第22話 明日への扉
マグマゴーレムの様相は先ほどまでと一変していた。血管のようだった赤い線はクモの巣を重ねたように体中を埋め尽くし、体全体が赤く発光している。距離を置いても分かる熱量。
マグマゴーレムは歩きだした。これまで扉から離れることがなかったのに、自ら僕達を倒すために歩みを進めたのだ。その足跡には黒く焼け焦げた跡。
「ゴオォォォオオオォォ!!」
手から礫を撃っている。それは灼熱のマグマ。掠るだけで火傷では済まないだろう。それでもスコルは怯まない。
「…手段を選んではいられんな」
速さに乗せて、マグマゴーレムに突貫する。マグマとなった岩礫が降ってくるが、それを"袈裟斬り"して両断する。
「中々の切れ味だな。人間の武器も侮れぬ」
その口には大剣が咥えられていた。速さに剣の振りを合わせるだけで、爆発的な威力の剣撃を発揮していた。
マグマゴーレムは焦っていた。両手からマグマを発出しても、一向に当たる気配がない。それならばと地面がマグマを吹き上げてみるが、接近を妨害する能力しかない。スコル自身は、余裕で躱している訳ではなかったのだが、ゴーレムは知る由もない。
マグマゴーレムの意識は完全にスコルに向いていた。
『忍び足』
確かに聞こえた。声の主を探す。残像を残して消えた。見つからない。
『不意打ち』
認識外からの攻撃に対するクリティカル補正。心臓に激痛が走る。下を見下ろせば、人間が残心を残して静止。いつの間に?
「スコル、ハティ!スキル解放!! フレデリカ、エリン!魔法ッ!!」
「待っていたぞーー『戦車』」
スコルは新たに発現したスキルを行使する。ゴーレム相手に試したくてウズウズしていたみたいだ。スコルの体を赤いオーラが包む。このスキルは、攻撃力を一時ではあるが飛躍的に高める効果がある。
『戦いの歌』
以前聞いた美しい歌とは対照的なフレデリカの勇ましい歌声が戦場に響く。勇気づけられるような鼓舞。誇張表現ではなく文字通り、力が漲る。
「長くは続かないわ!急いで!」
僕の一撃で、動きを止めたゴーレムに再度仕掛ける。ゴーレムの膝を蹴って、心臓に刺突。うまく決まった。
「グオオオオ」
ゴーレムは唸り声を上げて後ずさり、片膝をつく。
スコルは過去にないほど、昂っていた。全身に活力に行き渡り、力に振り回されることなく自身の制御下に置いている感覚。スキルにより力を増した状態で、さらにフレデリカからの支援を受けている。
「今ならナイトメアにも負ける気がしない、なっ!」
スコルは剣を振る。ゴーレムは心臓を守るようにその巨大な手で覆う。溶岩のように赤熱したその手は、時に鉄壁を誇る防壁となる。それが、剣筋に沿って二つに割れた。露出した心臓を守るために残った手を犠牲にする。
「チッ、ずらされた。美味しいところはくれてやるか」
両手を捧げて、スコルの猛攻を耐え切った。ただし、その代償は大きかった。
『ウィンドバレット』『ホーリーアロー』
着弾。地鳴りのような呻き声を上げる。
「グオオオオォォォォォォ」
ピキリと金属同士をぶつけたような高音が鳴る。ぐらついた体を支える両手は既にない。
「持ってけえええええ」
ありったけのウォーターボールを投げつけた。全弾が吸い込まれるように心臓を穿つ。
「ゴガ、グオオオオ、グガガァァァアアァ…」
断末魔のような叫び声を最後にゴーレムは沈黙した。
「やった!!勝った!!」
拳を空に突き出し、みんなの顔を見渡して叫んだ。
ゴーレムは薄れゆく意識の中、自問自答を繰り返していた。自分は"あの方"に作られた人形。扉を守る、その目的のためだけに存在する。先ほどの行動はなんだ?扉を守るどころか、自ら破壊しかねない行為。どうしてそんな行動をとったかは分からない。ただあの時、「負けたくない」その思いが頭を支配した。小さき者達の動きは素晴らしかった。互いに助け合い、補いながら我に挑んできた。それは称賛とも、羨望とも言えぬ感情。初めの感情。このまま負けたくない。"思い"は加速する。
小さき者を相手にこの体では大きすぎる。圧倒的に速さが足りない。もっと小さく、もっと速く動けなくては。自身の体を削ぎ落とす。ガラガラと音を立てて崩れる体は、はたから見れば、それは死に向かう崩壊と捉えるだろう。しかし、本質は生きるための取捨選択。新たな力を得るために無駄を削ぎ落とす。刀鍛冶が鉄を鍛錬するように、研ぎ澄まされていく。やがてそれは一つの境地にたどり着く。
人は、それを自我と呼んだ。
ロキはマグマゴーレムの残骸に背を向けていた。
「あー強かった!一旦、拠点に戻ろう…」
「後ろ!! ソイツ、生きてるぞッ!!」
「ーーえっ?」
ゆっくりと首を回すと、瓦礫の中から立ち上がる岩人形が見えた。十メートル以上あった巨体は半分以下、三メートルくらいかな?手を握ったり開いたりを繰り返すと、悠然と歩き出した。心臓部にあった赤い宝石は体の中心に移動している。単純に縮んだだけではなく、全体的に細身になった気がする。そのおかげで関節の可動域が大きく変化していた。
「アイツは、危険な匂いがする」
スコルはその姿の感想を口にする。
「さっきより縮んだし、そんなに強いってことは…」
ゴーレムは身をかがめ、一気に地面を蹴り出した。一瞬でトップスピードまで加速。速い。今までとは比べ物にならない!
『要塞』
ハティが僕とゴーレムの間に入った。僕の代わりにゴーレムのが突き出した拳をその身に受ける。
「ーーグフッ」
「ハティ!!」
ボールのように軽々と吹き飛ぶ。盾は粉々に砕け散った。拳を振り抜いた姿勢でゴーレムは静止していた。ハティのスキルは、スコルとは対照的に一時的に防御力を飛躍的に高める。それを使用してなおこの威力。もしもハティが庇ってくれなかったら、死んでいたかもしれない。
「エリン!早くハティの治療を!」
「分かってます!!」
僕が声を上げるよりも前にエリンはハティの元へ走り出していた。
ハティの横に座り、盾の破片を慎重に取り除くと、思わず息を飲んだ。裂傷と火傷が混ざり合ったような酷い傷だった。細かい破片が傷口にまだ残っている。このまま治療してしまったら、体内に入り込んでしまう。一つ一つ取り除かないといけない。
「ハティさん!…ごめんなさい、痛みます。我慢してください」
「ーーガアァダァ」
いつも冷静なハティが波打つように暴れている。それをエリンが必死に押さえつける。一つ取っては暴れ、また一つと作業を繰り返す。そして、すべての破片を綺麗に除去できた。
「これなら…光魔法『ハイ・ヒール』!!」
肉が盛り上がり、瞬く間にハティの傷が塞がっていく。それに伴いハティの息が整っていく、顔色もいい。ひとまずは安定した。エリンは安堵し、ため息が漏れる。
『守りの歌』『戦いの歌』
フレデリカから強敵に立ち向かうような、励ましのような歌が聞こえる。大きな父の背中、そんなイメージが頭を過ぎった。僕の父さんはどんな人だったんだろう。途中で曲調が変化した。先ほどの聞いた勇ましい、勇敢な歌だ。低く長く伸びる声は、鼓舞するに相応しい曲となっている。
もうウォーターボールはすべて使ってしまった。後は接近戦しかない。
「スコル!行くよッ」
「ああ、遅れを取るなよ」
スコルと並んで駆け出した。
「ゴォォォォ。ゴアアアアアア」
ゴーレムの周囲にいくつもの火の玉が浮かび上がった。
「綺麗…だけど、どこか怖い。まるで"鬼火"のよう…」
エリンは呟く。学校で噂話を聞いた。火魔法を修めた魔導師が戦場で追い詰められた際に使用した大魔法。派手さはないが、どこか不気味。ただし、その性能は破格。対人に特化し、その揺らめく火の玉に触れた者は叫びながら全身を焼かれたという、その光景から付いた二つ名は鬼火の魔導師。エリンはその魔法を連想してしまっていた。
スコルは本能的に距離を取った。
「あれは危険だ…ロキ、お前も下がれッ!」
スコルの言葉に反応するが、ロキは一瞬出遅れてしまった。その遅れは致命的な結果になる。鬼火に囲まれてしまった。
「逃げ道が…ない」
ゆっくりと歩を進めるゴーレム。退路は断たれた。ここで向かい打つ。
静と動。ゴーレムはゆっくりとした動きから急加速し、拳を振るう。おそよ生物には不可能な動きだ。ロキの視界には、徐々に拳が近づいてくる景色が広がる。全てが遅延した世界で、ロキは必死に頭を横に振る。正常に戻ると、剛腕が横を通り過ぎる。
「フッフッ、…危なかった。運良く回避スキルが発動してなかったら、避けられなかった…」
『回避率上昇』常時発動型のスキル。一定の確率で、今みたいに視界の中で遅延世界が広がる。自分だけが速く動けることはないが、それは次の回避行動に繋がる。
ゴーレムは再度、動き出す。
「こうも近いと、当てづらいわね…風魔法『ウィンドアロー』ッ」
フレデリカはゴーレムが拳を振るった打ち終わりの一瞬の隙を突いて、魔法を放った。
ーーゴウッ
しかし、それは思わぬ形で防がれる。周囲に漂っていた鬼火が不可視の風魔法を相殺したのだ。
「何ですって!?」
フレデリカは驚愕した。風魔法に長けた同種族ならまだしも先ほどまで当て放題だった愚鈍なゴーレム。それがこちらに見向きもせずにましてやロキとの交戦の最中。そんな高度な魔法感知を兼ね備えていると思いもしなかった。
「ロキ、ごめんなさい。私はもう何もできない…」
フレデリカには、戦いの行く末を見守ることしかできなかった。
ロキはまだ生きていた。避けることに専念し、ゴーレムの攻撃を紙一重で躱し続けていた。攻めを捨て、短剣を逆手に持ち相手の攻撃を逸らすことだけに使う。曲芸のような綱渡りの回避劇。ロキには、その先に待つ破綻を先延ばしすることしかできなかった。
スコルは攻めあぐねていた。ゴーレムに仕掛けようとすると、鬼火が間に入って邪魔をする。攻撃をされる訳でもなく、ただゆらゆらと揺れて、様子を窺うだけ。不気味、それが率直な感想だった。実際は、ゴーレム本体から離れてしまうと、支配出来なくなるため範囲が限定されているだけなのだが、この時のスコルには知る由もない。
「覚悟を決めるか」
スキルの鱗片から発動までは持っていけるようになった。しかし、使いこなすまでには至らない。それでもあの鬼火に対抗できればいい。
ーー『炎天』
全身に炎を纏う。そのまま鬼火へと突っ込んでいった。炎による防御を持ってなお体を焼き焦がすような熱量。その熱さに歯を食いしばりながら、耐え切った。それはロキを助けるため。
しかし、時に現実は非情である。鬼火が晴れた先に待ち受けていたのは、溜めの姿勢で待ち構えていたゴーレムだった。次に放たれるのは、音速の剛腕。炎を全て防御に回しても命を取り留めるのがやっと。
ーードゴオオォォン
スコルは岩壁に叩きつけれ、気を失う。フレデリカは急いでスコルに側へと舞い降りる。
「生きているわッ!!」
特製ポーションを体から振り撒く。特に傷口は重点的に。二本目をかけ終えたところでスコルは気がついた。
「お"い、直接、飲ま、せろ」
喉や肺をやれているのか。ヒューヒューと空気音がする。声はガラガラだ。それでも戦う気持ちは崩れない。
「無茶よ!! ほら、これ飲んで…」
残っているのは、ロキとフレデリカとエリンのみ。スコルの退場に一瞬、ロキの気が逸れた。その一瞬の隙をゴーレムは見逃さなかった。
「ーーグッハアァ」
腹部に会心の一撃。鬼火の壁を通り抜け、地面を転がりながら止まる。体に力が入らない。
「ロキさん!!」
ハティの治療を終えたエリンは、ロキの元へ駆けつける。思わず絶句する。それはエリンの持つ魔法では助からないと瞬時に悟ったほどの怪我だったからだ。
「私では、この傷は…うぅ…」
どうか神様、ロキを助けてください。
両手を組み、膝をつく。目を瞑祈り、捧げる。戦場では無防備ともいえる行為。毎日、祈りを捧げている神官ならではの半ば無意識での祈りだった。
ルーティンという言葉がある。どんな場面でも繰り返し取り決めた行動を取ることで安定したパフォーマンスを発揮する儀式的な行為。この幾度となく繰り返された祈りは、エリンを冷静にさせた。
「待って。これは…」
神官は他の職業にはない特徴がある。それは、独力で"自分"の転職を行えること。
「慈悲深き神々よ。今ここに、エリンの名において、転職の儀を執り行う。満ち足りた力よ、汝の未来に。新たな力よ、汝の栄光に。
ーーー汝の新たな職は【巫】。神の声の代弁者、清く正しく、高潔でありなさい」
エリンは中級職【巫】になった。男であれば【司祭】に相当する。彼女もまた統べる才能があったのだ。
「私が、【巫】に…これなら!!ーー光魔法『エクストラ・ヒール』!!」
ロキの傷が癒えていく。火傷の跡すら残さない完全なる治癒。呻き声が規則正しい寝息に変わる。
「待って…ロキさんも転職出来る?! ナイトメアとの死闘、さらにゴーレムとの戦いで成長したんだ。
え、何…これ?こんな職、見たことない。これに賭けるしかない」
本人の了承を得ないままでの転職は通常であれば、大問題だ。ただし、この時エリンは
転職によるステータス向上。もちろんステータスの中には体力も含まれる。エリンは、これに賭けた。傷は癒えたがすぐに起きる気配がない。
ロキは初級職だ。転職を経て、何らかの中級職に就けば、大幅な体力の向上により目を覚ますと考えたのだった。
「ーーー汝の新たな職は【義賊】。悪を罰し、弱きを助け、施し与える存在になりなさい」
ロキは光輝く、やがてその輝きは収束し、漆黒の闇が体から溢れ出す。そして、光と闇は混ざり合い、調和する。
「う…ん? あれ、エリン? みんなは…?」
「ロキさん!! よかった…神様、ありがとうございます…」
ロキは目を覚ました。直前の記憶に混濁が見られるが、体は何ともなさそう。
「ーーそうだ!! ゴーレム!!」
「待って、ロキさん!!まだ万全じゃ…」
ロキはエリンの静止を振り切り、走り出した。ゴーレムは復帰した、ハティが一人で戦っている。防御に徹することでギリギリで持ち堪えるような状況だ。
「ロキさん、やっぱり"固有スキル"持ちだったんだ…。【同調】? 初めて聞くスキル。これのお陰で、魔物や動物と意思疎通が出来たのね。 あれ、もう一つある…? え、何、これ…」
固有スキル。経験を積み重ねた転職とは別に、生まれた時点で、まれに授かる"固有スキル"というものがある。後天的に取得するケースもあるようだが、一般的には前者の生まれ持ったものというのが定説だ。それ故に、神からの贈り物ーー"ギフト"と呼ぶ人もいる。
エリンが今まで初級職だった時は、相手の職業しか見れなかった。中級職に上がったことで、より詳しい情報が見れるようになっていた。
エリンは戸惑っていた。固有スキルが二つあるだけでも珍しいのに、全く聞いたことのないスキル。効果については全く想像が出来なかった。
「体が軽い? 力も増えてる様な気がする」
ロキは自分の体の変化に戸惑っていた。転職による身体能力の向上。中級職となると今までとは違い、大幅に全ステータスが上がる。凡人の目指す先、努力の末にたどり着く限界。それが中級職。
『忍び足』
ハティと合流した瞬間、スキルを発動。ロキの気配が消える。
「ゴ?!」
ゴーレムは困惑する。直後、背後から声が聞こえた。
『背面攻撃』
刹那、衝撃がゴーレムの背中を襲う。無防備な背中への一撃に、手を正面について倒れた。この隙にハティの近くへ寄る。
「ハティ!!大丈夫!?」
「…遅い。大丈夫じゃない。疲れたから、寝る」
僕と入れ替わるようにして、エリンのところまで下がっていってしまった。一人で頑張ったし、後は何とかしよう。スコルと二人がかりでも圧倒されていた強敵に一人で対抗出来るとすれば、一つだけ。
新しく発現した魔法。そう、魔法が発現したのだ。本来、物理職である盗賊は魔法を覚えない。魔法が使えるのは魔術師や神官だ。もちろん一部の例外はあるが。
ロキは、ゴーレムを見据える。手を前に突き出した。そして、呪文を唱える。
ーー時空魔法『ゲート』
青い扉が出現。清らかな水のような装飾が施された凝った作りの扉。頭に思い描いたのは、あの美しい湖。そこで静かに佇む水の精霊。
ロキは唐突に、直感的に理解した。そして、叫ぶ。湖を愛し、静寂を好み、少し寂しがり屋のその友の名を。
「いでよ…ウンディーネ!!!」
ゆっくりと扉が開いた。
 




