第20話 拠点
「…という訳なんだ」
ハティ、ゴブリンコンビと合流し、さっき起こった一連の出来事を話した。このだだっ広い中層でどうやって合流したかと言うと、スコルとハティは互い遠吠えを繰り返しながら、距離を計っていた。便利な特技だ。遠吠えを聞きつけて、魔物が寄ってきたのはご愛嬌だ。いつも仲間には助けられてばかりだ。
「…マグマゴーレム、厄介な相手じゃな。わしら魔法を使える者が少ないからのう」
カインは顎に手を当てて、唸っている。直接見た僕らの感じでは、今の戦力で正面から戦ったら勝ち目がない。というより、有効打を与えられない。
「私の風魔法でも一人では厳しいわね。とっても大きくて、怖いもの。あ、私は、フレデリカよ。危ない所をロキに救われたの。ロキは私の命の恩人なのよ」
早速輪に加わって馴染んでる。
「ほう。お主は風魔法が使えるのか。それにしてもロキは隅におけないのう」
カインはニヤニヤしながら、僕に視線を投げる。あの時は必死だったから、何も考えて無かったんだ。本当だよ。
「わしらはな。ハティが狼を二体取ってきた。木の実や果物は風呂敷一杯に取れた。あとは、拠点だ。良さそうな場所は見つかったんだがな…」
「強そうな水の魔物が居たんじゃ。確か、ウンディーネといっかのう」
「ウンディーネですって!?」
エリンは大きな声を出した。
「確かに、"ウンディーネ"と言ってたはずじゃ。これくらいの大きさで」
カインは身振り手振りを交えながら、説明する。エリンの顔が見る見る険しくなっていく。
「カインさんが会ったのは、魔物ではありません。おそらく、"水の精霊"、でしょう。精霊学は私の専門なので、あまり詳しくはないのですが、精霊を扱う魔術師だったら、喜びのあまり狂喜乱舞しますよ?」
エリンは興奮を隠せない。そんなに凄い人?がいるなら、直接会いに行ってみよう。
「会ってみたいな!! 魔物も近づかないなら、拠点としては最適だし。頼んでみよう!」
「…ロキさんのそういうところは、尊敬します」
尊敬という割には呆れた表情をしているのは気のせいかな。僕だってちゃんと考えているんだよ?まずは拠点を確保してから、あのマグマゴーレムを倒す作戦を考えよう。完璧な段取りだね。
「ここじゃ」
カインの案内で、森の中を進むと湖に到着した。美しい湖に思わず目を奪われる。すると、すぐに湖の中央が盛り上がり、人型を作り始めた。
「カインよ、ワタシが恋しくなって早速遊びに来たのか? ふむ、見知らぬ顔がいるな」
「僕は、ロキ=マーナガルム。人間だけど、みんなの言葉が分かるんだ。よろしくね、えっと…」
「ほう。人間にしては見所があるな。ワタシは、ウンディーネだ、ロキ、お主も気に入ったぞ。実に、いい眼をしている。お主の仲間達も歓迎してやろう」
「よろしくね、ウンディーネ。それで、今日はお願いがあってきたんだ」
「…なんだ?」
ウンディーネから威圧感が漏れる。これに怯んではいけない。
「僕らは少し前にこの中層に"落ちて"来た。戦いが苦手な者もいるから、安全な拠点を探してるところだったんだ。この森は食料が豊富だし、水もある。しかも森が自然の要塞となって、外敵からも身を守りやすい。
この森の一部と水場としてこの湖を使わせて欲しい。お願いします」
ペコリと頭を下げた。
「対価はなんだ? まさか、対価もなしに交渉しに来たのではないな?」
「…もちろん。僕らは、"労働力"を提供する。ウンディーネに代わりこの湖や森の警備をする。それにウンディーネの友達になれるよ」
「警備と友達…魅力的な提案だ。いい加減、魔物を追い払うのはうんざりしてたのだ。それに一人は飽きたし…。仮にも警備を担うと言うなら、その力があるかテストさせてもらう…。 よ、よいな?」
両手の人差し指をツンツンと合わせて照れている。たぶん上目遣いをしているんだろう。顔も水だから分かりづらい。
「分かった。僕だけでいいんだね?」
これくらいは許容範囲だ。あとは力を示すだけ。
水の球が立て続けに襲ってくる。それを体幹はズラさずに紙一重で躱す。半刻ほどは避け続けている。
このテストの最中に発現した新たなスキルー『回避率上昇』。地味だが、実用的なスキルだった。
分かったことは、十回に一度くらいの確率で発動する。効果は、僕の目で見る景色がゆっくりとスローモーションになるって効果。
何もかもがスローな世界で僕だけが早く動けることはないが、いつもの速さで"思考"ができる。次にどう動くかを冷静に考えることが出来る。それ故に、発動すれば攻撃を避けることは容易い。最も、実力差が大きければ、見えていても避けられないから意味はないんだけどね。
いきなりスローになるこの感覚にも慣れた。いい練習だったけど、そろそろ反撃に移ろう。ウンディーネを一泡吹かせないと、認めてくれなさそうだ。成功するかはやってみないと分からない。それにアレをやるには、"溜め"がいる。一人で出来るかな…?
ウンディーネは湖の中央に佇んでおり、水の球を打ち出して攻撃してくる。手加減してくれているのだろうが、水の球はそこまで威力は強くない。二、三発であれば耐えられる威力だ。
「器用に避けるな。こんなのはどうだ?」
湖から二匹の狼が出現した。もちろん水で出来た狼だ。スコルとハティに少し似ている。その狼が襲いかかって来た。
「凄いけど、迷惑だ、ねッ」
一匹目の狼の爪撃を転がって避ける。すぐに顔を上げると、二匹目が目前まで迫っていた。口を大きく開けて噛み付いてくると、急に動きが遅くなった。回避率上昇の効果だ。
片手で頭を抑えて飛び越えるように噛みつきを避ける。振り向き様に短剣を二振りしてみたが、相手は水だ。バシャバシャと音を立てるばかりで、すぐに元の形に戻った。
「これじゃあ、キリがない。やっぱり本体を叩かないと…」
湖の淵に生えている木のところまで距離を取った。水の狼達は追いかけて来ない。操作出来る距離に制約があるのかもしれない。
「ふううぅぅぅ」
深く、深呼吸。ウンディーネを見つめ、集中する。意識の中の深層へと潜っていく。
走り出す。一筋の光のように。雷を纏ったマーナのように。景色を置き去りにする感覚。
両足に魔力を集中。速さに乗って湖面の上に躍り出す。一歩、右足を踏み込み、さらに加速。足が沈む前に推進力を前方に。ウンディーネの目の前までたどり着く。水球が飛んできた。それらを体勢を低くしてやり過ごす。最後は頬を掠める。
『忍び足』
左足を思いっきり踏み込み、急旋回。
「な!? 消えた!」
『背面攻撃』
がら空きの背中に渾身の力で振り抜いた。
「だ、ず、げで…ゴボボ」
出し切った。僕は、そのまま水中へと沈んでいく。最後に水の底から見たのは、満足そうなウンディーネの顔と光を反射してキラキラと輝く水面が見えた。
「ーーさん! ロキさん!」
「…ん? もう朝?」
エリンの顔が見える。髪が僕の顔にかかるくらいに近い。
「皆さん!ロキさんが起きましたよ!」
エリンが振り向いて声をかけた。
「水を抜いたのに起きないから心配したぞ」
そこには、湖畔のほとりで焚き火を囲む仲間達の姿があった。ウンディーネが腕を組んで困ったような表情をしている。だんだん分かるようになってきた。よく見たら表情が豊かで、ツンとしているところもあるけど、優しい性格なんだな。ツンデレって言うのかな?
「文句なしの合格だ。目の前で消えた時は驚いたぞ! 湖に沈んでいった時は焦ったがの。何もそこまで本気にならなくったって、そんなに、ワタシを仲間に引き入れたかったのか…?」
モジモジしながらこっちを見ている。あれかな、友達がいないって言ってたから、距離感が掴めない系なのか…?
「う、うん!ここは綺麗だし、安全だし!食べ物もたくさんあるし!それにウンディーネが居れば、楽しいからね!」
とってつけたような言い草だったが、ウンディーネにとっては褒め言葉として受け取ったようだ。
「そ、そうか!お前達、遠慮なく使ってくれていいぞ!今しがた話をしていたが、みんないい奴だな!」
ウンディーネは気丈に笑う。気泡がコポコポと音を立てている。楽しそうで何よりだ。
 




