6話:女騎士を師匠と見るか、女と見るか
「……ネトレ、少しいいか?」
俺がアイに命令し、いよいよ世界への復讐に向けて動き始めた……その夜。
見張りのいない地下牢に、久しぶりにガティが姿を表した。
「ガティ……久しぶりですね」
待ち侘びていた来客の登場に、俺は少しだけ頬を緩める。
すると、そんな俺の顔を見て……ガティは驚いたように目を見開く。
「前に会った時には、全てを諦めたような顔だったが……」
「さぁ、どうでしょうかね。暗い顔をして、これ以上アナタに心配を掛けたくないというのもありますが……」
「フッ……そうか。やはりお前は優しくて、強い男だな」
ガシャンと鎧を鳴らし、ガティが鉄格子にもたれかかるようにして座り込む。
そうして俺に背を向けたまま……彼女は絞り出すような声で呟く。
「なのに……私はお前を救えなかった」
「……処刑の日が決まりましたか?」
「ああ。3日後に絞首刑となる事が決まった」
ガティの顔はこちらからは見えないが、恐らくは……その瞳には涙を浮かべているのだろう。掠れて、震えている声色が――それを物語っている。
「王国騎士団二番隊副隊長。その肩書も、安いものだ」
「そんな事はありませんよ。アナタは誰もが認める、立派な騎士なんですから」
「バカ、お前が私を慰めてどうする? 本来なら、私が……っ、うぅ……」
ドゴンッと、地下牢の石床を拳で砕くガティ。
こんなにも、俺の事を案じてくれるなんて……やはり俺は、この人が欲しい。
「泣かないでください。確かに俺の人生は、ロクでもない結末を迎えようとしていますけど……幸せな事もあった」
「幸せな事?」
「アナタに出会えた事ですよ」
「なっ!?」
振り返ろうとするガティの背後から、俺は彼女を抱きしめる。
それにガティは激しく動揺したようだが、無理に振り払おうとはしなかった。
「ネトレ……!? これは、どういう……つもりだ?」
「すみません。でも……最後に、こうしたかった」
「ダメだ。お前も知っているだろう? 私には、婚約者がいるんだ……」
ああ、知っている。ガティの婚約者……王国騎士団三番隊の隊長。
俺も何度か、彼とは顔を合わせた事がある。
「俺、早くに両親を失って……勇者の使命を背負わされて。でも、どれだけ修行しても全然強くなれなくて――周りからは失望されてばかりで」
「……」
「アナタだけは、そんな俺を見捨てなかった。すげぇ厳しかったけど、それでも懸命に俺を強くしようとしてくれた。そんなアナタに、俺は……」
「やめて、くれ……そんな話。私は……」
「ガティ。お願いですから、アナタの答えを聞かせてください。最期の俺に気を遣わずに、アナタ自身の本当の答えを」
ガティは誠実で、まっすぐな性格だ。
もうすぐ死ぬ俺の為に、嘘の返答をするような真似は絶対にしない。
俺の事が嫌いなら、そう答える。
だから、もしもここの答えが……肯定的なものなら、付け入る隙はある。
「……ズルいぞ、ネトレ。最期の時になって、そんな……」
こちらを向いたガティと視線が合う。
彼女の顔は赤く、そして――その双眸は潤んでいる。
「ガティ……? んっ……」
「……これが、答えだ」
鉄格子越しに重なる唇。
ほんの一瞬のキスを終えたガティは、俯くようにして俺から視線を逸らした。
「最初は……ただ、お前が羨ましかった」
「え?」
「勇者の血筋、魔王を倒す宿命。それは、どれだけ強くなろうとも……女である私には手に入らぬものだ」
キスをきっかけにタガが外れたのか、ガティはポツリポツリと語り始める。
「正直、最初にお前に厳しく指導したのは……勇者を試そうという目的もあった。ふふっ、我ながら……なんとも浅はかな考えだ」
「……」
「だが、お前は私の指導に最後まで付いてきた。確かに成長こそ遅いものの、ただの一度も弱音を吐かず、むしろ私を慕って……懐いてくれた」
「俺の両親は……早くに死んだから。俺にとって、アナタは家族のように思えたんです」
「それは私も同じだよ。私の両親も、弟も……過去に事故で亡くなった。だから、必死なお前を指導している内に……私はお前に弟の影を重ねていた」
ガティはそこまで話してから、自嘲の笑みを浮かべながら首を振る。
「いや、そうじゃないな。弟のようにではなく、一人の男としてお前に惹かれていた。何度も何度も、夢の中でお前と結ばれた。お前に……激しく抱かれた」
「……そ、そうですか」
ん? なんだか少し、ガティの様子がおかしいような。
いや、気の所為……だよな?
「特に……私のこの小さな胸を、お前は丹念に弄るんだ。私がどれだけ泣いても、許しを乞うても……お前は容赦しなかった。私はもう、毎回お前にイキ殺されていた」
「……???」
「……話を戻すぞ」
「あ、はい」
いや、なんだったんだ今のは?
妙に描写が細かったというか、具体的だったような気もするが。
「とにかく……私はお前の事が好きだ。しかし、お前と結ばれる事はおろか、処刑から救う事も出来ない」
「アナタはよくやってくれましたよ」
「そんなわけあるか! 愛する者を守れずに、救えずに……何が騎士か!?」
俺の事は愛している。しかし立場が邪魔をしている。
「本当ならお前をこの場から逃したい。しかし、家族を失った私を騎士に取り立ててくださった陛下への忠義――こんな私を見初めてくれた婚約者は裏切れん!」
国王への忠誠と婚約者への義理。
この二つの鎖さえ無くなれば、彼女は俺のモノになる。
だから、俺のやるべき事は簡単だ。
「……最期に、俺のお願いを聞いてくれますか?」
「お願い、だと?」
「ええ。死んでいく俺の、たった一つのお願いです」
「ああ。私に出来る事なら、何でも言ってくれ」
「婚約者……イヴィルとの婚約を、解消してください」
「え?」
「あの人は、アナタが思っているような人じゃない」
国王と婚約者から、ガティを寝取る。
そして俺のモノにする。ただ――それだけだ。