大学2──恋人の選び方〜性選択と配偶者選択〜晩ご飯 #4
◆あらすじ
唐突に始まった異世界ファンタジーに馴化した私──茶柱立花は、居候になった四大精霊のシルと家に帰ってきた。
いなや、大学の講義を受けるため通信魔法を使った。すると、受講先に関わらず皆んなが一堂に集められ、エリーゼ理事長から告げられた──賢者様を講師に迎える旨。
賢者様はノリノリで『科学的根拠』について話され、ライブ並みの熱気が包む中、サリナと名乗る絵画上手娘が講義の本題へ誘導した──。
◆本編
「それでは講義──といっても、厳密にディテールを語ってしまうと、まったく興味が持てないじゃろうから、フランクなものを、ぬしらと一緒に考えていこうと思う。今しがたの話も途中でダレてしまった者も多かったようじゃしの」
そういって、こっちを睨む(ように見える)のはやめていただきたい、賢者様。私は決してダレてたのではなく、生き残るためのサバイバル術について懸命に検討を重ねていたのだ。その名も、昼食という。だって、もうすぐお昼時だよ?
「──生徒らの多くは20歳前後じゃろうから、丁度バイタリティに溢れる時期じゃと思う。ゆえに、ワシが選んだテーマはこれじゃ!」
──バーン! といわんばかりに、液晶魔法に“投影”されたのは、【どうやって恋愛パートナーを選んでいるのか?】だった。なんとなく、いろいろと恥ずかしくなった。
「──その名も『配偶者評価理論(Mate Evaluation Theory)』──略して『MET』に関する研究を紹介するぞ[1]。これがどういうものかというと──《恋人選びについて、どのように考えているか》をまとめて、そのプロセスを立論したものじゃな。
ここでいうMETとは、過去から行われている『配偶者選択』の一環じゃと捉えてほしい[2]。配偶者選択とはその名の通り、自分のパートナーを選ぶ行動戦略のことをいうぞ[3, 4]。
どうじゃろ? ここまでで、わからないところがあるかの?」
いやいや、私でもここまでは付いていけてるよ、さすがに。──大丈夫、だいじょうぶ。
要は、付き合いたいと思う人の条件をどうやって考えているか? ってことでしょ。余裕! 私を甘く見ないでほしいものだね、やれやれ。
「s……すみません、賢者さま。sそれは、性淘汰──性選択とは、異なるのでしょうか?」
「うむ。よい質問じゃな」
ん、よくやった、サリナ。私が言おうとした質問そのまんまだ。せーとーた、ね。そうそう、せーとーた。ワタシハ、ココノ、セートーダ。──国産初の簡易時計魔法ブランドの名称だろうか?
「──先に結論からいえば、配偶者選択と性選択──性淘汰は、全くの別物というわけではない。が、全く同じと考えてしまってもいけない。
どういうことかをひとつずつ説明していくと──
──性淘汰というのは、チャールズ・ダーウィンという人が提唱したとされておるものになる。現在の進化生物学になくてはならないものじゃ。ぬしらは、進化生物学というものに馴染みがないと思うが、学問体系のうちの、ひとつのジャンルのことじゃ。
学問について軽く説明だけしておくと、一定の法則や系統などによってまとめた、分野ごとのカテゴリのことをいう。ぬしらの身近なものでいえば、応用魔法がそれに対応しておるの。基礎となる四大魔法から発展させ、応用として派生していくわけじゃが、そのクラスターごとに研究者たちが、にちや一般化できるように取り組んでおるじゃろ。直近の『対抗魔法』がよい例じゃな。
──進化生物学という名の通り、生物全般についての理論となっておる。のじゃが、性淘汰の主なターゲットは、ヒト以外じゃ。ここでよく使われる説に、女性の『隠された排卵』という話がある。これは、ヒト以外の生物には一般に、発情期のような生殖可能シグナルを発する生き物が多いわけじゃが、ヒトはこれを見た目から見分けるのが非常に難しい。
すると、『フェロモン』などの視覚以外の情報について論じられる事も多いが……事実、ヒトからフェロモンのような働きをしていそうな物質が見つかってはおる。しかし、それを性的シグナルとして知覚しているのかどうか、はたまた性的興奮につながるのか、などのメカニズムについては明確にわかっていない。むしろ、フェロモン効果は科学的には否定的である。
同じくして、特定の時期や期間に、他の感覚から受ける性刺激も無さそうといえる。女性は性周期によって、感情が不安定になったり、身体や体臭が変化したり、といったことはあるが、それは性表現というより、主に性ホルモンのバランスが変わったことによって起こる、常時と違う状態のことを言っているだけじゃからなぁ……」
相変わらずの知識量でごぜぇます、賢者様。つい、聞き入ってしまった……。いちファシリテーターとして最もやってはいけないことをしてしまった……。──ん? いや今はリスナーだったか。
「──それと……サリナ、といったか。よく性淘汰などという言葉を知っておったの?」
「sその……、わたしが読む、フィクションに時々、出てくるので……」
私は失敗を認め改心することができるので、『性淘汰』なるボキャブラリーは持ち合わせていないし、『ファシリテーター』でもないわけだが──サリナはMagic Fictionこと《MF》が好みのようだ。私は活字を読むと、秒で眠くなってしまうので極力避けて生きているのだが、彼女? 声から察するに女性──は、それを生き甲斐にしているのだろう。私の勘はよく当たるので事実といっていい。
──と、見事なラベリングを披露していたところで、サリナが続ける。
「──sそこに……s性淘汰は、s自然淘汰では、説明のつかない、h……繁殖についての理論、と書いてありました」
「よく勉強しておるの、その通りじゃ。……ただ、フィクションを鵜呑みにしてはならんぞ。たまたま今回は、現実との整合性がとれていただけじゃからな。
このように、その文脈を“正しい”と考えてよいかどうかを判断する材料になるのが、エビデンスの大きな役割じゃ」
フィクションを好んでいないのは私だけではない。基本的に、みんなもあんまり好きじゃないと思う。当たり前のことだけど、賢者様のところで観たアニメとは根本的に違う。あんなに理路整然となんてしていないからだ。
だいたいは、好き放題に妄想した夢物語である。それはカオスを極める。──なんの前振りもなく始まる話、無双チートしだすモブ、伏線もなければ回収だってありはしないし。ただの迷夢、そのものなのだ。原作があるわけもなく、脚本家がいるわけでもない。なんでもできる創造主が創り出す究極の駄作。
それらをド素人が体現できてしまうのだから度し難い。魔法は便利だ……なんでもできる。それが逆に、仇となっている。と、私は思っている。まさに、潮吹きオ○ニー垂れ流し状態である。だから好きになれない。
だけど、サリナの話を聞く限り、役立つ情報もあるのかもしれない。ただし、その程度で揺らぐ乙女心ではないわけだけど。
「──そこで、先刻に示した論文──目の前に現れた文章が根拠にあたる、パートナー選びのMETに話を戻そう。ポール・W・イーストウィックらの研究では、4つのタイプに分けて論じておるわけじゃが、主な発端は、2つのクエスチョンを説明するためのモデルとなっておる。
①まずひとつは『属性マッチング』の謎。これは、《理想的な好みのタイプと付き合うのかどうか》だったり、《自分に似たタイプの人を好きになるのか》だったりを理解したい、ということじゃな。
②もうひとつは『パートナー効果』の謎。これは、ある人が他の人よりも自分にとって魅力的に見えるかどうかのことじゃ。例えば、《自分の背が低ければ、高身長の人を好ましく思う》ことや、《みんなからの評価が高い人に好意を持ちやすい》のようなものじゃな。
──しかし、この2つはそれぞれ、配偶者評価に対しての効果が低い傾向があるそうなんじゃ。よって、もう少し別のアプローチをしようと試みた結果が、4つのタイプ分類になるというわけじゃな」
ポール、やるじゃん! ──友達かよっ! なんてゆうベタなツッコミはいらない。
『ねぇ、ミツキわかった?』
『ぜーんぜん。──それより、ウチの学校法人の株が爆上がりしてるんだけど。買っちゃおうかな』
『それマ? 私も欲しいんだけど⁉︎』
『あれ? リンて、証券口座もってたっけ?』
『え? ないよ? なにそれ?』
『んー、まずそっからだねぇ。──よし、ゲットー、と』
リン、私ね。てゆか、ミツキずっとチャートってゆうの? それ見てたんじゃないの? そりゃわからんくなるて……。
今更だけど、名前は真名じゃなくて仮名で呼び合うのが普通。どこで誰が聞いてるかわからないじゃん? だから、私を真名で呼ぶのは、両親と賢者様とシルくらいじゃない? たぶん。
「──で、その4つの評価軸は──
●共通レンズ。さまざまな文化やグループの中で、みんなが均しく好ましいと思う生物学的な評価のこと。例えば、ある国(日本)では頭が良いよりも運動能力が高い人の方が格好よく見えるが、他の国では知能も運動能力も同じくらい格好いい、みたいな感じじゃな。
●知覚者レンズ。一人ひとりの性格や自尊心、刺激の感受性、過去の体験や恋愛遍歴などの記憶からする評価のこと。例えば、人付き合いが苦手なのに、相手から積極的にアプローチされても引いてしまう、ような感じじゃな。
●特徴レンズ。理想の相手と比較する評価のこと。いわば、好みのタイプ。相手のどこが好きで嫌いか、理想からどのくらいズレているか、を判断しているわけじゃ。
●対象特化レンズ。その人とどんな関係を築いているかを基準に評価すること。例えば、学生時代のユニークなイベントがあったり、過去に助けてもらった経験があったり、笑いのツボが似ていたり、ということじゃな。
──以上の4つのレンズを通して、客観的事実から自分なりの評価を下すわけじゃな。その評価が良いものであれば、その相手を好ましく思うし、悪ければ嫌いになるという流れじゃ。
しかし、ここには大きな隔たりがある。なんじゃと思う? ──おぬし、どうじゃ?」
わかってましたよ、そろそろ来るころだと……。ああー、こんなのわかる人いる? いるなら今すぐ出てきて、私の代わりに答えてよぉぉおおお!
ねぇ、モンティホール問題みたいに解答を変えるチャンスを頂戴よー。そしたら、絶対に変えるから! 当ててみせるからぁぁあああ!
「はい。えぇと……、好きになった人がタイプ、とか言っちゃう、とかですか」
「あぁ……たしかにそれはよく聞くやつじゃのう。まぁ今は、その前の話をしてるんじゃがのぅ」
あれ? これはマズイやつだ。賢者様が消え入りそうな語尾になってしまった……。といっても、そんな都合よく思いつくような頭はしていないし……。
『おしいわねッ。それ、好みのタイプばっかに目がいって、他のことを疎かにしてるんじゃないのッ?』
「──ぬ。……こ、好みのタイプばかりに目がいってしまってるんじゃないでしょうか!」
変な声出ちゃったじゃん! しかも、語尾強くなっちゃったし……。これから、『クレッシェンダー』とか呼ばれたらどうしてくれるの? シル!
「おお、よく1人でそこまで辿り着いたの! その通りじゃ。
──もう少し丁寧にいえば、特徴レンズ以外の3つの評論を過小評価してしまっている、ということじゃな。要は、理想と比べすぎて目が眩んでしまっておる、というわけじゃ」
『シル、なんでいるの? いつのまに!』
『それはもちろん、お母様が話しているような気がしたからよッ。ワタシの風にかかれば朝メシ前よ』
『ビックリするから、話すときは話すって言ってよぉ』
『それはもう話出してるんだから、一緒じゃないのッ』
ああ言えばこう言う。──せっかく、賢者様に褒めてもらったのに相殺されてしまった気分だ。ま、私の力で答えたわけじゃないんだけど。そこはジャイアニズムを発揮しておくことにしたい。ちなみに、この魔法に触媒はいらない……し、これは魔法じゃない。
とか言い合ってる間に、賢者様の話は続いていた──。
「──そこでの問題は、相手の特徴ばかりに気を取られて付き合ってから、『価値観が合わない!』『性格が合わない!』『話が噛み合わない!』のようになってしまう可能性があることじゃな。
ゆえに、どれか1つに偏って判断するよりも、すべてのレンズを通して相手を評価できれば、自分にとってより良いパートナーを選べる、ということじゃ。ぜひ、そんな日が来たら考えてみてほしい」
「賢者さま、感無量です」と、ガリ勉A?
「尊死……」と、オタクA?
「パキったんですけどぉ」と、ギャルA?
「賢者ちゅぅゎぁぁん」と、理事長E!
(お、これはデジャヴか?)
『デジャヴってゆうのはね、「過去の類似パターンに勝手に当てはめただけの後知恵バイアスだ」ってお母様が言ってたわッ[5]。ついでに、「まだいろんな説明がなされてる最中だ」とも言ってたわねッ[6]』
『ねぇ、シルは私の心が読めるの?』
『ワタシの風にかかればお安い御用よッ』
──そう。風、万能だね。
ツッコミ待ちも渋滞してて、まるで《芋に水魔法》だね。
◇ ◇ ◇
さて、今日の講義も全部終わったし、夕飯の支度でもしようかなー、と──。
「リッカ、お母様が『今日は疲れたから、お呼ばれしたい』って言って、こっちに来るらしいわッ」
「じゃあ、一緒にご飯食べようか。何がいい?」
意外と賢者様、自由ね。ああゆうのに慣れてそうなのに、そうでもないのかな。『誤りを正すのが科学だ!』って言ってたけど、賢者様の評価を正さなきゃいけないみたい。これで私も科学使いだね。
結局のところ、後半は全然聴いてなかったけど……あの、空気抜けてた子に訊けば詳しく教えてくれそうだし、いいや。
「そうね……お母様はカレーが好きだから、それでッ」
「丁度、お父さんたちが送ってくれたカレーのレトルトがあるから、それでいいか」
そう、夢の国から送られてきたお土産に、カレーも入っていたのだ。話によると、具材としてそれぞれのキャラ顔に型取られてるとかなんとか。
湯煎してぶっかけるだけで美味しく食べれるなんて最強だろ。あとは、ご飯とサラダがあれば十分かな。
「シルー、サラダ作ってもらってもいい?」
「いいわッ」
「冷蔵庫の中の野菜室にいろいろあるから適当に使って。あ、あと、ドレッシングは好みがあるだろうから、全部出しといて」
「わかったわッ」
そう指示だけして、火と風魔法を触媒で発動。水をお鍋に溜めて沸かす。その後はお米の準備だ。残ってもアレだし、2合くらいでいいか。軽く研いで、炊飯っと。ここは電気だけどね。
にしても、電気系統の魔法がないのは不思議でならない。だから、大きな施設を造って発電してるんだって。雷があるんだから、電気くらいなんとかなると思うんだけど、なぜか出来ないらしい……。
「お邪魔するぞー」
賢者様がいらしたみたい。──当然のようにシルは、サラダを放って出迎えに行ってしまった。冷蔵庫の扉が開いてるんだよなー、とか思ってしまう私の器は小さいのだろうか……。ちなみに、サラダは大皿に用意してしてある。レタスだけ。
「賢者様、適当に掛けててください」
「フゥ──。ありがとうなのじゃ」
「お母様、素敵だったわッ」
「ありがとう、シル」
「賢者様は、ああゆうこと普段はしないんですか?」
「そうじゃの……せんな。あんな疲れることしたくないわ……」
「なんか、ヒキニートという偉大な仕事をされてるって伺ったんですけど?」
「それは仕事じゃなくて、何もしてない人を揶揄する蔑称のことじゃぞ」
「あぁ……そうだったんですね……」
「まぁでも、ワシは何もしてないも同然じゃし、ほぼヒキニートじゃよ」
「……なんか、すいません……」
シルが引き笑いして「ヒーヒー」言ってるのが癪に障るが、今回ばかりは私に非があるので何も言えない。噂を鵜呑みにして、自分で調べなかったのは純粋に落ち度だろう。近年では、人工知能魔法という便利なものが出てきたおかげで、調べ物が捗ってならない。AIがヒキニートを学習してるかは知らないけど。
シルの引き笑いがおさまったようだし、ご飯食べようか──。
続く▶︎
◆参考文献
[1]Eastwick, P. W., Finkel, E. J., & Joel, S. (2023). Mate evaluation theory. Psychological Review, 130(1), 211.
[2]筒井淳也. (2006). 日本における配偶者選択方法の決定要因. 日本版 General Social Surveys 研究論文集, 7, 25-32.
[3]鈴木翔, 須藤康介, 寺田悠希, & 小黒恵. (2018). 学歴・収入・容姿が成婚と配偶者選択行動に与える影響: 結婚相談サービスに内包されたメカニズム. 理論と方法, 33(2), 167-181.
[4]認知科学学会第39回大会:能城沙織 (2022). ヒトの配偶者選択における社会学習行動に関する実証実験:日本人において、魅力的な個体は模倣されやすいのか.
[5]Cleary, A. M., Huebert, A. M., McNeely-White, K. L., & Spahr, K. S. (2019). A postdictive bias associated with déjà vu. Psychonomic bulletin & review, 26, 1433-1439.
[6]Aitken, C. B., Jentzsch, I., & O’Connor, A. R. (2023). Towards a conflict account of déjà vu: The role of memory errors and memory expectation conflict in the experience of déjà vu. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 105467.
◆そのほか引用URL
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A7%E6%B7%98%E6%B1%B0
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E5%8C%96%E7%94%9F%E7%89%A9%E5%AD%A6
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8E%92%E5%8D%B5
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AD%E3%83%A2%E3%83%B3
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%95%8F%E9%A1%8C
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0