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ダンジョンから愛をこめて  作者: 葉山 友貴
第一章 出会い
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第3話 逃避行


「孤児院が燃えてるぞ!」

「なんだって!? 水の魔術師は足りてるのか?」

「おい!こっちだ!ケガ人もいるぞ!」


 深夜なのに騒がしい。孤児院の大火事で街が起き出したようだ。


「スヴィル!!」


 大勢の人が行き交う通りで、ふらふらと寝巻き姿のまま彷徨うスヴィルを見つけた。


「ーー待てッ」


「よかった、逃げ出せたんだね!」


 思わずミックからの制止を振り切り、スヴィルの元へ駆けつけた。声をかけると、ひどく怯えた様子で僕の顔を見上げた。


「ーーあ、ぁあ」


「スヴィル?」


 震える手で、首から下げた笛に手を伸ばした。笛を吹くが、音は鳴らない。それよりも汗びっしょりだ。あの後、何が起きたんだろう。


「落ちてついて、何があったの?その笛は…?」


「おい!何やってんだ!! 奴らが集まってくるぞ!逃げるんだよ」


「に、げろ」


 スヴィルは苦しそうな表情で、小さくそう呟いた。


「でも、スヴィルは」


「逃げられたら困るな」


 背後から肩を掴まれた。ゆっくりと振り向くと、顔に傷のある男が一人、笑顔で待ち構えていた。


「路地裏に移動する前に、とりあえずこれ咥えようか」


 布を、僕の口に無理やり押し込んだ。


「ほれ、挨拶がわりだ」


 そして、なんの前触れもなく僕の太ももを"刺した"。


「ーーヴヴゥゥゥ!!」


 口に当てられた布のお陰でくぐもった声が出る。冷や汗が止まらない。頭の芯に響くような痛みが断続的に押し寄せる。涙で視界がにじむ。


「ーーフギャア!!フーフー!」


「うおっ!なんだこのクソ猫!いててて」


 スージーが男の顔に飛び乗った。その隙に僕の肩にミックが飛び移る。男の手が一瞬緩んだ。


「ーー今だ!」


「もが、もが」


 布を吐き出し、左足を引きずりながら、人の流れと反対に進む。汗が止まらない。


「クソ猫が!しつこいんだよ!」


「ーーギャン!」


 スージー!!…僕のために。どうか無事で。


「あのガキぃ、どこ行ったぁ!?」


「あそこの角を曲がれ! 次は、まっすぐ! その次は左だ! そこの物陰に隠れろ」


 ミックの指示で僕は脇目もふらず一晩中、走り回った。布できつく縛ってはいるが、もう左足の感覚がない。もうすぐ夜が明ける。


「よくここまで逃げ回ったな。初めてにしちゃあ上出来だ。これで、最後だ。あそこに見張りがいるだろ? これからアイツに隙が出来る。そしたら全力で走り抜けろ。そして奥にある扉の先へ行くんだ」


「扉の先には、何があるの? あの扉の模様、本で見たことあるような…」


「そりゃあ、おめぇ、あの封印刻が刻まれた扉と言えば…、いや、孤児院の外は初めてだったな。あの先は、"ダンジョン"だ。ここは裏門みてぇなところだがな」


「あれが…ダンジョン」


「行ってからのお楽しみ、とは言わねぇ。生死を彷徨うことなんて一度や二度じゃ足りねえだろう。でも、お前さんならなんとかなるんじゃねぇかと俺は思うんだ。こんな逃げ道しか用事してやれなくて申し訳ねぇが…」


「ミック! 僕のために、本当にありがとう。スージーも…無事だといいんだけど。 僕やってみる。ダンジョンで強くなって、また戻ってくるよ」


「その粋だ。あばよ。お前のこと大好きだったぜ」


 ミックは最後にそう言い残すと、見張りに向かって走り出した。









「ふぁ〜あ、街は騒がしいみたいだけど、ここは暇だなぁ。 交代までまだ時間あるな」


 暇を持て余す見張りの衛兵。


 ダンジョンへは正面にある立派な扉から出入りする冒険者が多い、というかほぼ全員がそうだ。正面の正門から入れば、毎度同じ部屋にたどり着く。一方で、裏門から入ると、ダンジョン内のどこに放り出されるかは誰にも予想できない。命知らずの一部の物好きを除いて、正門から入るのが一般的だろう。


 そんな怠惰な彼の足元には一匹のネズミ。日中でさえ閑古鳥が鳴いているのに、今は早朝とはいえ日の出前だ。彼がネズミ一匹に気付かないのは、仕方ないだろう。


「いてててて!」


 急に耳を押さえる衛兵。彼の耳には齧り付かれた跡。


(ありがとう、ミック! そして衛兵さん、ごめんなさい)


「子供!? ま、待て! いてててて!今度は鼻が!」


 足を引きずり、関所を強引に突破する。後ろを振り向くと、衛兵の頭の上で飛び跳ねるミックの姿だった。


 ミックはあんな小さな体で、本当にすごい。一呼吸して、扉に手をかけた。




 扉を潜る瞬間、不思議な感覚を覚える。水中ではないのに、薄い膜のようなものを通り過ぎたような。


 次は、異物が紛れ込んような違和感。キョロキョロと周りを見渡す。


 空気はひんやりと少し肌寒い、それに洞窟の中だからか湿度が高い。少し薄暗いが、光源はある。苔が薄く発光していた。段々と目が慣れてきた。


 洞窟の中で、違和感の正体を突き止める。異物は僕か。何者かの意識に触れた感覚。ダンジョンが僕に気づいた。地鳴りが聞こえたような、そんな気がした。


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