第11話 真相1<妹ノルン視点>
<妹ノルン視点>
私はノルン、十歳。
あの孤児院で起こった大事件から二年が経とうとしている。当時はお祭りのように連日、新聞で取り上げられていたけど犯人が捕まってからはパッタリとその報道は聞かなくなった。
しかも、犯人は捕まったものの、勾留中に死んでしまったから拐われた子供達の行方は誰も分からない。真相は闇の中ってこと。もちろんお兄ちゃんの行方も。
ロキお兄ちゃんには、離れてから何度も手紙を送ったけど、一回も返事はなかった。あの優しいお兄ちゃんが、そんなのありえない。きっと、孤児院の意地悪な先生の誰かが捨ててしまったんだわ。
「ノルン、今日の仕事は終わったのかい?」
今日も魔術師ギルドの書庫で、事件の手がかりを調べていると、後ろから声をかけれた。
「メーディア!もうあんな簡単な仕事、朝だけで終わらせてしまったわ! だから午後は調べものをさせて頂戴」
メーディアは、私を受けれてくれた魔術師ギルドのギルド長。私に魔法や勉強を教えてくれた親切で優しい人なんだけど、未だに独り身なのよね。もういい年なんだけど、昔、冒険者をしていた時期の噂のせいで、男が寄ってこないって聞いたわ。ギルドの職員に聞いても、青ざめて固まってしまうから、どんな噂かは分からないんだけどね。
「相変わらずノルンは優秀ね。それは構わないんだけど、今日はノルンが興味ありそうなのを持ってきたわよ」
指で摘んだ紙をヒラヒラと揺らしている。ニンマリと笑顔だ。この笑顔のときはイタズラ心を持つときの顔だ。油断はできない。
「ーーギルド混成パーティ!?」
「そうよ。秘密裏にずっと追っていた盗賊団のアジトが見つかったのよ。それで各ギルドから精鋭を集めて、捕まえようって話」
「そんなの、私以外にしてよ。こう見えても忙しいんだからね!」
すると、一瞬でメーディアはノルンの耳元に顔を寄せた。
「…これは、独り言なんだけど、ーー例の孤児院を襲った盗賊団らしいわよ」
ノルンは目を大きく見開く。
「えっ、それは…」
「はい、渡したから、後はそれ読んで決めてね〜」
手元には、”募集要項”と書かれた紙切れ一枚。無意識に全文を流し読みする。そして、顔を上げると、書庫にはすでにメーディアの姿はなかった。
窓の外にメーディアの背中が見えた。
「メーディアぁぁ!! ありがとうー!!」
窓を開けて思わず叫ぶと、背中越しに手を上げて反応してくれた。二年探してやっと見つけた手がかりだ!絶対に逃すものですか。
再び募集要項に目を落とす。
「集合は、一週間後…。必要な物を揃えなきゃ! あぁ、そうだ!杖をメンテナンスに出そう。久しぶりの実践だし、その訓練もしなきゃだ。もう、やることがたくさんあるわ!!忙しくなるわね」
口ではそう言うものの、顔は緩みっぱなしだった。手探りで闇雲に調べても、なんの進展もないまま過ぎた期間に比べたら、捜索に光が見えたこの忙しさはむしろ嬉しい悲鳴だ。
こうして、準備に訓練と、あっという間に一週間が過ぎた。
「ここが集合場所のはずだけど…」
指定された広場に行くと、それらしい人は誰もいない。
「「「誰も、いない!!」」」
「「「ん?」」」
三人は互いに顔を見合わせると、全員がポカンと無防備な顔をしていた。
「「「えー!お前が(あなたが)!?」」」
今度は互いに指を差して、大声を張り上げた。
「なんでここに子供が…」
「私は"魔術師ギルド"からきた歴とした魔術師よ!師匠からお墨付きだって貰ってるんだから!それよりあなたこそ誰なのよ?そんなキッチリ、カッチリ仕事に行くような格好をして!」
体に密着するタイプの服。色は黒で、窮屈そうな印象を受ける。それに盾と剣を背中に背負っている。どう見ても変だ。
「吾輩は"戦士ギルド"から派遣された、モリソンだ!仕事に行くときは必ずこの服なんだ!ほっといてくれ」
「まぁ、まぁ。合流できてよかったじゃねーな!ヒック。どうだ?これから一杯やるか?ヒック」
酒瓶を片手に男の人が仲裁に入ってきた。お酒臭い。話すたびに口から酒気が匂ってくる。
「なんで昼間から酔っ払ってるのよ!あなたは、えーと、"盗賊ギルド"から?」
「あー、俺は…「一緒にしてもらっては困るな」
木の上から人が降ってきた。いかにも盗賊のような黒っぽい服をきた男の人だ。木の上に居たのなんて、全然気づかなかった。腕は立ちそう。
「"盗賊ギルド"からきた、ドレイクだ」
「俺は、ヒック。"神官ギルド"から、きた、ヒック。バッカスだ、よろしくな!じゃあ飲みに行くか!」
「行かないわよ!!」
酒瓶を掲げたから、思わずつっこんじゃった。子供に酒を勧める聖職者がいますか?
「子供、頭でっかち、酔っ払い。随分と個性的なパーティーになりそうだな」
ドレイクはやれやれと頭を振っている。各ギルドの"精鋭"を集めるって聞いていたけど、"問題児"の間違いじゃないからしら。
「盗賊のあなたが一番常識ありそうね。皮肉なことに。 あら、気を悪くしたらごめんなさい。私ったら、つい思ったことを口にして失敗しちゃうの」
「俺は盗賊だが、盗みが好きではない。仕事だからな。もう慣れているさ。それにお嬢ちゃん、随分と大人っぽいな」
「ノルンよ。私も苦労しているの、大人っぽくもなるわ」
私はドレイクに握手のつもりで手を差し出した。
「クックック。それならこのパーティーのリーダーは、ノルンで決まりだな」
身を屈め、その手を握り返しながら、ドレイクは思わぬ提案をする。
「な、なんでそうなるのよ!?」
「反対する奴はいるかぁ?! あの"鬼のメーディア"の弟子らしいぞ」
モリソンとバッカスを見渡し、声をかける。
「あのメーディアの…賛成だ。この酔っ払い以外なら、問題ない」
モリソンは余程、バッカスのことが嫌いらしい。メーディアは過去に何をやったのよ。帰ったら問い詰めてやるんだから!
「俺は、酒が飲めれば何でもいいぞ〜」
もう一人で飲み始めている。これから盗賊団のアジトに行くんだよね?酒場じゃないよね?
「よし、決まりだ。苦労をかけて悪いな」
握手したままの手を高く掲げる。
「なんで、そうなるのよぉぉぉ」
広場に私の嘆きだけが響き渡った。
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迷宮都市ミズガルズを出発して、三日が経過した。
「目標はこの先だ。ここからは、俺一人が先行して様子を見てくる。夜までに戻らなければ、街に戻って増援を呼んできてくれ」
「それまでは待機してるのね。分かったわ、あそこの森の中に隠れているわ」
「今のうちに戦力の確認をしていいかしら? まず私は、魔法ー四大魔法を修めたわ」
「その年で、四大魔法を…!? さすがあのメーディアの弟子だ」
モリソンは腕を組んで、頷いている。また、メーディアね。本当に、何をやったのかしら。
「あなたはどうなの?モリソン」
「私は、"騎士"だ。中級職である。前衛で守りながら戦うことが得意である」
「中級職!あなた、すごいじゃない!」
職業には、等級がある。各見習いは零級。始めは全員がここから始まる。
次に、初級。見習いが取れて、一般職を名乗れるようになる。生涯、初級で終わる人は珍しくもない。ここから上に行けるかで才能の有無が分かる。
その次は、中級。才能と経験を積んだ一部がこの等級にたどり着く。才能が無くとも、多大な努力でここまで上がる者はいるが、それはごく一部だ。
最後は、上級。卓越した才能と惜しまぬ努力。この双方を兼ね備えた者だけがたどり着く境地。この等級に上がれば間違いなく、国に登用され、大事な仕事を任せられる。冒険者であれば、トップ組の仲間入りを果たし、実力がないと入れない魔境にも探索が認められる。そこで入手した貴重な素材やアイテムがあれば、一生遊んで暮らせるほどだ。
さらにその上に、名目上は特級という等級が存在しているが、これは歴史上に数名というレベル。もし現れれば、間違いなく歴史に名を刻み、囲い込みのために各国がこぞって名乗りを上げるだろう。
「おー、俺も中級職だぞ〜。職業は"高位神官"だったかな?忘れっちまったが、回復なら任せろ。どんな傷でもあっという間に治してやら〜ヒック」
「バッカス、あなたがすごいのは分かったけど、なんであなたみたいな酒飲みがこの任務に抜擢されたのかしら…」
「それはだな〜」
バッカスが顔を近づけてくる。息が顔にかかると、強いお酒の匂いが気持ち悪い。
「それは、恐らく神官という職は実践経験が少ないんだろう。冒険者のように常に迷宮や魔境に潜っていれば別だが、ギルドの職員は治療院で働いていれば事足りる。わざわざ危険を犯す物好きはなかなかいないのだろう」
偵察から帰ってきたドレイクが体の泥を落としている。いつの間にこんなに近くに来たのかしら。このドレイクも手練れだわ。
「あー、俺が言いたかったのにな〜。まー、俺みたいな物好きは神官ギルドには居ないだろうな」
「ドレイク、おかえりなさい。それで早速だけど、どうだった?」
「ーーああ、アジトで間違いない。まずは夜を待つ。その後の潜入の段取りだが…」
ドレイクから説明を受ける。端的で分かりやすい。バッカスは真面目に聞いてるって思ってたら、イビキをかき始めたときは思わず頭をどついてしまった。
今回の主な目的は調査だ。証拠となる品を応酬できたら、なお良い。盗賊団のリーダー格を取られるか、それが難しければ倒すことまでが任務だ。




