ヒト
なんでもありの吸血鬼モノ(主人公人です。)です。
自己責任でご覧下さいませ。
晴天。
そして、スッカラカンの小屋。
うーんと伸びをして、しばらく買い出しに行っていないことに思い当たった。
「そろそろ買い足すか」
中の商品たちの様子を見て、廃棄がないことを確認する。
死んでしまえばこれに商品としての価値はほとんどなくなる。
死後間もなければまだ安く売り叩けるが、固まってしまったり腐ったりしたら誰も見向きもしない。
弱ってそうなやつがいれば早々に値下げ。できるだけ無駄なく売りさばけるように考える必要があるのだ。
つまるところ、あんまりたくさん買い置きできず、こまめな継ぎ足しが必要、という事だった。
「・・・・・、す、けて・・・・」
商品が縋るようにこちらを見ているが、無視するのにもすっかり慣れた。
心はほんの僅かにも揺れない。
俺がこうしてこの商品たちを売りさばかなくても、どうせこいつらには死ぬことしかできない。
なにせ、これらは全てお金で帰るシロモノで、その上俺が買っているのは非力で安いそればかりだ。安いということは、価値がないということで、つまり売れない。売れなければ、その命は生ゴミ同然に扱われて捨てられるだけだ。
人間の中にいたところで変わらず地獄。それがいつまで続くかだけの話だと、知っていた。
小屋を全て見回った後、踵を返して小屋を施錠する。
この小屋自体、“ヒメサマ”の手助けを得て拵えた特別製だ。きちんと鍵をすれば、盗難には合わない。例えそれが、俺たち人にとって尋常ではない力を得た吸血鬼だとしても。
「・・・・・」
そのまま根城にも寄らず、俺は吸血鬼の住む区域から足を踏み出した。
鉄柵があり、出ていくのも入るのだって難しい区域だが、どこにだって穴はある。
・・・・・まあ、そもそも吸血鬼にはこの鉄柵は余りにも簡易で、意味を生しているのは不明だ。
いや、人間たちが『この先には危険がある』と子どもに知らせる標識代わりにはなっているだろうが。
吸血鬼の区域にはあまり活気がない。
当たり前だが、商売らしきことをするやつは稀で、大概が血を飲むことだけを生きがいに時間を浪費しているからだ。
死なない化け物たちは、暇を持て余し、時々人を襲ってはぼんやり宙をみつめている。
うちのお得意様たちだって、普段はそうだろう。
・・・・・頭の中を過ぎる非常に五月蝿い兄弟だけは別かもしれない、と考えて頭を振る。
どちらにせよ、こっちは活気がある。
人間の生きる町は、明らかに生気があって、ざわざわしている。
子どもが走り回り、近所付き合いの女達がお喋りに興じ、男たちは力強く働く。
鉄柵ひとつを境にある差に、いつも不思議になる。
だが、そんな無意味な事を深く考えることもなく、俺はざわざわした人間の町を進んだ。
「洗濯してくるべきだったか」
スッキリとした青空。
雲もほとんどみあたらず、強い日差しに目を細めた。
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「ご主人サマ!お久しぶりでス」
「・・ユーグ。お前ほんと気配薄いな・・・・」
「ウん?そうですカ?」
ぼんやり歩いていた背後から声がかかって振り返る。
どこかカタコトに聞こえる発音で言葉を返す彼はいつもの糸目を薄めてニコニコ笑っていた。
「そろソろかなと思って、きちンと〝売れ残り〟、捨てずに取ってマすよ。オレ、偉い?」
「偉い偉い、いやまじでな。助かる」
「オレの愛はゴ主人サマの為にありマスから」
ユーグ。奴隷売りの中で過ごして働き、俺の手伝いをしている男だ。いつも通り、少しはねた黒髪が肩に触れている。
俺の周りをクルクル回る姿はどこかの怪力吸血鬼を思い起こすがこれとあれでは立場が違う。
「あんまり走ると体に触る。落ち着けよ」
「そーはいってモ、かれこれ1ヶ月近く会ってマせんでしたカラ。興奮するナッてほうが無茶でスよ」
嬉しそうに言い返しながらもユーグは走り回るのをやめて、自分のねぐらとへ向けて先導を始めた。
慣れた道、知った景色。先導なくとも辿り着くし、そもそも『行きたい』とも、『行きましょう』とも話していないのに当たり前に俺が着いてくると確信して離れていく背中にため息をひとつ。
しかし、俺は特に抵抗せずその背を追った。
しっかりした足取りのユーグにホッとした気持ちが混ざったため息がまた零れたことを自覚して唇を引き結んだ。
こうして生きる道を選んだのはあいつであり、俺でもあるのだ。安堵を抱かないことは難しいが、できれば表にだしたいものでもなかった。
「そう言エば、ご主人サマの大事な大事なロジェ君、また暴れてた見たイですよぅ」
「ロジェが?・・・・・あいつ、元気だなあ」
「元気で済まセル辺りがご主人サマでスよねェ」
笑顔のまま振り返ったユーグが笑う。世間話のような話ぶりだが、おそらく俺が気にかけるだろうからと耳をすませて聞こえてきた話だろう。
ロジェ。俺の弟分。
本当に弟になるはずで、今となっては掻き消えた未来の話だ。
「あいつ今はどこに詰めてるんだ?」
「確カ、西門だっテ聞きまシたケド。まあ話聞いテからちょっと経つんで、あンま期待せずって情報デすが」
「いや、助かる。西には寄らずに帰るよ」
「・・・・・ネ、今日はウチに泊まってッテくれますよね?」
「いや、夜には・・・・・」
ユーグの家が見えた。
ユーグは足を止めて振り返り、今日初めて笑顔を辞めてこちらを見つめていた。
「今日は泊まル。オレのこと、寂しクして殺したくナイんなら。」
「寂しくて死ぬならとっくに死んでるだろお前」
「・・・・今度コソ死ぬ」
切実そうに見つめてくるが、こちらも仕事がある。
ヒラヒラ手を振って誤魔化し、勝手知ったるユーグのボロ屋に足を踏み入れた。因みに鍵なんて高尚なものはこの家にはない。
後ろから着いてくる足音を聞きながら、俺は腰に提げていた巾着を取り出して机に置いた。
「あ、今回の分デすね」
「ああ。換金からなにから任せて悪いな、ユーグ」
「トンデモない!ご主人サマのタメですかラ」
中身は吸血鬼から得た宝石、金貨など様々な金品。今は流通してない硬貨だったりも混ざっている為、宝石含め換金が必要だが、その辺の面倒もユーグが引き受けてくれている。
大金になるそれを一切心配せず預ける。ユーグは嬉しそうに笑って巾着を懐に仕舞い込んだ。
「や〜、いつものコトですケど、信頼が嬉しいとこでスね」
「お前だけは裏切るわけないからな」
「マ、そうですネ」
うっそりと微笑む瞳は薄暗い。
吸血鬼に売られる奴隷。その斡旋をして、吸血鬼側と言って過言じゃない俺の為に動くユーグは当たり前だが普通じゃない。
「夕飯何食べマすか?」
「・・・・・だから、俺はもう帰る。奴隷待ちなんだよアチラさんがな」
「吸血鬼が、オレより優先?」
「仕事なんだ。わかるだろ」
「・・・ご主人サマ。オレはアイツらのこと大っ嫌いダって知ってるデショ。ご主人サマが言う通りに生きルけど、だからッテ吸血鬼を許したワケじゃない。ーーねェ、オレを優先して、オネガイ」
じっと見つめる瞳はドロドロした何かが見えているが、その口元は変わらず笑みを形作る。
「・・・ユーグ」
名前を呼んだ声に諦めを感じ取ったユーグが嬉しそうに笑い、頷いた。
「別にイイんですよ。オレのコト弄り回したのは」
ご主人サマが言うんだから、その通りに生きるのだともう1つ頷いたユーグに、俺は仕方なく頷き返した。
明日の分の客が誰だったか、どう埋め合わせるか考えながら、目を閉じた。
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ユーグは、幸せになれるかもしれません。