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ダンジョンから愛をこめて  作者: 葉山 友貴
第一章 出会い
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第5話 新たな狼<マーナ視点>

<マーナ視点>


 何やら迷宮(ダンジョン)内が騒がしい。また冒険者と魔物が戦っているのか。


「スコル、ハティ。様子を見てきておくれ」


「分かった! 珍しい物があったら、拾ってきていい?!」


「またかよ。本当にハティは、人間の物が好きだな」


「危険そうな物は避けるんだよ。鼻を使いな」


「やった! ウォーン!」


 二匹の狼は風のように走っていった。徐々に小さくなるその後ろ姿を、目を細めて眺めていた。彼らも大きくなった。彼らが一緒ならば、この階層の魔物は苦戦しないだろう。ただし、彼奴等(あやつら)らを除いてだ。


 マーナは元々、下層の出身だ。スコルとハティを育てるため、危険が少ない上層に登ってきた。しかし、偶然にもそれは彼奴等(あやつら)らも同じだった。


 白銀の白狼族(はくろうぞく)と漆黒の黒狼族(こくろうぞく)


 古来より互いに決して相容れぬ存在として争ってきた歴史がある。ただし、近年は共に一族の減少により、めったなことでは争わなくなっていた。


 私から見れば、毛の色以外も全く違うのだが、憎いことに人間からは"フェンリル"と一括りにされて呼ばれていた。頭に色をつけて、白フェンリルや黒フェンリルと呼ばれることもある。全く嘆かわしい限りだ。


 人間とは、不思議な存在だ。肉体は脆く、一人では弱い。だがしかし、数人集まって"ぱーてぃ"というものを組めば、たちまち下層の魔物にも引けを取らない強さを発揮する。彼らは共に協力し合い、互いの弱点を補うように連携する。洗練された"ぱーてぃ"はまるで一つの生き物のようだった。


 マーナは人間に興味を持っていた。兄スコルはそうでもないが、好奇心旺盛な弟ハティは人間に興味津々だ。


「全く、ハティの収集癖には困ったものだ」


 振り返ると、マーナの目前には山のように積み上がった人間の"落とし物"があった。それらは、迷宮内で全滅していた者、愚かにも私達に挑み敗れた者など、出自は様々であった。


 武器に防具、用途が分からない小瓶に入った薬、並々ならぬ雰囲気が漂う道具。唯一私でも使えるのもある。


 "ぽーしょん"だ。人間が怪我を負った時、この色付きを"ぽーしょん"と呼んでいた。そして、これを飲み干したとき、それまで怪我で動けなかった人間が再び戦闘に復帰したのだ。人間は己の非力を補うだけの知恵がある。私が知らぬ、このような道具がまだまだあるだろう。


 私達が直面している一族の危機についても、人間なら何か打開策があるのではないかと、決して叶わぬ淡い期待をしてしまう。



「母様!! 大変だ! 人間の子供がガルム達に捕まった」


 ハティが慌てて帰ってきた。遅れてスコルも戻る。


「おや、子供とはいえ冒険者なのだろう?確かに珍しいが、騒ぐほどのことではあるまい」


 冒険者であれば、覚悟は出来ているはずだ。死ぬ覚悟が。


「それが、武器も防具も持ってないし、服はペラペラのボロ布みたいなんだ。しかも一人みたいだし。あんな弱そうな子供は初めてみたよ」


 職業とスキルの台頭で、たとえ子供であっても迷宮に潜る冒険者については、手練れが存在する。もっとも数は、かなり少ないが。


 だから最初、子供と聞いても特に驚きはしなかった。しかし、単独かつ手ぶらと言えば話は別だ。この危険な迷宮に逃げ込む理由があったんだろう。


「ガルムのところへ案内しな」


 マーナは立ち上がる。四肢に力を入れると、白銀の毛が一斉に逆立つ。


「私の前を、ちんたら走ったら噛み付いてやるからね」


「「ガウガウ」」


 三匹の狼は疾風のようにその場から消えた。










「オレにも、カセヨ」


「イクゾ、ホラ」


「ガルル、キタキタ」


 ロキはされるがままに遊ばれていた。ボールのように投げられ、口に咥えられ、また投げられる。糸の切れた操り人形のように、手足は投げ出され、あらぬ方向へと折れ曲がっている。


「勝者に与えるとは言ったが、あまりいい趣味とは言えんな」


 ガルムはため息を吐くと、楽しそうに遊ぶ息子達に苦言を呈す。


「お前たち、その辺にしておけ」


「マダ、アソビタイ」


「オレは、ショウシャ、ダ」


 息子達から思わぬ反抗にあう。


「ムゥ…」


 最近、息子達が助長している気がする。ここら辺でお灸すえなければ。


「ならば、私達と勝負しよう」


 いつの間にか現れたマーナは、ガルムの背後から声をかけた。数秒遅れて、スコルとハティが合流する。


「私の子供達とお前の愚息らで、勝負しようではないか。勝者は、そこに転がっている人間をもらい受ける」


「マーナか?相変わらず神出鬼没だな。お前の子と勝負か、ふむ」


 最近、この階層の魔物どもは張り合いが無くなってきたところだった。我らがここに来たときはもう少しマシだった。ガルムは一瞬迷った後、マーナの提案を受け入れた。


「スコル、ハティ。ヒサシブリダナ」


「ゲリは相変わらず、下品な遊びをしてるな」


 スコルは軽蔑するような冷たい視線を投げる。


「人間、ボロボロになっちゃった。許せない」


 ハティは憤りを隠せない。


「ニンゲン、ヨワイ。オレ、ツヨイ。ダカラ、オレノ、スキニスル」


「俺達の方が強かったら、好きにしていいんだな?」


「"オレ"ノ、ホウガ、ツヨイ」


「ハティ、いつものでいくぞ」


「分かった。絶対に負けない」


 漆黒と白銀。対照的な二組のチームは互いに向かい合った。並べると我ら黒狼族の方が一回り大きい。昔から一対一では負けない。


 しかし、小賢しいことに白狼族は、地形やその時の状況を利用するのが上手い。また複数での戦いになると、白狼族に軍配が上がる。マーナの子らがどこまで育っているか見ものだな。


「相手を殺してはならない。それ以外ならなんでもありだ。では、始めい!ウォーン!」


 ガルムは声を張り上げた。


 開始と同時にゲリが単騎で突撃する。スコルが迎え撃つ。


 初撃、素早く鋭い爪が振り下ろされる。スコルは身をかがめ、それを回避。同時に側面からハティが尻尾を打ち付ける。


 一瞬怯んだ隙に、スコルが体をゲリの下に潜り込み、宙返り。下腹から不測の衝撃がゲリを襲う。


 次の瞬間、迷宮の壁に叩きつけられた。


「グォフ」


 ゲリは肺に溜まった空気を一気に吐き出すと、そのまま気を失った。


「ア、アニジャ」


 弟フレキはまだ一度も兄ゲリに勝ったことがなかった。そんな自分よりも強い兄が一瞬でやられた。動揺。


「狩られる側の気持ちが分かるか?」


「泣いても許さないからね」


 スコルとハティは、フレキの周りを旋回する。体つきは大きいはずが、今では二回りは小さく見える。完全に萎縮してしまっている。


 中心にいるフレキに一撃与えると、持ち場に戻り、再び隙を窺うように旋回する。フレキは、この包囲網を突破しようと試みるが、一定の距離を保ち、また一方が背後から尻尾を打ちつけて邪魔をする。


 こうしてじわじわと時間をかけて、フレキを削っていった。そして文字通り身も心も傷つき、折れてしまった。


「クゥーン、クゥーン!ウォォォン」


 フレキは降参の意を示すかのように、仰向けに寝そべり腹を見せた。


「ーーそこまでだ。我が息子ながら情けない。それに比べて、マーナの子らはよく鍛えられているな。それに…嫌らしいところまでそっくりだ」


「フン、何か言ったかい? それとま昔、私に負かされて泣きながら尻尾を巻いて逃げた話でもするかい?」


「ガルルル! さ、さて約束通り、その人間は勝者の物だ。おい、いつまで寝てる!起きろ!帰るぞ」


 ガルムはゲリを叩き起こし、すっかり怯えているフレキを背に乗せると、そそくさと撤退していった。




「こりゃあ、ひどいねぇ」


「これ生きてるの?」


「心臓は動いてる。人間は案外丈夫なんだな」


 マーナはロキの元へ駆け寄ると、思わず呟いた。ハティは心配そうに、スコルは感心していた。


 瀕死の重傷。手足の骨折、服はボロ雑巾のように破れ、噛み付かれた歯形からは血が流れている。


 生きていることが不思議なくらいだ。ロキを背中に乗せ、寝床に使っている部屋へと急いで帰る。


「そこの広い所に寝かせる。"ぽーしょん"をありったけ持ってきな」


「分かった!」


 ハティは急いで青と緑のポーションを咥えて戻る。マーナはそれを開けると、ロキの体に惜しみなく振りかけた。


 ロキの体が淡く発光する。瞬く間に体が癒えていき、顔色に生気が戻る。小さく弱々しい呼吸は、規則正しい寝息に変わる。


「ほとんど使っちまってよかったのか?俺達が大袈裟した時のためにとっておいたんだろう?」


 ロキの様子を興味深く観察していたスコルがマーナに問いかける。


「この階層は物足りない奴らばかりだ。怪我しようがないさ。それに、そのうちハティがまた拾ってくるだろうよ」


 そのハティはと言うと、ソワソワと落ち着きなく、ロキのそばを離れようとしない。


「ま、それもそうか。それにしても、アイツら弱かったな〜」


 スコルは先の完勝した勝負を思い出す。


「力の使い方がなっちゃないね。力を持つと気が大きくなっちまって、ガルムも手を焼いていたよ。この敗北がいい薬になってくれたらいいんだけどね」


 マーナはガルムに同情する。それに比べて私の子達は素直に成長している。兄スコルは強い口調を使うこともあるが、根は優しい。弟は好奇心が旺盛で、知識の吸収に貪欲だ。二人とも私の助言を聞き入れて、着実に強くなっている。





 ハティが騒いでいる。人間が起きたらしい。恥ずかしいのか、二人とも私の後ろに隠れてしまった。


「私は、マーナ。一応、お前の命の恩人だ。…人ではないがな、ククク」


「僕は、ロキ。ただのロキだ。助けてくれてありがとう」


 ロキ。短くて綺麗な響きだ。気に入った。それよりも私の言葉が分かるのか。


「ほう。やはり言葉が分かるか。これは珍しい」


 今までこんな人間に会ったことはなかった。ロキ特有のスキルか?ますます興味が湧いた。


「もしロキがよかったら、私達と暮らすか? 武器や防具も持たず、着の身着のままの姿で遭遇した人間はロキが初めてだ。大方、人間の世界からその身ひとつで逃げてきたんだろう?」


 私の見立ては、当たらずとも遠からずといったところだろう。


「ーー僕はッ!僕は! うああぁぁぁん」


 今度は泣き出してしまったぞ。感情の起伏が激しい子だ。


「僕を、ここに置いてください」


 すっかり情が移ってしまったな。断る道理もない。


「僕に、戦い方を教えてください」


 覚悟を決めたいい眼だ。よかろう、私の持つ戦いの技術を全て叩き込んでやろう。


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