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ダンジョンから愛をこめて  作者: 葉山 友貴
第一章 出会い
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第1話 プロローグ

 針を刺したような鋭い痛みで目覚めた。体に纏わり付いた泥が気持ち悪い。さらに、濡れた服が体温を容赦なく奪う。起き上がろうとすると、全身が悲鳴を上げてそれを拒否をする。


 まだ記憶が混濁している。どうしてこんなところに?


 重いまぶたを開けた。辛うじて動く首を回して周りを見渡す。


 部屋のようだ。村の広場よりは狭く、孤児院のどの部屋よりも広い。辺りは薄暗いため、全体は見渡せないが、床には所々に泥水が溜まっている。


「僕は、生きている、のか?」


 落ち着かない、ひどく喉が乾く。だだっ広い空間に人の気配を感じないと急に不安になる。


「小僧、起きたか?」


 ビクッと肩が上がる。突然、低い唸り声が聞こえた。万全な状態なら体が飛び上がるところだ。


「だ、だれ?」


 恐る恐る声の主に問いかける。釣鐘を鳴らしたように心臓の音がうるさい。


「私は、マーナ。一応、お前の命の恩人だ。…人ではないがな、ククク」


 部屋の奥から気配がした。一歩、また一歩と近づくにつれて徐々にその輪郭が現れる。


 化け物。暴力の化身。そんな言葉が頭に浮かんだ。


 それは、巨大な狼。馬車よりも大きな体躯には力がみなぎり、四肢には鋭い爪を携えている。体を覆う白銀の体毛は、暗闇でも薄く発光し、恐ろしくも美しい。そして、その目には知性が宿り、僕を目定めているようだった。


「僕は、ロキ。ただのロキだ。助けてくれてありがとう」


 その気になれば僕なんか一瞬で殺されるだろう。それでも、なぜか怖くはなかった。その凛とした立ち姿に目を奪われたからか、鋭い目の奥に慈愛を感じたからか、たぶんその両方だ。


「ほう。やはり言葉が分かるか。これは珍しい」


 目の前の巨大な狼はそう言って目を細めた。


 エメラルドグリーンに色づいたその目。

 そうだ。思い出した。

 僕は、一度死んだんだ。


 走馬灯のように、これまでの人生が頭をかけ巡った。










 迷宮都市ミズガルズ。


 僕はここで生まれた。両親は冒険者だった、と思う。と言うのも、僕達が生まれて間も無く、ダンジョンで行方不明になったからだ。はっきりとした記憶はない。


 そんな中、身寄りもない僕とニつ下の妹ノルンが孤児院に預けられたのは自然な流れだった。この時、僕は六歳、ノルンは四歳だったと思う。


 正直、孤児院での生活は、いい思い出がない。それもあの鑑定式のせいだ。




 この世界には、魔物が溢れている。


 世界ができて間もない頃、人はただ魔物に怯えて暮らしていたという。魔物への対抗手段をもたない人々は、常に搾取される存在だった。


 しかしある日、人々を憂いた神々が【職業】を与えた。職を手にした人々は、一斉に立ち上がった。それまで逃げ惑うしかできなかった魔物に対して、次々と反撃を始めたのだった。今では、魔物をダンジョンの中まで追い返し、ダンジョンの外で自然発生する魔物はあっという間に駆逐されるようになった。それが孤児院ですら習う常識だった。


 孤児院に預けられたその日、僕の人生は決まった。


 孤児院長のあの嫌悪に満ちた表情は忘れられない。「職は体を現す」教科書に載っていた言葉だ。偉い学者さんが言ったらしい。職業にはその人の適性が現れる。


 例えば、正義感の溢れる闘争心が高い者は【戦士】、知性的で思慮深い者は【魔術師】、戦いよりも商売や物作りを好む者は【職人】といった具合だ。


 そして、盗み、不意打ち、潜入と犯罪に手を染める可能性が高い者は【盗賊】が与えられたとされた。


 僕の職業は【盗賊】だった。正確には見習いだけど。もちろん悪いことをしようなんて、これっぽっちも思わない。だけど、周りからは濡れ衣を着せられてばかりだった。僕の近くで物が無くなれば真っ先に疑われ、院長からの折檻を何度も受けた。泣きながら身の潔白を訴えても、ちっとも聞いてくれない。地獄の日々だった。


 “友達”がいなかったら、きっと逃げ出してたに違いない。人間の友達じゃなかったけど。犬、猫、ネズミ。友達はたくさん居たから、退屈だけはしなかった。本もあったしね。


 妹のノルンはと言うと、見事【魔術師】を引き当てた。しかも、幼いながらに聡明さを存分に発揮し、それが魔術師ギルドの職員に見染められて、すぐに引き取られていった。孤児院には、一年も居なかったと思う。


 ノルンとは仲が良かったから、別れの時は人目をはばからず大泣きしたのを覚えている。妹がいたら、孤児院での生活はもっと違ったものになっていたかもしれない。


「…お兄ちゃん。私、やっぱり断る!お兄ちゃんを一人にしていけない!」


「親がいない僕達にとって、こんないい話はないよ。僕なら大丈夫。友達がいっぱいいるのはノルンだって知ってるだろ?寂しくはないさ。文字を勉強して手紙を書くよ」


「お兄ちゃん!私も書く!すぐに書くよ!」


 ノルンは何度も振り返りながら、後ろ髪を引かれる思いで去っていった。


 それから手紙が届いたことは一度もなかったけど、別に恨んではいない。便りがないのは元気な証拠って、偉い人が言ってた。きっと手紙を出せないくらい忙しいんだろう。魔術師になるために毎日勉強漬けなんだと思う。僕も負けてられない。孤児院にある本を全部読むんだ!




「おい!またロキが勉強してるぞ!ご飯より勉強がすきなら、これは要らないよな!?」


「逃げろー!ワハハ!」


 食事中に本を広げていると、いつの間にかお皿からパンが無くなっていた。顔を上げると、背の低い同級生の男の子が笑いながら走り去っていった。その後を小太りな男の子が追う。もう後ろ姿が見えるだけになっていた。小さい方がスヴィル、太っちょがドルンだ。この意地悪二人組がクラスの中心になっている。


「今日もパンなしか。いいけどね!後で友達から、きのみとか貰えるから」


 裏庭に向かうと、ちょうど猫のスージーとネズミのミックが待っていた。毎日の日課だ。


 本来、犬猿の仲であるはずのこの二匹は何度も死闘を繰り返すうちに戦友的な友情が芽生えたらしい。スージーの頭にちょこんとミックが乗って移動している。この方が速いからと、二人の中で定位置になっている。


「おい、ロキ!まーた、パンを取られたのか!? 今度、オイラがあいつらのかわいいお尻に噛み付いてやろうか?」


「ありがとう、ミック。でも大丈夫だよ。君たちが分けてくれるきのみやお魚があればお腹いっぱいだよ」


「かー、情けねえ!!それでも男か!」


 ミックは、スージーの頭の上でシャドーボクシングを始める。僕だっていつかは見返してやりたい。それでも、あの子達を目の前にすると足が震えて、何も言えなくなってしまう。


「まーまー、ミック。誰もが君みたいに勇敢ではないんだよ。ロキには、ロキの良さがある。寒さに震えていたあの日、私達に温かいスープをくれただろ? あの日もパンを取られてたはずだ。それでもロキは分け与えてくれたんだよ」


 猫のスージーは、頭上のミックに向けて目線を上げ、穏やかな口調でなだめる。


「チッ、確かにな。ロキはこんなオイラにも優しい。オイラ達はみんなロキが大好きだからな! 何かあったら言えよ!」


「二人ともありがとね。それより今日はどんな冒険があったの?聞かせて」


「ったくお前も好きだな〜。今日はだな…」


 その場にいるかのように身振り手振りで演説するミック。僕はミックの話が大好きなんだ。この孤児院からは出られないから、本を読んで空想ばかりしてきた。ミックの話は僕にとってどんな本よりも面白かった。



「また動物に話しかけてるぞ。今日は猫とネズミだ、気持ち悪い」


「あ、あいつ!うまそうな魚を貰ってるぞ!許さねえ」


 孤児院の二階から、冷たい目でロキを見下ろす二人の子供。小さい男の子と小太りの男の子、その手にはロキのパンが握られていた。


「なぁ、俺にちょっと考えがあるんだ。最近、人攫いの事件があっただろ?この前、お使いを頼まれて街に行った時によ…ちょっと耳かせ」


 小声で耳打ちされた小太りの男の子は、みるみる目を見開いていった。


「スヴィルは天才だね!驚くかな?泣くかな?ヒヒヒ」


「次の新月の夜が決行の日だ!ちゃんと起きろよ」


「わ、分かってるよぉ」


 こうして、二人の小さな悪巧みは始まった。これが、後に大事件に繋がるとは、この時はちっとも思ってなかった。当事者を除いては。



 ダンジョンものの冒険活劇が書きたくて始めてしまいました。不束者ですが、よろしくお願いします。


※毎日1話ずつ投稿します。書き溜めは20話前後あります。無くなったら暫く書き溜めて、投稿という流れで進ませてください。

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