プロローグ──旅立ち、生い立ちの成り立ち #1
私はふと思った。人間って難しいな……って。どうしたら“人間”を理解できるんだろう、って。
そういえば、こんな話を聞いたことがある──。
ひとつ、なんでも知ってる人がいるんだ。と……。
ひとつ、なにも分からない人がいるんだ。と……。
分かっていることしかわからない。というのが口癖なんだそう。意味がわからない……。
その人は、私の家の裏にある森をずっとずっとずぅーっと進んだ先に住んでいるんだって。
よくわからないけど、いんたーねっと? とかゆう魔法を使うことができて、「ヒキニート」という仕事で皆んなの役に立っているんだって。すごい‼︎
いろんな話を訊いてみたいけど、どうせ会うことなんてできないよ、一生ね──。
※ ※ ※
珍しく早朝に目が覚めてしまった……。仕方ない、二度寝でも──と考えていると、家の外がなんだか霧きり掛かっている。まぁそんなことはよくあることだ。
けど、なんか引っかかる……。このままじゃ話が進まないのではないか? そんな声が聴こえる──気がする。文字通り気のせいだろうが。
そんな思索に耽っていると、脚が勝手に玄関に向かっている。クソ、やられた……。そんな悪態が口から漏れ出ていた──。
開け放った先に見えるのは煌々とした白、だけ。正直、それが“見えている”のかすら怪しい。ちょっとだけ勇気を出してみよう──。
少しだけ歩いていると……少し盛った……本当は数歩しか脚を運んでいない。すると、目の前が急に開けた──。
(ぅわぁ──これがフラグ回収ってやつか……)
そう考えざるをえない。だって、明らかに時代にそぐわない建物が目前に建っているのだから……。
「おお! やっときたか! さあ入って参れ──」
建物の中から? 頭の中で? そんな声が聞こえる。無視しようかな……。
……なんて思っていたのに、身体がどんどん進んでいく。扉も開いているし入るしかないみたい──。
「……ごめんくださーい」
そう小声で叫んで扉を潜る──。チビがいた。
「誰がチビだって⁉︎」
あれ? なんか怒ってる? ……というか、思ったことがバレてる。もしかして、この人──もといチビ(いや、やっぱりポリコレ的に良くないから、小柄な人としておこう)には頭の中を見透かす能力があるのかもしれない。
「あなたは私の考えてることがわかるんですか?」
「いや、わからんよ。そんなことできたらもっとコミュ力高く生きてきたわい!」
「え、じゃあなんでわかったんですか? 私が考えてたこと……」
「そりゃ、そんだけビックリした顔で見下げられたら誰でもわかるだろうが!」
「……あぁ、なるほど……」
この人は万能じゃなかった……。あぁ、だからか──。
「もしかして、あなたが賢者様ですか?」
「いや、ワシはそのように名乗った覚えはないが……?」
──そりゃ自分で言うことはないよね。まぁでも、呼び方もよくわからないし、推参する。
「ところで賢者様、私ここに強制的に連れてこられたように感じたんですが、賢者様のお力ですか?」
「うむ、そうじゃよ。」
「……どうしてそんなことを?」
「暇だったからじゃよ⁉︎」
この人は暇だとこんなことをするのか……。というか、ヒキニートとして皆んなの役に立ってたんじゃなかったのか? そんな人が暇──?
「いやな、たまにおぬしらの世界を覗き見てるんじゃがな、そしたらなんとなく呼ばれたような気がしてな、丁度おぬしと波長が合ったから招いてみた──というわけじゃ」
そんなテキトーな理由で招かれたんじゃたまったもんじゃない。しかも覗きとは……。いや待て、実はそれは謙遜で、めちゃくちゃ忙しい中、深い理由があって呼んだんじゃないだろうか?
「……要は、なんとなくじゃよ」
うん、わかってた──。
「まぁ立ち話もなんだから、そこで靴を脱いで、奥に座るといい」
「はい──」
そう言って、段差の前で靴を脱いでフロアに上がる。なぜかテーブルには掛け布団のようなものが掛かっている。
「賢者様、これはなんですか?」
「それは、コタツといって脚を温めてくれる道具じゃよ。──それをめくって脚を入れて、座ってみるといい」
ああ──やばい……。二度と動くことができない呪いに掛かってしまったかもしれない。デバフ? バフ? つまるところ、そうゆうことでよろしく。ハァ──。
そんな感じでぬくぬくを堪能していると、ミカンとお茶が差し出された。賢者様が「粗茶じゃが……」と言った気がしたけど無視して手をつける。んー、うまい!
「賢者様はここで何をなさっているんですか?」
「そうじゃな……いろいろしておるが、ネットで論文を読んだり、お悩み解決を手伝ったり、アニメを観たり、じゃな」
「……ネット? 論文? アニメ?」
「あぁそうか! そなたらはネットやらアニメを知らんのか……。では、ひとつずつ説明しようかの。
──まず、ネットというのは、インターネットといって世界中の人たちと繋がっているネットワークのことじゃ。文字通り、ケーブルで世界各国が繋がっているらしいがよくわからん。
──次に、論文というのは、いろんな学問の研究者たちがその成果をまとめた文章のことじゃ。科学誌ってゆうジャーナルに掲載された研究を誰でも読むことができるんじゃよ。
──お悩み解決の手伝いに関しては、直接会ったり、ネットを介したり様々な方法で、解決に役立ちそうな情報をシェアしているんじゃよ。
──それと、アニメというのは、まさに至高の嗜好品じゃ。なんと、絵が動くんじゃ。信じられないかもしれんが、絵をほんの少しずつズラして描いて、それを連続で並べると動いて見えるんじゃ! 最近では、CGという技術で3Dモデルが本当に現実のように動くんじゃよ! ……とにかく、これを観ずしてワシの人生はないと言っても過言じゃない! No Anime, No Life. ──とでもいうのかのう」
「へー。すごいんですねぇ……」
「おい! この凄さを本当にわかっているのか! アニメというのはだな──」
「はいはいはい。わかった、わかりました。……っていうか、アニメの件だけやけに熱量がレベチすぎません?」
──と、無理やり話の腰を折ることに成功した。このまま話を続けられても理解できないことだらけだし、なによりなんとなくウザったい。賢者様が孤立してるのってもしや……。という言葉は飲み込んだ。飲み込めた私の喉元のどもとを褒めたい。
「それはいいとして、賢者様はなんでそんな皆んなが知らないようなことを知っておられるのですか?」
「いや、分かってることしかわからんよ……」
……あぁ、そうゆうことなんだ。この人は、自分の知識の限界を知っているんだ。だからそんな噂が流れたんだろう。限界大賢者、とでも呼ぼうか──。
そのあともいろいろなことが頭の中を巡った。だけど、目の前の食べかけのミカンを口に運び、綺麗な薄緑色のお茶を啜ることしかできなかった。
「──そうじゃな、おぬしが言いたいことはきっと、『知的謙虚さ』というやつじゃろう。『知的謙遜』ともいうがの」
「知的謙虚さ……?」
「そうじゃ。知的謙虚さについて日本語の明確な尺度はないんじゃが、ある研究を引用するとすれば、
●『私は,物事を決定する時,自分にも他人にも偏りや限界があることを知っている。』
に対して、『イエス』と答えるようであれば、知的謙虚さがある、といって良いじゃろう[1]。まぁ、ワシもまだまだじゃが」
──日本語? の意味はよくわからないけど、一旦スルーしたほうがいいだろう。私は空気が読める(物理的にも)からね。
それよりもなんかやばいことが──。
「あれ? なんか目の前にたくさんの文字が書かれた紙? のようなものが見える……」
「あぁ、説明が遅れてすまん。それはワシの固有魔法で、引用元の参考文献を相手に提示する能力じゃ。要は、なんの情報から物事を伝えているのかわかる魔法じゃな。
──ちなみに、そこに書いてある文字が“日本語”じゃ。今回は特別におぬしらの言語に翻訳した。便利じゃろ」
賢者様のドヤ顔がウザいが……。なるほど、賢者様の信憑性はこうやって担保されているらしい。というか、こんなの翻訳されても読めるやつなんかいるのかよ、とも思ったが、だから限界大賢者様が要約してくれているんだろう。ありがたや。
「──そうはいっても、難しいじゃろうから、読むも読まんも、その人の自由じゃ。必要なら、また後で読むこともできるぞい。といっても、ワシもできることならこんな難しい文章読みたくないわけだが……」
……? 今、私、感謝したよね? 神様、感謝のクーリングオフはできますでしょうか? 切実に。
──などと考えていると、身体に違和感を感じる。そこにあったものがなくなっているような……昔、幻覚魔法で“アハ体験”をして遊んだときのような、そうでないような──。
「……あれ? 手が……手が薄くなってる⁉︎」
「ん──おぬし、まさか神になど祈ってないじゃろうな?」
「え? さっき神様にお願いしちゃいました……けど……」
ダメなのだろうか? それならそうと早く言ってほしかった……と、思ったときには時すでに遅く──。
「……あぁ、多分それじゃな。おぬしはワシの力でこっちに顕現してるからのう」
「えぇぇぇぇ。どうしたらいいんでしょう? まだ帰りたくないんですけど……(ミカン食べてる途中なんですけど……)」
と言っている間にどんどん身体が薄れていく。あぁ、なんだか意識も薄れて…いってる…ような……。
「大丈夫じゃ。またいつでも来たらいい。今回はワシが呼んだが、おぬしはいつでもこっちに来られるようになったからのう」
あ、そう……なん……だ……。開口一番に言うべきだろうが! なんて思っていない。
「この空間は…隔離されてる…ようで、時間…の流れが違……うから……大丈夫……じゃ………またな………茶柱立花………──」
──え? わた……し………の………真名──……!
「ワシの名は……──ちゃ…………ばし…………ら…………──」
※ ※ ※
意識が戻ると、家の玄関を開けて外に出たところだった。相も変わらずの景色が網膜に飛び込んでくる。お日柄もよく。
(戻って来ちゃった……)
そう思って時計を確認すると、出発した(拉致された)時間から数分しか経っていない。といっても、確認したわけじゃないから体感だけど……。時間の流れがどうこう言ってたのはこれだろう。
というか、最後に賢者様が名乗ったのって、私と同じ……だったよね。──私の真名も知ってたし。
髪の色も同じ、黒。少し癖っ毛で、外ハネ。つむじが前の方にあるんじゃないの? 内巻きがトレンドなのに。
瞳の色も同じ、薄めの黒。末広二重。目尻の上まつ毛は少し長いのに、下まつ毛が薄くて短いから、ちょっとイヤ。──まぁ、そこは化粧魔法で誤魔化してるんだけど。
(……まぁ、また行ったときに訊けばいいか! いつでも行けるみたいだし)
てか、名前知ってたなら最初から名前で呼べばいいのに。「おぬし」とかイキっちゃって……かわいい子。
まぁ実際、背は小さいわりにローブ? なんか白いチェスターコートみたいな服着てたっけ。着丈長すぎて、下擦っちゃうと思うんだけど……。
あとさ、歳取ると、「〜じゃよ」とか「〜のう」とか言うようになるの? 私はないな。だって、普通に話したほうが簡単に喋れるじゃん? 普通に。
「ふふっ。──痛ッッッ!」
(え、なに? 頭に急に!)
「アンタねッ! お母様の悪口考えてたでしょッ! 不敬よッ!」
続く▶︎
◆参考文献
[1]李慧瑛, 西本大策, 緒方重光, & 峰和治. (2016). クリティカルシンキング力の変化: 領域別学習の前後における比較. 鹿児島大学医学部保健学科紀要, 26(1), 21-33.