第24話 再挑戦<ギデオン、ノルン視点>
四話分、毎日投稿します。
「どうして中堅が全く居ないのだ!?捜索隊が組めないではないか!?」
迷宮都市ミズガルズにある戦士ギルドに怒号が響いた。声の主は、ベテランギルド職員、戦士ギデオン。かの異常事態から生還したパーティのリーダーを務めていた男だった。
「ですから! 盗賊団のリーダーが偽物だったんです! 巧妙に洗脳までされていて、替え玉は自分が本物と思い込んでいただけに尋問は難航しましたが、先日やっと判明したんです。 中堅以上は、本物のリーダーを探しに出払っているんですよ!」
ギルド職員は先輩にあたるギデオンに勇気を振り絞り、何度も繰り返し説明した。
「全員ってのは、おかしいだろう!俺はそんな話、聞いてないぞ! 神官ギルドの期待の若手だぞ!? なんとかするのが、仕事だろう! クソッ、俺があの時…」
ギデオンは自分を責める。何度も行った行為。
本人は知る由もなかったが、死地から生還したばかりのギデオンには声がかからなかったのは、仲間を亡くして気が動転していること。体力的なこともあり、ギルド側が気を使っての判断だった。それだけギルドに大事にされていると誇っていいのだが、この時のギデオンにはそんなことは毛ほども思わない。
「そうだ!! それなら、救出依頼として冒険者に発注するのはどうだ!?」
我ながら名案と言わんばかりに、ギデオンは興奮を隠せない。
「…それも出来ません。上層部は自身の不手際を露見するのを恐れています。ギルド職員の不祥事は、ギルド内で解決すべきだと…」
「バカなッ!? 命がかかってるんだぞ!?」
ギデオンは、ギルドのカウンターを思いっきり叩く。その音に職員は肩を揺らしながらも誠実に答える。
「私もおかしいと思っています…それでも、どうにもできないんです。
ーーなので、ここからは、独り言です。
今回の対応に、憤りを感じているのは、ギデオンさんだけではありません。あのメーディアさんもその一人です。愛弟子ノルンさんの不手際が今回の件を招いてしまったと責任を感じていて、エリンさんの救出について抗議しています。
もう一つは、若手の育成。中堅と若手の隔たりというか実力差が問題になっています。後進の育成という名目で、メーディアさんを巻き込めば上層部も渋々でも了承するかもしれません」
「ーー!! では、こちらも独り言を言うとしよう。ギルド職員に正義の意思を感じた。まだまだ、ギルドも捨てたものではない、将来に希望の光が見えたぞ。感謝する!!」
ギデオンは深く一礼すると、メーディアに会いにそそくさと戦士ギルドを後にした。
盗賊団の捜索に声がかからなかったのは、他にも理由があった。ギデオンは潔癖すぎた。目的達成のためには、時に汚い手段を取ってきた結果が今のギルドを構成している。それは表沙汰には出来ない邪道。正攻法のみを信条とするギデオンとは相容れぬものがあった。
過去の実績は十分。それでも幹部には昇格せず、ベテランの地位に留まっている。ギルドの上層部は、情に熱く、どの年代からも人望があるギデオンについて、扱いかねているのも事実であった。
「メーディア、メーディアはいるか!?」
魔術師ギルドに隣接した豪華な個人宅。早朝から乱暴に門を叩く筋肉質な男。
「何だい、こんな朝っぱらから…おや珍しい来客があったもんだ」
「メーディア!!久しいな! 腐敗龍の討伐以来か!」
「もうそんなに経つかね。あれは強敵だったさね…それで何の用だい?だいたい予想はできるがね」
昔話もそこそこに、メーディアは目を細める。
「実はだな…若手を中心にエリンの捜索隊を組みたいのだが、メーディアにも協力して欲しいのだ!」
「ほう…誰の入れ知恵か知らないが、悪くない。私とあんたが組めば、上を動かすことが出来るかもしれない。中へ上がりな、詳しく話そう。全くこんな朝っぱらからの来客なんて、無視しようか迷ったけど、出て良かったわさ」
メーディアは玄関の扉を広く開け放ち、ギデオンを迎え入れる。
「し、失礼する!」
ギデオンは緊張した面持ちで家の中へ入っていった。恐ろしい様々な二つ名が一人歩きしているメーディアではあるが、見た目は麗しい。紳士的とはいえギデオンも男だ。年相応の気持ちの昂りは感じていたのだが…
「なんだ、これは!?」
目の前には、まるで強盗でも入ったかのように荒らされた部屋が広がっていた。食べかけの食器が放置されていたり、一度着たであろうほど服は山のように部屋の至る所に放置されていた。
「ん? ああ、ここ最近ノルンが片付けてくれなかったから、ちょっと散らかってるな。その辺に座ってくれ。…茶って、どうやって入れるんだ…」
メーディアが指差したところはとてもじゃないが汚くて座れない。
「ああ、もう!貸せっ!」
ギデオンはメーディアから茶筒を奪い取ると、ヤカンを探し始めた。
「全くこの家はどうなっているのだ!?お湯も沸かせないじゃないか!」
「お湯なら、ほれ」
メーディアが手をかざすと、それまで水が入っていたコップから湯気が立ち昇った。
「…生活を便利にする魔法は、その分、人を堕落へ導くのかもしれない」
ある真理へとたどり着いたギデオンであった。
「ーーふう。あらかた片付いたな」
綺麗に畳まれた服、掃除が行き届いた部屋、水回りまでが完璧に掃除されていた。
「ほおおお! ギデオン、やるじゃないか!そんな顔でこんな特技を持っているとは…見直したぞ」
腕を組み心から感心した様子のメーディアは、称賛の言葉を送る。
「俺は何をやっているんだ!? こんなことしたかったのではない! エリンの救出について話し合いたかったのだ」
「ああ、その件なんだが…上層部に掛け合って許可を貰ってきたぞ?ほれ」
メーディアは許可証を指で摘んで、ヒラヒラとはためかせる。
「な、なんだと!? 俺があれだけ頼んでも動かなかった上層部が…」
「掃除中に、あんたに何度も声をかけたんだけどさ。真剣にやってるもんだから、耳に入らなかったみたいさね。おかけで部屋は綺麗になったし、救出隊の目処は立ちそうだし、いいこと尽くめだ」
「俺は掃除してただけ…情けない」
「アンタはちゃんと役に立ったぞ? ギデオンの名前を出したら、渋々了承してくれたからな。しかも、ほら…こんなに部屋が綺麗になって気持ちがいいではないか?」
メーディアは爽やかな笑顔でそう言い切った。外を見ればもう日が落ちかけている。集中していて気がつかなったが、朝から夕方まで一心不乱に人の家の掃除をしていたのか。ギデオンの心はさらに落ち込んだのは、言うまでもない。
一方、ノルンは魔術師ギルドの訓練場にいた。あの一件以来、ストイックにろくに家にも帰らず、魔法の研鑽に打ち込む日々を過ごしていた。
「…まだまだ。もっと速く、もっと火力を…」
ブツブツと呟く。初めのうちは、ノルンを気遣って声をかける人がいたが、いつしかそんな人は居なくなっていった。ただ一人を除いては。
「まーた、やってんのか! 私が言えた道理ではないが、食事はちゃんと取ってるのか?風呂は入ってるか?」
メーディアが現れた。昼夜を問わず訓練に明け暮れる日々を送ったせいか、今が昼なのか夜なのかさえ分からない。限界が来たら眠り、空腹に耐えられなくなったら必要最低限の食事を取る、そんな毎日だった。
「…メーディア。上手くいかないの…」
「酷い顔ね。体も痩せちゃったし。私もそんな時期があったから助言させてもらうけど、魔法で大事なのは心よ。常に冷静で、どんな場面でもブレない心。その心の平静のためには、体が健康であることが一番なのさ」
メーディアは肉汁滴る骨付き肉を二本。もう一方の手には泡付きのエール。
「これを食べたら、いい魔法を教えてやろう。それと、エリンの救出作戦が決まったよ。表向きは若手の育成だけどね、メンバーを編成中なんだけど、ノルンも行くだろ?」
「行く!! 私のせいだから! 新しい魔法も教えて! いただきまーすッ」
ノルンは勢いよく口いっぱいに肉を頬張り、一気にエールを飲み干した。顔色に赤みがさして生気が戻る。
「バレット系はまだ教えてなかったね。この魔法は威力はそんなにないが、とにかく出だしが速い。ダンジョンのような狭い空間で役に立つよ」
「それよ!アロー系をどんなに速く発動させても、あの速さで魔物が押し寄せてきたら間に合わないの!」
「だいぶ顔色が良くなった。さっきまでグールみたいな血色だったよ。さぁ杖を構えな」
メーディアの講義は深夜まで続いた。ノルンの覚えが悪いということではない。むしろ才気に溢れる。常人であれば、発動まで三か月以上はかかるところを一時間ほどで発動まで持っていた。そこからはノルンの納得がいくまで、威力や速さを高める練習に入った。
翌日の朝、ギデオンが二人のもとを訪れると、訓練場の床に大の字で眠るノルンの姿があった。清々しいほどの笑顔。
「なんだこれは…! 一晩中、訓練していたのか?!」
訓練の跡が生々しく残っていた。いくつも巨大な穴はクレーターのように地面を抉り、焼け焦げた砂地は一部が結晶化している。
様々な錬金術や魔法で強化され、幾人もの有識者の手により作り上げられた訓練場は、ギルドの職員なら誰でも利用できる施設であった。それがこんなにも激しく損傷したのはギデオンの長年の経験からも初めてのことだった。
「ーー全く恐ろしい才能だよ。あたしの十八番まで習得しちまうとはね」
声の主は、訓練場の椅子に腰掛け、のんびりとエールを煽るメーディアだった。ギデオンは逡巡する。メーディアにはいくつもの二つ名があった。氷瀑、爆炎、雷帝、死神、いずれにしても物騒であるには間違いない。
「う…ん? あれギデオンさん?」
「起きたか。魔法の修練に励むとは殊勝な心がけだな。ダンジョンに潜る(アタック)する日が決まったぞ。今回は俺とメーディアも同行する。表向きは若手の育成だからな。ノルンには先輩として、新人の見本になってもらうからな」
「やった!決まったのね!? 私の新しい魔法を見せてあげるんだからッ!」
ノルンは杖を天高くかがけた。絶対に見つける、その決意を込めて。




