第26話 悪夢再来<ノルン視点>
ノルンが率いるパーティは初戦で一悶着がありながらも、その後は安定した戦闘をこなしていた。そして、目当ての大部屋にたどり着く。
「お疲れ様。ここが目的地だよ」
ノルンは疲労が見え始めたパーティメンバーに声をかけた。
「…やっと着いた!疲れたー!」
ルフナは真っ先に部屋に駆け込むと、座り込んでしまった。中には、すでにいくつかのパーティが到着しており、それぞれが思い思いに体を休めていた。
「到着したら、パーティのリーダーは報告してくれ!」
ギデオンが声を張り上げている。いつ到着したんだろう?ギデオンの後方には、彼のパーティメンバーが死屍累々と言った感じで横たわっている。きっとスパルタの強行軍だったのだろう。ご愁傷様と心の中で労る。
「ノルン、只今到着しました。怪我人なし。評価Bランク」
ノルンは手短に報告した。各パーティのリーダーには、最後に講評するためにランク付けを依頼されていた。
AからEまでの五段階評価。ノルンの見立てでは、最初は不安定になりつつもそこからの立て直し。その後は、安定したパフォーマンスを発揮し、最後までやり遂げたことで上から二つ目のBをつけた。パーティの立て直しは、重要なファクターだ。ダンジョンでは何が起きるか分からない。ノルン自身、先日それを身を持って経験した。
「取り乱した私が偉そうなこと言えないわね…」
自戒の念を込めて、深く自分に言い聞かせた。
「ご苦労。なかなか有望なパーティだな。 …道中、異変はあったか?」
ギデオンは本来の目的を声を潜めて、ノルンに尋ねた。ノルンは魔法で広域を探知しながら、進む段取りだった。ギデオンは期待していた。
「…異常なし。あ、いえ、一つあったわ。何に関係しているか分からないし、考えすぎかもしれないんだけど…」
ノルンは前置きをして続けた。
「魔物の死体が、食い荒らされていたの」
「?? それが、おかしいか?」
ギデオンは首を傾げる。魔物同士での共食いは珍しくなかった。魔物とはいっても種族が違えば、姿形は全く違う。当事者達からすれば、人間と畜産と同じような感覚なのだろうと、ギデオンは自身で納得していた。
「ええ、普通なら素通りするところなんだけど、見事に核の部分だけがないのよ。何のためにかは分からないし、偶然かもしれないんだけどね」
「ふむ…それは妙だな。頭に入れておこう。報告、感謝する」
魔物には、核が存在する。経験を積んだ魔物を討伐した際には、魔石として残る場合がある。
魔石は高く売れる。様々な用途に使用できるからだ。錬金術に、魔道具の燃料、魔法の触媒など例を挙げたらキリが無い。ただし、魔物が核を集めるなんて話は聞いたことがない。推測するにも圧倒的に情報が不足していた。
「私は、この部屋に何か手がかりがないか調べてみるわね」
探索の疲れなどおくびにも出さずに、ノルンは早速、調査に取り掛かった。調査とは言っても外観は盗賊や狩人にお任せだ。
魔術師として探査は見た目ではなく、根源をーその物を構成する魔力を調べる。
外からの情報は出来るだけ最小限に。目を閉じる。己の内へ、潜るように集中する。深く、深く。深海の底へ。
「ここだけ…新しい?」
直感に近い感覚。うまく言葉では表せないけど、引っかかる。違和感。まるで挿し木をしたような、途中から継ぎ足されているような。
導かれるようにフラフラと歩く。目をつぶっているため、歩く先にある障害物を慌ててギデオンが排除する。すると、ある一点で立ち止まった。
「そこは…」「静かにっ」
メーディアはギデオンの口を塞ぐ。食い入るようにノルンを見つめる。
ノルンは腕を捲り、池に手を入れるように床に手を入れた。本来返ってくるはずの硬質的な反応はなく、まるで水の中。ゆっくりと腕を戻すと、その手には布切れが握られていた。
「ふう…」
肺から空気を吐き出し、目を開けた。その部屋にいたギルド職員全員がノルンの一挙手一投足を見守っていた。
「あれ?みんなどうしたの?」
「どうしたじゃないよ!みんなアンタに見惚れてたんだよ!それよりもいつの間にかそんな事出来るようになってたんだい!? 私の出る幕がないじゃないか」
恐ろしいまでの才能。メーディアがあの域にたどり着いたのは、二十代前半だっただろうか。過去を思い出しながら、身震いをする。このまま成長していったら、どんな魔術師になるのだろうか。
「し、師匠!いつの間に? 感覚を合わせたら何だか出来る気がして、やってみたら本当に出来ちゃった!それよりも、これ見て!」
その手には見覚えのある布切れ。エリンの服の一部だった。見間違うはずはない。その刺繍はエリンが自分で手間暇かけて編んだレースだったからだ。
「ふむ…下に落ちたのか。こりゃ、難儀だねぇ」
メーディアは顎に手を当てて、目を細める。次の瞬間、これまで見たことがないくらい大きく目を見開いた。
「全員、あたしの後ろに下がりなっ!! ギデオン、あんたもだ!」
入口を睨みつけ、反射的に魔力で防護壁を構築する。
「ーーーバオオオオオォォォ」
咄嗟に、メーディアの後ろに回ったメンバー達は、地獄の底から響くような唸り声に思わず身を竦める。もしこれがパーティ単位で遭遇してしまったら、間違いなく心を折られていただろう。それほどの相手、それほどの化物。
その姿は、歪な漆黒の狼。あらゆる魔物の特徴を大雑把に混ぜたような容姿。禍々しさだけを際立たせた姿をしていた。
「ーー深層の魔物、か」
それほど、大きな声ではなかったメーディアの言葉は、その部屋に響き渡った。不安がその場を支配する。
「師匠…?」
皆の不安を代表するかのように、ノルンはメーディアに問う。
「うーん、参ったね。あたし一人では勝てなさそうだ。ーーいいかい、ノルン。あたしと皆んなの間に、魔力壁と風の障壁を二重で張りな。久々に本気を出すよ。そして、あの化物に隙が出来たら…みんなを連れて逃げるんだよ」
メーディアが最初から討伐を諦めるほどの魔物。逃走を前提とした戦い。ノルンは、ここで改めて危機的状況を理解した。どんな強敵であろうと、メーディアがいれば何とかしてくれる、そう思っていた。
「ギデオン!! 殿はアンタとノルンだ!死んでもノルンを守るんだよっ!」
「ーーッ! …承知した。この命に代えても守り抜くと誓おう」
「いい返事だ。さぁて、久しぶりに本気を出すよ…」
メーディアの長い髪が重力に反して逆立つ。湖に石を落とした時の水しぶきのような魔力の波。赤、青、緑と様々な色が混じり、その濃密な魔力は可視化できるほど。
「複合魔法『暴風炎刃』」
吹き荒れる炎と風の刃の嵐。それに巻き込まれれば体の芯から焼かれ、全身は切り刻まれる。およそ人に対して放つ魔法の類いではない。人外の何か。規格外の魔物に対してのみ許されるであろう大魔法。それを何の躊躇もなく初手でぶっ放した。
「す、すごい…! さすがの化物も、これなら…」
炎の嵐が過ぎ去った後に残されていたのは、黒い球体。中の様子は一切見えない完全な闇。
「チッ。暗黒魔法、か…」
メーディアは珍しく苛立ちを見せた。常に冷静で、心を乱さない魔術師の鏡というべき彼女のその姿はノルンにとって、初めてのことだった。
「師匠、暗黒魔法って…?」
「魔法でも斬撃でも何でも食っちまう欲張りで、食いしん坊な魔法さ。大昔に失伝したはずなんだけどね。表の世界で使える魔術師は見たことないからね」
「そんなの、反則じゃない!」
「その分、代償は高くつくはずなんだけどね。命を削る魔法さ。だから、自然と廃れていったんだよ」
黒い球体が割れ、漆黒の化物は姿を現した。全くの無傷。全身から力が漲っている。
「バオオオオォォォオオォォ!!」
間近で咆哮に、防護壁にヒビが入る。
「クッ、なんて衝撃。二重で張ってやっと、だ…」
ノルンは歯を食いしばる。壁の外にいるはずのメーディアは涼しい顔で立っている。よく見ると、自分の体の周りだけに最小限の防壁を張っている。無駄を削ぎ落とした完全に戦闘モードだ。
「三属性・混合魔法『泥水拘束』」
化物の周囲だけ粘性の高い地面に変化する。そこから触手のようなものが化物に絡み付く。
「今のうちに、逃げなッ!!」
「でも…」
「何度も言わせんじゃないよ!! 一人の方が動きやすいんだ。ーーみんなのこと、頼んだよ」
「死なないで!!」
最後に負けないで、とは言えなかった。本能的に、死が付き纏うと感じていたのかもしれない。
「ボォオウ」
唐突に、化物から真っ黒い禍々しい触手が伸びた。それは、二重の防壁を突破し、新人職員の頭をガラスのように砕く。誰がみても即死。
「キャアアアアアア」
恐怖は伝染する。一人が悲鳴を上げると、誰しもがそれに続く。
「みんな、落ち着いて!! 防壁から出ないでッ!!」
恐怖に駆られた人は愚かな行動に出やすい。我先にと、入口へ殺到した。すると当然、詰まる。足を止めた人程度では、触手の格好の的となったしまった。規則的に、甲高い音が響く。静寂を取り戻した時には、入口に骸の山が出来上がっていた。
「ーーみんな、分かったよね?防壁の外へは絶対出ないで。…行くよ」
「せめて…一番手は任せてもらおう」
ギデオンが先頭を歩く。彼が居てくれて助かった。慎重に入口へと進む。触手攻撃がやってくるが、防壁で弾かれる。初手で見せた強力な攻撃はそう何度も使えないみたい。
「…ヒッ」
叫び出しそうになる声を必死に抑え、さっきまで仲間だった、それの隣を通り過ぎる。
たどり着いた!
化物を振り返ると、拘束を引きちぎっては、また別の触手によって動きを縛られるを繰り返している。メーディアが魔法の出力を上げて、脱出を助けてくれていたのだった。
「俺は、誇りに思うぞッ!!」
「メーディアッ!! 絶対に、帰ってきて!!」
最後に声をかけた。
「まるでもう会えないみたいじゃないか。後で、一杯奢ってもらうからね」
そう言うと、ひらひらと手を振った。




