第18話 残された者<ゲリ、フロキ視点>
短めです
「トトサマ、ゴブウン、ヲ」
「うむ、調べてくる。 お前達も…、いや何でもない。ここで待ってるんだぞ」
「ワカッタ」(コクコク)
ゲリとフロキを安全な寝床に残し、ガルムはその場を離れた。「ついて来い」その言葉が言えなかった。自分の指示がないと、常に悪手を選び続ける愚息達は、先の見通しが立たないこの状況では危険すぎる。ガルムはそう判断したからだ。
簡単な罠さえも見破ることはできないだろう。目先の戦いの技術のみを教えてきた自分に非はある。この一件が落ち着いたら、色々なことを教えようとガルムは心に誓う。
「帰ったら、徹底的に鍛え直す」
胸に抱く不安をかき消すように、そう自身に言い聞かせる。ガルムは走った。
「オソスギル」
いつまで待っても、ガルムは帰ってこない。あれから半日が経過していた。
「サガシニイク」
「トトサマ、マッテロ、ッテ、イッテタ」
ゲリはガルムを探しに出発しようとするが、フレキに止められる。二人の意見が分かれた。
「ドケ!! オソスギル!トトサマ、ナニカ、アッタノダ」
「アニジャ!!」
フレキの静止を振り切り、ゲリは強引に出発する。仕方なくフレキは後を着いていく。どうやって探せばいいかなんて、分からない。分からないから、手当たり次第に走る。
「ドコヘ、イケバ、イイノダ!?」
次第にゲリは苛立ちを募らせる。フレキにあたる。強い態度をぶつけるが、フレキも分からない。そのような訓練を受けていないからだ。
『ウオオォォォォォォォン』
その時、聞き覚えのある遠吠えが聞こえた。ガルムの声ではない、あの憎らしいマーナのものだ。
「イクゾ!!」
「アニジャ!」
声がした方向へ全力で走り抜けた。フレキが付いてきているかなんて振り返って確認しない。ただ前へ、ひたすらに前へと足を繰り出す。
視界が開ける。広い部屋へとたどり着いた。中央には別れ際までピンピンしていた姿とは打って変わり、ボロボロに傷ついた悲惨な惨状。
「トトサマ!!」
そこには、血だらけの姿で横たわるガルムだけが残されていた。急いでガルムの元へ駆け寄る。
「ーーお、お前、ゲリ、か?フレキは、どうした?」
「トトサマ! フレキ、ココニ、イル!!」
ゲリに遅れること数秒、フレキもガルムの元へ駆け寄っていた。
「お前達、よく、聞け。俺は助からん。マーナを、探せ。そして…グッ」
最後まで言い終える前に大量に吐血し、中断される。
「マーナ、ニ、ヤラレタ、ノデスカ!?」
「…ちが、う。マーナに、ほ、保護を、うぐっ」
ガルムは最後の力を振り絞って伝えようととするが、ゲリとフレキには察することが出来なかった。そして、そのまま胸に心残りを抱いたまま息を引き取ってしまった。
「マーナ、サガス…。トトサマノ、カタキ、ウツ!」
「トトサマ、ヨウス、オカシカッタ。マーナ、ハナシ、キキタイ」
フレキはガルムの死の間際に残した言葉を気にしていた。
「オジケツイタ、カ? ソレナラバ、シキタリニ、シタガイ。ケットウ、ダ」
ゲリは元々マーナに敵対心を抱いていた。不運は重なり、憎しみだけを増幅させていく。
二人は戦いに身を投じた。
時が立つのを忘れるかのように一心不乱に没頭する。幾重にも及ぶ攻防。そして、決着の時が訪れた。
「トトサマ、ワレノ、カテ、ニ」
決闘の勝者であるゲリは、ガルムの亡骸に口をつけた。
ーー屍肉を食らったのだ。
獲物の肉を食うことで、体内に残留した魔力を僅かに取り込むことができる。それは魔物の本能に刻み込まれた知識。どんな魔物でも生活していく上で、無意識のうちに実践している光景。ただし、仲間内で屍肉を食う種族はいない。自分と似た姿であることや生前の思い出から、理性的に拒否するからだ。
では、知能が低い魔物はどうだ?
答えは、食べない。自分と似た構造を持つ魔物は体内に取り込むでも効果は薄い。同族殺しを避けるためか、これも本能に無意識下に刷り込まれた知識であった。
ゲリはガルムに憧れていた。神格化していたと言い換えてもいい。そのガルムがマーナに負ける。その事実が許せなかった。やがてその感情は憎しみに変わり、憧れであったガルムにさえ邪な感情をいつしか抱くようになっていった。
ガルムの力を手に入れて、マーナを伐つ。その考えが頭を支配する。一心不乱に、貪り食う。
「ググゥン、ガア、アアアァァァ」
「アニジャ!?」
フレキは、ゲリの異変に気づくと、傷つき倒れた体を起こす。思わず声をかける。
「アニジャ! シッカリシロ!」
次の瞬間、ゲリの体を黒い霧が包んだ。
「ーーマーナ、シラセル!!」
怯えた様子で、フレキはその場から離れた。最終的にこの判断は正しかった。黒い霧が晴れた後に現れたのは、理性を手放した邪悪な獣の姿。
太陽を喰らい、その地には永遠に暗闇が訪れる。幽暗の世界を亡霊のように練り歩く。
その名を、こう呼んだ。
ーーエクリプス・フェンリル
「フヒュゥゥウウゥ」
亡霊は探し始める。始めは親の仇を討つためだった。だが、理性なき今は何を探しているかさえ覚えていない。目に焼き付いた白銀の狼、その姿だけを追って歩み始める。
「迷宮がおかしいナ、兄者よ」
「そうだナ、弟よ。混乱こそ、我が味方。やっと憎き人間と裏切り者を殺せるゾ」
背中には大太刀を背負った二体のゴブリン。ただし、ゴブリンと呼ぶにはいささか巨大で強靭な体格。"ホブゴブリン"の兄弟。
この兄弟はゴブリンの間では名が知れた存在だった。暴力で相手を屈し、強者には正面から決して挑まず、機を待つだけの知能があった。そうして、実力では敵わなくとも敵を倒してした実績もあった。
慢心していたのだろう。忘れていたのだろう。
この迷宮には、どんな小細工だろうと、どんな罠にかけようと、圧倒的な力の前では無意味であることを。
自慢の大太刀を構え、逃げ惑う魔物の達に紛れ、お目当の魔物を探す。すると、開けた大部屋に出た。
「エモノ、ーークワセロ」
その魔物と目を合わせたのが、運の尽きだった。本物の強者、暴力との邂逅。初めて認識した。自分は狩られる立場であることを。
「ギャッ、グエッ。やめて、くれッ…」
「ヒ、ひいいい」
「ーーマダ、タリナイ。モット、クワセロ」
ホブゴブリンの中から顔を上げると、血が滴り落ちる。もう一体の方に顔を向ける。
「許してくレ!!」
「ーーゲヒャヒャヒャ」
そのホブゴブリンが最後に耳にしたのは、不気味な笑い声だった。
 




