Ⅶ-Complete contradiction-
遠山病院内、集中治療室にあるベッドに秦菜は寝かされていた。
カルテを記入し終えた彼女はペンを胸ポケットへ差込み、零の方へと体を向ける。
「驚いたわよ? 帰ってきたら端末前でアンタが女の子を抱いてたんだからね」
零は淹れたてのコーヒーでメガネを曇らせながら一口飲み込む。
「それで……あの子に何が? 今は落ち着いているけど、私が診た時は危険な状態だった……」
零は自分のラボに連れて行き、自身の力で研究、もとい治療しようと最初は考えていた。
が、零の手に負えるものではないとすぐに判明。
だから助けられる可能性のある母を一番に頼ったのだ。
「原因は分からない……けど、誰かにハッキングされてたんだ。多分その時に何か――」
「ふ~ん、アンタも気をつけなさいよ? 何も出来ないんだから」
母親は知らない、零の力のことを。
「俺は大丈夫だって、つーか他の患者の面倒見てやれよ? 待合室から不満の声が聞こえてきてるぞ」
母は笑いながら受け答えた。
「大丈夫大丈夫! いつもの事だから。それに文句言うなら診療中にゲーム始める国に言えっての!」
そういいながら母は病室を去った。
病室は個室のため、現在部屋には秦菜と零の2人だけ。
「……はぁ――」
***
数時間前――
零が言うラボという空間は現実世界には存在しない。
データ世界に零はラボを創りあげた。
侵入者が来ても大丈夫なように普段はあたり一面を白の空間でカモフラージュしている。
そして空間の中央に一つの青い球体が浮遊しており、指紋認識機能とラボの各設備一つ一つの割り当てられたコードを音声認識機能にて認証が得られることにより、初めて利用することが出来る。
「ER.HO02……」
白い空間は零の声によって病院のような施設を再現する。
目の前にキーボードを出現させ、秦菜の目を覚まさせるために考えられる限りの手を打つが無駄だった。
零の力のみを拒むように強力なプロテクトが掛けてあるが為に。
続いて秦菜にハッキングした者の手がかりを得るために、秦菜の中に残っているであろうログを辿ろうとするが、痕跡の一つも発見出来なかった。
ただハッキングされた後に秦菜のデータが少しばかり異常な数値を弾き出していたこと以外は。
『セイメイ ハンノウ ガ ヨワマリツツ アリマス』
コンピューターの中からAIの声が聞こえたと同時に、零は決断した。
秦菜から得られるものは無い。
だが、この異常な数値が気になる。
しかし、このまま何もしなかったら秦菜は死んでしまう。
けれど、今の俺では何も出来ない……
自問自答の末、決めた。
「母さんに頼るのはもう止めるって、決めたんだけどな……」
零はキーボードをフリック操作で消し、秦菜の額に手を優しくのせると一つの光となって消えた。
…………誰もいなくなったラボは静寂に包まれる。
〈……コツ、……コツ、……コツ〉
光が消えたのを見計らったかのように零のラボ上に姿を見せる人影。
その誰かが履いている革靴が、一歩一歩踏みしめる度にこの空間に小さなリズムを刻む。
「ここが、”神の子”の力の一端、”匣舟”か……」
零の左目に浮かび上がる魔方陣と似たものが彼の頭上に浮かんでいた。
「荒々しくて且つ、繊細……硬いようで、その真実は脆い存在」
魔方陣が二重魔方陣に変わった。
「セキュリティーが働いているのかな? 邪魔だなぁ――」
二重魔方陣が三重魔方陣へ、そして四重、五重魔方陣へと力を増していく。
「壊……れろ!」
不適に笑う彼の頭上の魔方陣が連なり、収束し、凝縮し、彼の頭の中に回収される。
それと同時に零のラボの空高く、遥かなき高みにある天井にヒビが入った。
ヒビは大きな亀裂を生み、無残にも崩れて行く。
「所詮この程度か! 遠山 零!! 天陣の力を持つ神の子よ!!!」
風が吹く、吹くはずの無いデータ世界に。
「そう易々とさぁ――テリトリーに入るなよ……?」
空間の中央にある青い球体の上に立つ青年の姿。
「――! 遠山 零……!?」
「あぁ、半分正解、半分ハズレ」
挑発するかのように舌を出す。
「神の子……いや、何だあいつは――!! 俺と同じ”神使い”!?」
『お喋りが好きな野郎だなぁ?』
0秒で言い放った言葉は彼には届かない。
「……!!」
彼が零に顔を掴まれているのに気づいたのは、地面に叩きつけられた後だった。
「さっきの言葉、聞こえたか?」
馬鹿にするかのように笑う零。
だが、このまま黙っている彼でもない。
掴んでいる手を力ずくで引き離した。
「自己紹介がまだだったね! 僕は箸蔵 香元天陣の神使い!!」
「聞いちゃいねーよ!!」
しかし零は、引き離された手を圧倒的な力で押し戻し、箸蔵の顔を押し潰した。
潰したはずだったのだが、そこに残るはヒビの入った地面だけ。
「神頭は便利でね、全ての事を頭の中で処理し、答えを導いてくれる。例えば邪魔者を消す方法とか……ね」
零は逃げた箸蔵をじっと睨む。
「君の力は確か……そう、全ての管理者権限を有することの出来る力……だったか?」
「それで?」
零は手についた地面のデータ片を振り払った。
「君の情報は全て知ってる、さっきの攻撃はどうやったか分からないが、君は幾ら攻撃しても僕には勝てない」
「黙れよ?」
箸蔵は勝ち誇った表情を浮かべた。
「君の力には限界がある、”形在るモノ”しか権限を持てない事――」
「さっきからごちゃごちゃと、俺は男には興味ないんだよ……」
動いたと同時に零の周囲が変化した。
ラボの設備の一つ、拷問部屋が機能し、零の四肢を巨大で強固な鎖が絡みついた。
身動きがまったく取れない。
「最初から話を聞いていたか? 僕の能力ゴットヘッドは答えを教えてくれる! 全知全能の神さ!!」
零はその話を聞いて笑い出した。
「何がおかしい? 勝てないと悟って狂ったか? 呆れたよ」
「あぁ、そうだな……お前の勘違いに呆れて笑ったんだよ?」
零は下を向いた。
「その割には顔が暗いじゃないか――!!」
ゆっくりと顔を上げる零。
「――!? おい待て! おかしいぞ!! 何で……何でお前の右目にそれがあるんだぁぁあああ!!!?」
箸蔵は思わず叫んだ。
異常な状況にでくわしたのだから。
「あぁ、最初から話を聞いていなかったのか? 半分正解、半分ハズレってなぁ?」
零の右目に魔方陣が浮かび上がっていた。
それは血のように赤い、魔方陣が。
7-完全なる矛盾- 終
キャラ紹介[第7話]
遠山 瑠璃子(不明)-院長・女医-
ニックネーム:先生・瑠璃子先生
零の母親。
遠山病院の院長であり女医でもある。
箸蔵 香(不明)-不明-
ニックネーム:不明
元天陣の神使い。
ゴッドヘッドの使い手。
その言動からして、謎の力について詳しいようである。