ⅩⅩⅧーお茶会ー
心地よいジャズ音楽がコーヒーの香りとセッションを奏でる。
部屋の片隅には白いグランドピアノ。
鍵盤にそっと手を走らせ、想うがまま、創造するがままの音楽に、部屋を包んでいたセッションが身を潜め、彼のワンマンライブとなる。
「流石、王子様――細胞の一つ一つが喜んでいるよ!」
ピアノの音が静寂へと向かう最中、渇いた拍手が王子と呼ばれる男に注がれる。
「その言い方はヤメロ――千歳」
鋭い刃のような眼光が、千歳と呼ばれる男を威圧する。
「さて? 王子様よりは良い育ちなもので下品な言葉を使っているつもりはないんだけども」
何が悪いのか分からない男は、不意に悪気もなく気づく。
「階級が違うと全てが気に食わなくなるんだね、下民は」
高らかな笑いがピアノの男の怒りのボルテージを上げていく。
「アマ――!!」
千歳の動きを一瞬に止め、二人の視線を集める。
「その辺にしておけ……店を潰す気か罪枝……」
王子と呼ばれた男、罪枝を一瞬で説き伏せ、すかさず煽った千歳に目を移す。
「千歳、お前も少しは大人しくできないのか?」
小学生くらいの背丈の子供が手に持ったコーヒーをすする。
「不蓮、残念だが僕はまだ大人じゃないんでね」
貴族のようなお辞儀をしつつニンマリと悪戯心を表に出す千歳。
不蓮と呼ばれる少年の目を盗み、コーヒーに砂糖を盛っていく。
「貴様、折角のブレイクタイムを余程台無しにしたいようだな……!」
不蓮がコーヒーカップを投げ捨てようとした時だ。
「リーダー不在時にお前らは余裕なもんだな。断ち切ってやろうか? お前らの大事なものを全て」
「折折――」
折折と呼ばれるスタイリッシュな男は長い髪から目を光らせ、不蓮のコーヒーカップを奪い取り、新たなコーヒーにすり替えた。
「後胤、一葉、狽狼の3人も来てないのか……」
先程すり替えた糖分多めのコーヒーを一口飲んだ折折。
「……」
折折の姿を見て笑いをこらえる千歳。
「結局全員来ないんじゃ、集まる意味あるのか?」
冷めた目で不蓮が折折を問う。
「まぁこういう時もあるさ」
呆れ顔でいつもだろと愚痴をこぼす。
「それで、話ってのは?」
千歳が間に割りいる。
「あぁ、炉南が捕まったみたいでな……どうやらイルミナティの奴らに」
誰も心配する様子を見せない。
「奴にとってはご褒美じゃないのか? 拷問好きだろ」
罪枝はどうでもいいという風にピアノに再び指を重ねようとする。
が、動きを止めた。
「けど、本題はそれじゃないんだろ?」
全てを見透かしたかのような目で折折を見つめた。
「全て揃った」
一同の瞳孔が大きく開かれた。
「揃った? 全ての鍵が揃ったっての!?」
罪枝は興奮を抑えきらず立ち上がった。
「そうだ、今も尚、鍵がどこかで見つけられるのを待っている」
全てを包み込むかのように腕を大きく広げる。
「あとは手中に収めるのみ」
まるで大切な宝物を手に収めるかのように手で籠を作る。
「炉南には悪いが……殺戮という名の前夜祭の開始だ―」
暗い空間に鈍い音が鳴り響く。
「……あぁ……また両手が……駄目になっちゃった……」
アイアンメイデンの万力により左右の手は圧迫し、捻り落されていた。
だが神の血のお陰か、千切れた手首辺りが気味悪く動き出し、新たなる手を創造していく。
「……マンネリ……ジメジメ……飽き飽き……ツマンナイ……」
拷問好きと言われていた炉南ではあったが、代わり映えのなくなってきたその痛みに、楽しさを見いだせなくなっていた。
「……だぁれ……?」
何かの気配に気づいた炉南。
しかし周囲には誰もいない。
いるはずがないのだ。
イルミナティはアンセスターの一人である炉南を幽閉し、逃がすまいと特殊な空間に監獄していた。
炉南の力も理解したうえで、その力を封じるためにアイアンメイデンにより身体の再生に力を回させて封印していたのだ。
イルミナティにとって彼女は敵であり、現状会うにしてもメリットは少ない。
だからこそ誰も会わせないし、立ち入れはさせない。
「おひょひょひょひょひょ……」
奇妙な笑い声が響く。
「おひょひょひょひょひょ……」
炉南は悟った。
悲しげに。
「……うるさいなぁ……いやだなぁ……」
「おひょ?」
アイアンメイデンの前に突如、小柄な老人が現れた。
手には数個の丸い何かを持ち、まるで掌からそれが生み出されているかのように増殖され手からこぼれていく。
それはアイアンメイデンの周りに敷き詰められるように埋め尽くされた。
どうやったかわからないがアイアンメイデンの内部にまで。
すると丸い何かの内部から一斉にカチッと何かが起動する音が聞こえたかと思うと、まるで戦争でも起きているのかといわんばかりの爆発連鎖が起こった。
老人は爆発に巻き込まれたのか姿はない。
そしてアイアンメイデンは完全に破壊され、内部にいたはずの炉南の姿も無かった。
唯一つ、骨案山子を残して。
28-Tea Ceremony- 終