第14話 逃亡
合流してからというものの、マーナとガルムの戦いに集中していて冒険者パーティーの方をあまり見てなかった。マーナ達の戦いに介入したいと隙を窺っているが、レベルが違いすぎる。その場から動けずにいた。
爆破音にロキは反応した。改めて冒険者を注視する。
「似ている…。いや、そんなまさか。ノルン…? こんな所にいるなんて。やっぱり、ノルンだ。 ノルーン!!」
戦士に背負われたノルンに声は届かない、と思っていたけど、祈りが通じたのか、顔をこちらに向けた。
目が、合った。
「ノルーン!! "また"会おう!!」
「お兄ちゃーん!!お兄ちゃーん!!」
背中から飛び出してこちらに向かってこようとするノルン。戦士が止めようするが、子供にどうしてあんな力があるのか収められずない。最終的には戦士から当身を受け、気を失った。
この場を切り抜けて、ノルンに会いに行こう。一つ、目標が出来た。
「ノルンには悪いことをした。フェンリルの側に人間がいた。まさか、あれがずっと探していた兄だったというのか…?」
帰路を急ぎながら足元を見つめ、反省する。背中のノルンは未だ目を覚さない。
「ギデオン、謝るのは地上に戻ってからだ」
ファウラは仕事を完璧にこなしていた。魔物に遭遇しないルートを選択。どうしても避けられない戦闘は率先して敵を排除していた。それだけに消耗は激しい。
「すまない、ファウラ。もうすぐ地上だ。あの地獄から俺達は帰ってきた」
ギデオンはファウラの献身に感謝する。頭から後ろめたい気持ちを振り払う。
「う…ん? あれ、ここは?お兄ちゃん…?」
ギデオンの背中でノルンが目を覚ます。
「今は地上に戻ってる道中だ、あと少しで到着する。すまない、腹は痛むか?」
「そう…。私の方こそ、気が動転していたわ。ごめんなさい。お兄ちゃんが生きてた。すぐ準備をして私はまた潜るわ」
「お前の兄は…いや何でもない。その時は俺も同行しよう」
ケルベロスの元に残ったのだ。いくらあのフェンリルが強くとも無事では…いや、皆までは言うまい。エリンが納得するまで付き合おう。その結果恨まれようとも、自分の判断に後悔はない。
「ありがと。そう言えば、エリンはどこ?」
ノルンはキョロキョロと周りを見渡し、疑問を口にした。
「エリンなら! 俺の後ろを必死について来て………いない? …エリンはどこだ?!」
ギデオンは困惑していた。さっきまで後ろをついて来ていたはずだ。時より走る速さを緩めていた。急いではいたが、追いつけない速さではなかったはずだ。エリンに何かあった?クソッ!最後に気を抜いた俺のせいだ。
「エリーン!!」
その声は虚しく迷宮の闇に消えていった。
さて、状況は良くない。冒険者がいなくなったことで、均衡が崩れた。穴から溢れた魔物の群勢はマーナとガルムに襲いかかろうとする。ただでさえギリギリの状況だ。
「スコル、ハティ。マーナ、ガルムと少しの間、交代できる?」
「ウォン!当たり前だ」
「…出来る」
「ありがとう。大変だけど、絶対に死なないでね。 カインとコウケイはポーションの準備。マーナ達が来たらすぐに治療を始めるよ。僕はその間、少しでも魔物を食い止めてみる」
「な!? 一人でか!!無茶な!」
「あの大群に一人で行ったら、死ぬヨ!」
「大丈夫!無理そうになったら、戻ってくるから! ハティが集めた道具もあるしね」
「ウオォォォォン!!!」
スコルの大きな遠吠えで、ケルベロスの注意がこちらを向く。同時に、スコルとハティが駆け出した。
「じゃあ、僕も行ってくる!」
僕と入れ替わるようにマーナとガルムが戻ってきた。
「ーーお前たち」
「…助かった。礼を言う」
カインはマーナに、コウケイはガルムに付きっきりで傷口にポーションをかけたり、少しずつ口からポーションを流し込んでいる。
「おぉ、力が戻ってくるぞ」
「人間の"ぽーしょん"は相変わらず凄い効果だ。 今何を口に入れたんだい!?まずいったらありゃしないよ!」
「私が作ったポーションね。人間のと比べたら、味は敵わないし、効果だって一段階落ちるヨ。もうこれしか無いのネ。我慢するヨ」
コウケイはそう言うと、ガルムの口に容赦なく流し込み始めた。
「ま、待て! 俺はもう元気だ!いらなっ、プハ! まずい!なんだこれは!?」
「まだ残ってるネ…ほら、全部飲むネー!」
「コウケイ、人間のポーションに敵わないから悔しいんじゃな…」
コウケイ作ポーションを飲み干したマーナとガルムは、グッタリと横たわっているが体は確実に癒えていた。
「ーー感謝する。これでまた戦える」
「ありがとうよ。さすが私の子らだ」
「認めよう。俺の息子達に聞かせてやりたい」
マーナは誇らしげに胸を張っていた。。ガルムは残してきた息子達を思案して暫しの間、目を瞑る。
その間、ロキは孤軍奮闘していた。右手にナイフ、左手に短剣を逆手に持つ。短剣は時に盾となり、時に首を刈る死神の鎌となる。ナイフは急所を貫き、距離が開けば投擲する飛び道具だ。
「シッ、シッ」
足は止めない。止まれば物量に負けて待っているのは死だ。常に勝機は窮地の中にある。臆せず死地に飛び込むんだ。
魔物の間を縫うように移動する。隙間を見つけて無理やりに体をねじ込む。そして、次の標的だ。一瞬の判断ミスが命取りとなる。
「まずい、道がない。囲まれたッ!」
間髪を置かずに、懐から取り出した"臭い玉"を地面に投げつける。
「ギャアァ、グギャ、ギャアアアア」
煙が周囲を包むと、阿鼻叫喚の嵐。カインとの検証の結果、どうやらこれは魔物の嫌がる臭いを出すことがわかった。ただし、毒性はなく、緊急避難用の一時的なものだ。
検証の際、スコルで試してみようとしたら本気で殺意を向けられた。鼻が効く魔物ほど、嫌がるみたいだ。その後、カイン協力の元、効果を計ることが出来た。
カイン曰く、
「鼻が曲がるかと思ったワイ」
と言っていたから、効果的な魔物は多そうだ。
窮地を脱すると、三体の魔物に引導を引き渡し、戦線を離脱する。自分の体を見渡す。
致命傷となる大きな傷はないものの、細かい傷をあちこちに負っていた。長期戦になったら、後からどっと疲労感が襲ってくるかもしれない。
ケルベロスを見ると、マーナとガルムが復帰していた。スコルはそのまま残って戦うようだ。
「ハティ!こっちで一緒に戦って!あと、カインとコウケイもだ!人手が足りないんだ」
「ウォン!」
「ワ、ワシらもか!?分かった、腹を括るぞ」
「リーダーに従う、ゲド、私たち弱いヨ」
カインとコウケイは自信なさげに参戦の意を示す。
「カイン達は後方支援だ。遠くから道具での攻撃と、僕らの回復をお願い」
「そう言うことなら任せておけ」
「承知したアルヨ」
ハティを連れて再び戦線に復帰する。
ケルベロス組は目まぐるしく戦況が変化していた。スコルが加わったことで、少し余裕が出たみたいだ。それでもギリギリなな状況に変わりはないが。正面はマーナとガルムが受け持ち、スコルはあくまで遊撃に徹している。あのスコルでも正面を任せたら危険なのだろう。
互いに決めてを欠く攻防が続く。ケルベロスの三つ首はそれぞれが異なる特性を持つ。炎、氷、毒と、多様な息吹を吐く。それに加え、規格外の俊敏さを併せ持つ。
「ーー返せェ、私の、返せエェェ」
さっきから、うわ言のように繰り返しているが、何かを探しているのか分からない。
ケルベロスの炎の首が持ち上がった。息吹の予備動作だ。この後に、灼熱の炎がやって来る。
マーナとガルムは左右に分かれ、難を逃れる。ブレス後の隙を突いて、スコルが突貫。炎の首元に噛み付いた。
「ーーギャウゥゥゥ」
嫌がるように振り回し、他の首がスコルに噛みつこうと、牙を向ける。すぐさま空中で一回転し、華麗に避ける。
「グルルル。遅い」
「あの息子、カンがいい。アレは強くなる」
「あの子は特別さ。私よりも強くなってもらわないと困るからね」
少しずつではあるが、マーナ達が優勢になってきた。ケルベロスは強敵だ。下層の魔物の中でも上位に君臨する。しかし、倒せない相手ではない。フェンリルの群れであれば、十分に対抗できる相手だ。
少数だったのと、異常事態が重なり、苦戦を強いられていた。ロキ達、援軍のおかげで余裕が生まれ、本来の戦い方が出来るようになってきた。しかも、白狼族と黒狼族の中でも上位に位置する二人が相手だ。当然の結果と言えよう。
一撃離脱。速さで撹乱し、鋭い一撃を残して、また姿を消す。ケルベロスの体に傷が増える。まるで亡霊に出会ったかのように、恐怖の感情を植え付ける。これが、下層の猛獣フェンリルなのだ。
「ーーーギャギャアアアアア」
ケルベロスの断末魔が響き渡った。
次に見た時に、一瞬で体をドス黒いオーラのような霧に包まれていた。
「マーナ、何が起きてる?」
「私にも分からない。ただ嫌な予感がする。何だか臭うね、そう何か介入されているような…」
「マーナの"カン"は当たるからな…」
黒い霧は収束していき、ケルベロスの体に密着すると、新たに形作り始める。一気に存在感が増した。
そこに現れたのは、余りにも凶悪な一角獣。
「ーー!! 全員、集まりな!! 撤退するよ」
「母さん!」「母様!!」
即時撤退の判断。あのいつもは冷静なマーナが慌てて招集をかける。
「あの魔物は、何なんだ…」
僕の呟きにマーナは反応した。
「ーー悪魔獣ナイトメア …下層のさらに下、深層の魔獣さ」
絶望。悪夢の化身。出会ったら最後、夢であったら願わずにはいられない。憎悪の炎をその目に宿し、厄災を振りまく。遭遇生存率があまりにも低いため、資料にもほとんど残されていはいない。
「…俺が残ろう。ゲリとフレキを頼む。鍛えてやってくれ」
「ガルム…。恩にきるよ。あんたの息子達は任せな。父は勇敢だったと伝えておくよ」
「すまぬな。"アレ"を使う。早く離脱しろ」
スコルとハティは、ゴブリンコンビを乗せる。マーナを先頭にガルムに背を向ける。
「ウオオォォォォォォォン」
マーナは最後に振り返ると、長く高々と吠えた。死地に送る戦友への手向け。
「お前の相手は俺だーーー凶化」
全身の毛が逆立ち、眼光は鋭く、血に染めたように真っ赤に染まる。体つきは一回り大きくなる。
「ガルルルルルルゥゥゥ」
ナイトメアの姿がぶれた。ガルムはそれに応じる。頂上者による練撃の応酬。凶化を使用したガルムの強さは深層に片足を踏み入れていた。
口から涎を垂らしながら、ナイトメアの横腹に迫る。乱暴に爪が振られると、刀のように研ぎ澄まされた角で受ける。一度、角が振るわれれば、強靭な爪は輪切りのように削られていく。
理性を捨て、未来を捨て、それでもなお届かない。それほどの強者。僅か数回のやり取りで本能で勝てないと感じてしまう。
それでもガルムは諦めない。退却の時間を稼ぐために。一分でも、一秒でも多く。受けに回れば殺される。攻めて攻めまくる。攻撃こそが最大の防御。
左爪は使えない。右爪が残ってる。それにこの牙も。頭だけになっても噛み付いてやる。
地面を蹴る。ナイトメアの表情は読めない。無様だと笑っているのだろうか。それでも構わない、俺はマーナのように美しくない。これが俺の戦い方だ。
さらに加速。衝突する寸前で背後に回り込み、牙を立てる。
刹那、衝撃。
なんだ?視線を落とすと、顎下からおびたただしい流血。後ろ足で撃ち抜かれたのか?いつ、だ?悪寒が全身を襲った。
ーーヒュン
風切り音。左手が落ちる。
ーーヒュン
次は、後ろ足。
「ウオオオオォォォォォ」
ガルムは飛びかかる。彼は最後まで勇敢だった。
 




