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ダンジョンから愛をこめて  作者: 葉山 友貴
第一章 出会い
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第2話 追憶

 ふと、深夜に目が覚めた。意識がはっきりと覚醒するまで、暫くぼーっとする。なんの匂いだろう。


 …そうだ!!何かを燃やした時の臭いだ。


 カーテンを開けて外を見た。真っ赤に燃えている。


「火事だ!! みんな起きて!!」


「え、なにー?」


「火事だよ! 早く逃げないと、死んじゃうよ!!」


 孤児院の宿舎は、一部屋に六人が寝泊まりしている。僕は必死に一緒に寝ている子を起こして回った。


 眠気まなこを擦りながら、寝巻きのまま外に出た。先生達が怒号をあげながら、火消しに奔走しているのが遠くに見える。水の魔術が使える先生が先頭に立って、その他の先生はサポートに回っている。


 そんな中、黒いフードの一団がこちらに向かってきた。すごい速さで移動しているのに全く足音がしない。


「!? この火事はお前たちの仕業か!! 狙いは…子供達、か?」


 一団の接近に気づいた先生の一人が、作業の手を止め、行手を遮る。この先生は運動を教えているだけあって、体力には自信があると言っていた。職業はたしか【戦士】と自慢げに話していたと思う。


「筋肉ダルマの割には察しがいいな」


 先頭に立っていた黒フードの男は、重心を低く地面すれすれを這うように距離をつめると、その速度を保ったまま何かを振り抜いた。


「ーーグハッ」


 遅れて両膝をつくと、おびただしい血が地面に流れ出ていた。


「なんだ、その筋肉は見せかけか? それとも【職人】なのか?」


 掲げたその手には剣が握られていた。炎に照らされて、ゆらゆらと鈍く輝いている。


「ヒッ!やめろ! やめてくれぇ!」


 僕は声を上げそうになる口を両手で必死に覆った。大きく肩で息を繰り返し、どうにか落ち着く。同級生の女の子は腰が抜けてしまった。声を出さなかっただけ上出来だろう。


「誰か…、ぐッ」


 先生は助けを呼ぼうと声を出す前に、喉を切られて沈黙した。


「おい、遊びすぎだ。急ぐぞ」


 再び動き出す盗賊の一団。進行方向から金目の物がありそうな先生用の宿舎ではない。さっきまで僕達が寝ていた子供用の宿舎だ。


 その目的はいくら鈍感な僕でも容易に想像できてしまう。あのまま寝ていたらと考えると…背筋が凍る。


 その時、僕達の宿舎の一室に灯りがついた。カーテンの隙間から光が漏れている。外の騒動に気付いて、起きたのかもしれない。


「あ、窓が空いたよ!スヴィルとドルンだ。おーい!人攫いが出た!早く逃げろー!」


 一緒に逃げてきた男の子が二人に向かって手を振る。この子は、二人のグループにいた気がする、きっと普段から仲良しなんだろう。


 スヴィルは男の子を見つけると、窓から身を乗り出して、手を振り返した。火事を見て、興奮して指差している。


「ダメだ!こっちの声が聞こえてない! 早く知らせないと、人攫いが来ちまう! 誰か、知らせに…」


 互いの顔を見合わせると、みんなが一斉に下を向いてしまった。先生でも全く歯が立たなかったんだ。もし僕らが言って出会ってしまったら、間違いなく拐われるか殺されてしまう。


「誰か…、おい、ロキ! お前行け!」


 目が合ってしまった。


「え、僕…? 怖いよぉ」


「いいから、早くしろ! 今なら僕らが今通ってきた”秘密”の抜け道を使えば、あいつらより早く着くはずなんだ!」


 ロキは迷っていた。いつも意地悪される二人のために、危険を犯すべきか。それよりも命がかかる緊急事態だ。普段のことは水に流して、助けに行くべきか。


 しばし逡巡、気持ちは固まった。ある本の一節を思い出した。


”迷ったときは、頭ではなく心の声に従え”


 胸に手を当てて考えた。


 危険はあるし、恩はない。それでも助けに行こう。理屈ではない、なんとなく後で後悔すると思ったんだ。この時は。


「分かった。僕、行くよ」


「よし!俺らは先に安全な場所に避難してるからな。後で来いよ!」


 そう言い残すと、そそくさと先に行ってしまった。



 急いで来た道を引き返すと、さっきまでとは風景が様変わりしていた。”秘密”の抜け道は、宿舎の裏手から続く森の中にある獣道のことだ。講堂から広がったボヤは、大火となり、森の入り口にまで火の手が迫っていた。


「もう、こんなところまで…急がなくっちゃ」


 もつれそうになりながら、必死に走る。脇目も振らずに全力疾走したおかげか、宿舎の裏が見えてきた。扉の鍵はさっき出る時に開けたままのはずだ。もう人攫いが宿舎内にいるかもしれない。ここからは慎重に進もう。


 廊下の曲がり角から頭だけを出して、すぐに引っ込める。誰もいない、進もう。


 その時、食堂から声が聞こえた。


「ーー俺が何をしたんだよぉ、約束が違うじゃねぇかヨォ」


 スヴィルの声だ。涙まじりで抗議しているようだ。


「お前、たしかスヴィルといったか。お前には感謝してるぞ。 俺達にとっちゃここは、宝の山だからなぁ。どうしてか分かるか?」


 逃げ出したい気持ちを押し殺して、こっそりと食堂の入口から中の様子を窺った。そこには、中心に10人くらいの子供達が座らされて、一人一人何やら水晶をかざされていた。


「お前達は大事な商品だからな!カカカ!」


 スヴィルは一人だけみんなとは別の場所に手足を縛られ、転がされていた。意地の悪いフードの一人がウルセェと、声を荒げ、蹴り入れるとスヴィルは静かになった。シクシクと静かに涙を流していた。スヴィルからは意地悪ばかりされていたけど、少しかわいそうに思う。


 水晶をかざす、この光景は見覚えがある。忘れもしない鑑定式だ。たぶんあの水晶で、僕らの【職業】を調べているんだ。


 【戦士】は荒事に向いているし、【魔術師】は数が少なく、場面をひっくり返す魔術を行使できる。【職人】は、商人や弟子を欲しがる職人に売れる。


 僕達は商品として有用なんだ。


 じゃあ僕みたいな適性のない子や成長の見込みのない子、いわゆる売れそうにない子はどうなるんだろう?


 鑑定の作業は終わりを迎えていた。鑑定された後の子達は、二つのグループに分けられる。どうも胸騒ぎがする。今から先生を呼びに行っても間に合わない。だからといって、僕一人が飛び出したところで状況は変わらないだろう。


 どうすればいいか分からず、ただ成り行きを見守ることしか出来なかった。無力な自分が情けない。ゴロツキを抑えるくらい、もっと僕に力があれば…。


「おーし、お前で最後だ。いいのこい、頼むぞ〜」


 最後に女の子に水晶をかざした。確かあの子はクレアだ。クラスの中で、唯一僕に話しかけてくれたから覚えている。動物が好きで、僕がミックとスージーと話しているのを見たらしい。今度、クレアを紹介する約束をしていた。


 クレアが肩を小刻みに揺らして震えている。あの場にいたら、僕だって怖くて動けないと思う。


「おっ!【神官】でた!当たりだ! お嬢ちゃん、ありがとうな!」


 一団のリーダーらしき男は、膝を折りクレアと同じ目線に顔を近づけると、フードを取った。


「君は、高く売れるぞ〜」


「ヒッ」


 思わず息を飲む。そこには、口元から大きく頬を裂くような古傷があった。


「ハッハッ! 俺はこの顔を見せる瞬間が大好きなんだ! その怯えた目が見たくてなぁ、そういう意味じゃこの顔は気に入ってんだ。 お嬢ちゃん、逃げたら分かってるよな?」


 男はクレアの頭を荒っぽく撫でるが、クレアは下を向いて動かない。いや、動けないんだ。あんな顔を見せられて、もし逆らったらどんな酷いことをされるか想像してしまう。


「終わったな。そっちの班は不良品だ。始末しろ。 こっちの子達はいい子達だからね〜、これを飲んでね。甘くて美味しいからね〜」


「いやだー!」「離せよ!!」


「シッ」


 抵抗を試みた男の子二人が凶刃にかかる。剣を振り抜くまでに躊躇がない。二人は不良品と言われたグループだった。


「「キャー!!」」


「騒ぐなぁ!殺すぞ!!」


 男の一喝で再び静けさを取り戻す。配られた水を飲むと、深い眠りに落ちていく。一人が飲むと、それに続いて次々と飲み出した。ただし、不良品グループを除いてだ。


 そもそも不良品グループには、水が配られなかった。それが意味するのは一つ。


 “眠らせる必要がない”


 ここで始末される。そう印象付けられてしまった。


「いいかぁ、お前らは商品として価値が低い。生きたければ考えろ。ほら、まずはこれを付けろ。眠らせたまま運ぶには限度があるからな。 俺達としては、運びきれないお前らは死んでも構わないんだぜ」


 首輪が配られた。


 一瞬しか見えなかったが、真ん中に黒い石が埋め込まれているみたいだ。恐らく何らかの効果を持った“魔道具”なんだと思う。


 魔道具は、人々を便利にする一方で、それらを悪用する人もいると本に書いてあった。まさにその現場に居合わせている。


「こ、これはどんな効果があるのですか?」


 恐る恐る一人の女の子が聞く。


「シッ」「ギャッ」


 剣を降ると、さっきの悲鳴が最後の言葉となった。


「俺ぁ、言ったよな?よく考えろって。お前らは価値が低いって。何度も同じこと言わせんなよ、ったく。時間は貴重なんだ。あれ、俺言ったよな?」


 剣に付いた血糊を、もう動かなくなった女の子の服で拭いながら問いかけている。グループは残り三人まで減っていた。三人とも激しく首を縦に振って同意する。


 そして、一斉に首輪を巻いた。


「ーーー!」

「ーーーッ!」

「ーーーぁ!」


 声にならない叫びを上げる。


「今日から、お前らは俺らの奴隷だ。いいな?」


「「「………………はい」」」


「あー今日は、気分がいいな!なぁ、そう思うだろ?スヴィル〜」


「うぐっ、ぐずっ。なんでこんなことに…。俺は、ただロキにイタズラしたかっただけなのに…」


「おいおい、こっちは仕事でやってんだよぉ。忙しい大人がお前みたいなガキの遊びに付き合うかよぉ〜。ただな、お前が門を開けてくれたから、入れたんだ。そこは感謝してる。 俺は恩は返す男だ。だから、お前は殺さないでやろう」


 素早く首輪をスヴィルの首に巻いた。


「ーーーぇ?」


「命は取らないだろぉ?こっちは顔を見られてんだ。無事に返さねぇよ!ワハハ!」


「…ボス」


 顔に傷のある男はボスと呼ばれていた。


「分かってる。急いで撤収するぞ! 奴隷!遅れずについて来いよ! と、忘れるところだったぜ」



 ボスの男は、ゆっくりとこちらを振り向いた。



「ショーは楽しかったか?小僧」


「ーーッ!!」


 心臓が跳ね上がる。


 気がつけば体は走り出していた。最初から気づいていたんだ。ガタガタを鳴り出しそうないまにも奥歯。グッと歯を食いしばる。


「ーー追えッ」


 後ろから怒号。何人もの足音。


 普通に逃げたら追いつかれる。どうしよう。先生に助けを求めようか。この宿舎での騒ぎで、先生達はどうして駆けつけて来ないんだろう。疑問は残るが、深く考えようとはしなかった。



「先生!人攫いが襲ってきます!助けてください!」


 歴史の先生を見つけた。こんな有事に地面に座り込んで何をしてるんだろう。


「先生!! …ッヒ!」


 何度呼びかけても返事をしない先生の肩に手をかけると、抵抗なく前に倒れ込んだ。心臓を一突き。かつて見たことがない苦悶の表情を浮かべていた。


「ロキ! こっちだ!」


「ミックゥ!!」


「泣きべそかく暇があったら足を動かせ! すぐ後ろまで来てるぞ!」


「よくここまで頑張ったわね。後は私達について来て」


 スージーの優しい言葉に思わず涙が溢れる。二人に続いて走り出した。


「もう、ここはダメだ。外へ逃げるぞ」


 ミックが門を指差す。人一人が通れるくらいの僅かな隙間がある。


「え!? 孤児院から出るの?」


「死ぬよりはマシだろ!」


 孤児院の敷地からは、ほとんど出たことがない。僕らは引き取り手が現れるまで、孤児院の中で過ごす。稀に頼まれるお使いや外での仕事で出れるくらいだ。それも院長のお気に入りの子だけ。もちろん僕はその用事を頼まれたことはない。


 人攫いの足音が決断を迫る。もう迷ってる暇はない。


「…行こう」


「なら、急げ! 外の世界は危険もあるが、楽しいぞ!」


 最後に一度だけ振り返った。四年間過ごした学び舎が、今は大火に包まれている。熱がここまで届く。唇を噛み締め、前へと進む。


 僕は、十歳になった。


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