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「ふんっ!ふんっ!」


 爽やかな朝に不釣り合いな雄々しいヴァルムの剣の素振りの掛け声がカーマイン家のタウンハウスに響く。


 最初は一体何事かと恐怖を感じていたディジネもすっかり慣れてしまい、今や日常の一部で目覚まし時計代わりである。


「おはようございますヴァルム」


 簡単に身支度を整えてから、窓を開けてディジネが挨拶をすれば、ヴァルムは素振りを止めてこちらを振り返り、朝日に負けない位眩しい笑みを浮かべた。


「おはようディジネ、いい朝だな!」

「ええその通りですわ!お側に行ってもよろしいですか?」

「もちろんだ」


 許可を得たディジネは軽い足取りで庭に出る。剣を握るヴァルムは遠目から見ても力強く、身体中から熱を発しているように見えるくらい気迫がある。これが炎の貴公子と呼ばれる所以かもしれない。


「ヴァルムはいつから剣術を学んでいるの?」

「物心ついた頃には素振りしていたな」

「つまりヴァルムの剣術の腕は日々の積み重ねというわけですね……すごいわ、私も幼少期から何かに打ち込めていたら取り柄があったのかしら」


 今でこそダンスが趣味になっているが、ディジネは貴族令嬢として最低限の教養はあるものの、人に誇れるような特技がなく、ヴァルムが眩しく見えた。


「問題ない。何かを始めるのに早いも遅いもない。早速やってみよう!」


 ヴァルムは近くの細い木の枝を折ってディジネに手渡してきた。ディジネが木の枝を受け取ったのを確認したヴァルムは彼女と距離を取ってから、向かい合うような形で剣を構えた。


 それに倣えと受けったディジネは見よう見まねで木の枝を構える。年頃の令嬢がするようなことではないが、なんだかワクワクしてきて、目の光が強まる。


「いい姿勢だ。まずはそのまま構えを維持しよう」

「はい!」


 頭を天から糸で吊り上げられているような感覚で背筋を伸ばす。ダンスで習った体幹トレーニングと通ずるものがある。それでいて木の枝を握ることで武器を手にしているという緊張感も生まれ、いつもと違う汗が流れるのを感じた。


 その後素振りをレクチャーしてもらった所でばあやの朝食を知らせる声が聞こえてくる。それと同時にヴァルムははっと何かに気付いた様子でディジネに頭を下げた。


「すまない!ご令嬢に剣術を教えるのは野蛮だった!全く私は察しの悪い男だ」

「ふふふ、大丈夫ですよ。ヴァルムが察しが悪いのは分かってますから。嫌だったら木の枝を放り投げて断っています」

「しかし、剣術を続ければ君の美しい手の平が固くなってしまう」

「……私の手の平が固くなってしまったら、婚約破棄しますか?」


 試すようなことを言ってしまったディジネは罪悪感と不安で顔を俯かせる。前の婚約は自分の不健康が原因で破棄されたのだから、今回も悪い所があれば可能性はある。そんな不安がまとわりついていた。


「とんでもない!私は何があっても君の手を離したくない……一生添い遂げたいと願っている!」


 ヴァルムの飾らない真っ直ぐな言葉にディジネは胸を熱くさせ、次第に目から涙が流れていった。


「私も!私もあなたと添い遂げたいです!」


 滲む視界に映るヴァルムが狼狽えることに気付いたディジネは誤解を与える前にと、素直な気持ちを屋敷に来た当初とは比べ物にならない位大きな声ではっきりと想いを告げた。


「ディジネ!」

「ヴァルム!」


 想いが通じ合い、感極まったふたりは名前を呼び合い抱き合う。出会った当初ならば力加減を誤り、肋の骨を折られていたかもしれないが、共に過ごすうちに力加減を覚えたようだ。ヴァルムの体温と太腕と厚い胸板にディジネは息苦しさを覚えながらも、満たされた気持ちになる。


「まあまあ、すっかりふたりは恋人同士なのね。ばあや嬉しい」


 中々姿を現さないヴァルムとディジネを呼びに来たばあやは完全にふたりの世界に浸っている姿に感激すると、邪魔をしないようそっと屋敷へと戻っていった。



 ***



 この日を機にディジネは剣術を学び始め、夢中で木剣を握った結果、手の平にまめが出来てしまった。しかし宣言通りヴァルムは否定することなく、ディジネの努力を讃え手に軟膏を塗り込んだ。


「でも次期侯爵夫人としてはよろしくないわよね……何か対策しなきゃ」

「ならば君に相応しい手袋を贈ろう。夜会の衣装を担当する仕立て屋に追加で依頼しよう」

「素敵!でしたら私もヴァルムに似合う手袋を選ぶわ。ああ、今から夜会が楽しみで仕方ありませんわ!」


 ゆるむ頬に手を添えて、ディジネは来る夜会へと思いを馳せる。ヴァルムとの婚約関係が周知されることはもちろん、ふたりで美味しい料理を食べたり、ダンスを踊ったり……きっと最高の夜になるはずだ。


「なんだから踊りたくなってきちゃった。ヴァルム、お手合わせ願えるかしら?」

「のぞむところだ。さあディジネ、お手をどうぞ」


 ここ半年間、何度も重ねてきた武骨て分厚い手をディジネは嬉しそうに手を取れば、ヴァルムがぎこちなく手の甲に口付けてきたので、頬が薔薇色に染まっていく。


 虚弱で女として魅力がない自分は愛のない政略結婚しか出来ないと諦めていたが、なんて素晴らしい良縁に恵まれたのだろう。ディジネはヴァルムとリズムを取りながら幸せを噛み締めていた。



 そして月日は流れ、ディジネが健康を取り戻し、ダンスと剣術の腕を磨き、ヴァルムとの愛を深める中で遂に社交シーズンが始まった。

次回最終回!のはずです。

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[気になる点] にやける頬に手を添えて、ディジネは来る夜会へと思いを馳せる。ヴァルムとの婚約関係が周知されることはもちろん、ふたりで美味しい料理を食べたり、ダンスを踊ったり……きっと最高の夜になるはず…
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