのようなものなら、主菜も副菜も一緒に食べれたりするからのう。なじみが無いかもしれんが、トータルで考えてみてほしいのじゃ」
なるほど、難しい。でもたしかに──今までずっと、1食で何を食べた方がいいのか、って考えてたっけ。だから、『明日からでいいや』をここ2年くらい続けてたような気もする……反省。先延ばしの女神としては、このくらい朝飯前よ。
あれ? でもそういえば、朝昼晩でなんか理想的な割合があるとかなんとか聞いたことあるけど、あれも違うってこと? なんか……朝を多く、夜を少なくだっけ?
「あのー、賢者様。朝にたくさん食べて、夜に少なくするといいって聞いたことがあるんですけど、あれはどうなんですか?」
「んー、それを良い、悪い、で判断するのは難しいのぅ。一応、『時間栄養学』というジャンルでは、概日リズムという体内時計の働きや、セカンドミール効果なんかの影響を考慮した食事法があったりはするがの。
でもま、基本的には、1日あたりの総摂取カロリーを基準に考えればよくてな……総摂取カロリーが、1日の総消費カロリー内に収まってさえいれば問題ないんじゃ。まぁ、多少は上下していても、さっき言ったように1週間の範囲、または1か月の範囲で収まっていれば十分じゃな」
「総摂取カロリー? 総消費カロリー?」
「では、そのあたりも説明しておこうかの。
総摂取カロリーというのは、ある範囲内──ここでは1日としておこうかの。要は、1日に摂取するカロリーの総量のことじゃ。例えば、1日でたくさん食べるほど、この総摂取カロリーは増えていくわけじゃな。
──他方で、総消費カロリーというのは、基礎代謝量と身体活動量の合算のことじゃ。もう少し正確に言うと、安静時代謝量、食事誘発性熱産生、非運動性熱産生、運動性熱産生という4つから成り立っておる[3]。
簡単な計算式があるからやってみるかのう?」
「はい。ぜひやってみたいです!」
うっしゃー! これで私もモデル体型ぃぃいいい‼︎
っていっても、どうせカロリー制限とかしなきゃいけないんだろうなぁ。まぁ、私は現実主義者だから、何もせずに痩せれるとは思っていない。あわよくば、運動もせず、好きなものを好きなだけ食べて、痩せたいと願っているだけであって、決して何もせずに痩せれるとか思っているわけではない。ただ、一縷の望みがあるならば……と思っているだけで。そう、仮にこの世に──。
とか思ってたら、賢者様が話を続けてた。
「実は、いくつか基礎代謝を計測する方法があるんじゃがな[2]。一旦、最も簡単な計算式を試してみるかの[4]。
──立花の年齢は何歳じゃ?」
「えーっと、19です」
「なるほど。では、身体活動レベルを知りたいから、3つのうちどれが一番当てはまるか選んでくれ。
①生活の大部分が座位で、静的な活動が中心
②座位中心だが、ある程度の移動や立位、作業、接客、通学通勤、買物、家事、軽いスポーツ等をしている
③移動や立位が多い。あるいは、スポーツなど余暇における活発な運動習慣がある
──という3つじゃが、どうだろう?」
「そうですね……ほどんど動かないので、『1』ですかね……。
ちなみに、魔法は運動に含まれますか?」
「いや。触媒を使った魔法の発動では、ほぼほぼカロリーを消費しないため、ノーカンじゃ」
「うううぅぅ……。ワンチャンあるかと思ったのに……」
「触媒を使わなければ、筋トレと同じくらいはあったんじゃろうがな。まぁ、諦めるしかないの」
「えっ? 筋トレというと、あの脳筋しかやらないってゆうアレですか?」
「そうじゃ。こっちじゃ、SPやら、アスリート、あとはそっち系の人くらいしかトレーニングせんからのう」
「見て、お母様! ワタシは腕立て伏せ100回はできるわッ」
「風魔法を使わずにできたら最高じゃな、シルよ」
おっと。シルのやつ、やりやがった。私だって風魔法を使えば、1億回だって余裕で出来るもん!
というか、シルの背中にあるクッキーって、ラス1になった夢の国の贈り物じゃなかったっけ? さっきまで姿が見えないと思ってたら、残りのクッキー取りに行ってたのね。抜け目がない、というかなんというか……。全部で20枚以上はあったと思うんだけど? 私が食べたのって5枚くらいだよ?
そんな中、賢者様は微笑みながら続ける──。
「そうしたら、立花の1日あたりの推定エネルギー必要量は、1665kcalくらいじゃな。まぁ、あくまで目安じゃから、かなりブレがあると思うがの。
ちなみに、計算の内訳はこんな感じじゃ──
【画像:参照体重における基礎代謝量】
【画像:年齢階級別にみた身体活動レベルの群分け(男女共通)】
──この『参照体重における基礎代謝量』の《基礎代謝量》に、『年齢階級別にみた身体活動レベルの群分け(男女共通)』のレベルを掛けると、《1日あたりの推定エネルギー必要量》が割り出せる仕組みになっておる」
「へー! 相変わらず、賢者様の魔法は便利ですねぇ」
「そうじゃの。ホントにこの魔法には助けられておる」
「当然ッ、お母様は“賢者”だものッ!」
「ワシが賢者と呼ばれるようになったのって、よもや──?」
シルは平常運転でなによりだ。私にも心を開く時が来るのだろうか? まぁ、どっちでもいいけど。
それにしても、ここでも記数法が出てくるのか。きちぃ……。
「──でな、今やった計算法だと誤差が大きいでの。もう少し、正確な計算式をやっておこうかの──」
◇ ◇ ◇
「そうしたら、この推定量をもとにして、1日にどのくらい食べて良いのかを考えていくことになるぞ。繰り返しになるが──1日単位ではなく、1週間から1か月単位で考えていって、摂取カロリーより消費カロリーの方が多くなれば痩せていく、という感じじゃな。
あとは、多量栄養素のうちの炭水化物、タンパク質、脂質のバランスを決めて、微量栄養素の量を適正範囲に収めれば完璧じゃ」
「まだまだ先は長いんですね。
──そういえば、PFCバランス? とかいうのを聞いたことがあるんですけど、なんのことですか?」
「それがまさに、三大栄養素の炭水化物、タンパク質、脂質の割合のことじゃな。それぞれに、下限と上限があるのは当たり前じゃが、その範囲内で自分のライフスタイルに合わせて、設定していくことになるわけじゃ。
──例えば、めちゃくちゃ運動する人だったらタンパク質の量が大切になるじゃろし、性別でも必要量は異なる。むやみやたらと、炭水化物を極限まで減らしたり、脂質を無くしたりしてはならんぞ!」
「そうなんですね……。なんか、ミツキ──友達なんですけど、糖質制限ダイエットを始めたとか言ってたんですが、大丈夫なんですかね?」
「んー、まぁ、本人が自分に合ってると思うなら、それを止める必要はあるまい。一般的には、バランスよく食べてほしいところじゃがのぅ。もしくは、特定の疾患や、遺伝子的な異常がある場合は推奨される場合もあるしの。そのへんは、お医者さんと相談じゃな」
「お医者さん? ──というのは?」
「こちらじゃと、治癒魔法師が近いかもしれんな。しかし、決定的に違うのは、《お医者さんは病状を完全に治すことができない》というところじゃろう。
無論、そのために治癒魔法師と同様、たくさんの勉強をして国家資格を取って、皆のために働いてくれておるわけじゃが、治癒魔法のように瞬時に完治させることはできないんじゃ。だから、科学という叡智を使って、患者様も含めた全員で対処せねばならんわけじゃの。
気をつけるといえば、最近発表された研究で──
●男性は、総摂取エネルギーに対しての炭水化物量が“少ない”と、全死亡リスクは増加する(ハザード比)
●女性は、追跡期間5年以上の場合、炭水化物量が“多い”と、全死亡リスクは増加する
●男性は、脂質量が“多い”と、がんと循環器疾患の死亡リスクは増加する
●女性は、脂質量が“多い”と、全死亡リスクとがん死亡リスクが減少する傾向はありそう(傾向性p値 = 0.054; 0.058)
──というように、統計という方法を使って、誰でもそのものの良し悪しを判別することができるんじゃ[5]。この結果から考えれば──立花の友達のミツキが女性であるとするなら、糖質制限食で体を壊すリスクは低そうじゃと判断できる」
「ミツキは女です。──それじゃあ、放っておいて大丈夫そうですね」
「じゃが──本来、単一の研究から断言することはできないため、いろいろな方向から多面的にみていく必要はあるぞ」
「なるほど。──といっても、ミツキは、私と一緒にケーキ食べたり、お菓子食べたりしてるので、心配には及ばないんですが……」
「そーかそーか、それならよいんじゃがな」
結局さ、ミツキも私も、言うだけで終わっちゃうんだよね。そこがいいところでもあるんだけどさ。──ね、そう思うでしょ? ね?
そうだ! せっかく賢者様にいろいろ教わったんだから、みんなにも教えておげなくちゃ。まぁ、ミツキがこれ以上かわいくなりようがない──というか、すでにカンストしているというか、なんだけどね。スタイルもいいしさ、ケッ──。
あ、そうか! どうせ今度──サリナ、だっけ? イラスト上手かった子に講義内容を教えもらうんだし、あの子に教えてあげよう。お返しに!
(ま、まだ約束も、なんもしてないんだけどねぇ)
「まぁ最近じゃと、『GLP-1受容体作動薬』や『SGLT2阻害薬』のような──いわゆる《ダイエット薬》が巷を賑わしておるがの。闘病中であったり、なんらかの原因があって上手にコントロールできない人以外は、自力でダイエットした方が自分への自信にもなって良いんじゃよ」
ん? ちょっと待った! その話詳しく‼︎ そんなにさらっと流していいような内容じゃなかったような気がするんだけれども?
「賢者さ──」
「ユンから連絡きたわッ! はじめてよ、お母様ッ‼︎」
と、シルの腹式発声によって、私のか細く魅力的な声はかき消された。今からでも、フライスクリームを練習してもいい頃合いかもしれない。仮声帯をガンガン揺らしていこうと思ったり、思わなかったり。──まさに、《女心と純魔法》である。
続く▶︎
◆参考文献
[1]厚生労働省「食事バランスガイド」
[2]厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」
[3]e-ヘルスネット「身体活動とエネルギー代謝」
[4]日本医師会「1日に必要なカロリー」
[5]Tamura, T., Wakai, K., Kato, Y., Tamada, Y., Kubo, Y., Okada, R., ... & Cohort, J. M. I. C. (2023). Dietary carbohydrate and fat intakes and risk of mortality in the Japanese population: the Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort Study. The Journal of Nutrition.