ⅩⅧ-無音を灯す光-
時は刻まれる。
刻一刻と、何に影響されることもなく、我が道をひたすら歩み続ける。
城内に侵入してから未だ10分とちょっと。
第一のダンスホールの崩落を脱し、次なる部屋の扉に手をかける。
しかし押しても引いてもビクともしない扉。
まさかと思い横にスライドさせてみたり持ち上げてみたりするが一向に開く気配が感じられない。
「やっぱ招待状が必要か、なぁ?」
扉に再び手をかける。
「なぁぁぁあぁああぁぁああああぁぁああ!!!!」
全力で扉を引き開けようとする。
すると扉が零の方に向かって開き、勢いにのって後方に飛ばされる。
「ッ――――!?」
体が突然宙で浮遊し、すぐさま開け放たれた扉の向こう側へと引きずり込まれる。
部屋に入ると同時に扉は乱暴に閉められた。
「――――――――?――――!?」
部屋に乱暴に入れられたため、顔面を床にぶつけていた。
体のホコリを振り払い、ぶつぶつと文句を言う。
「――――――……」
声が、出ない!?
「―――――!!」
いくら声を発声させようとしても、部屋には静寂しかない。
まさかと思いつつ、先程の扉を叩いてみる。
するとどういうことか、声以外にも音が聞こえないではないか。
音を奪われた部屋。
首にかけておいたヘッドホンを耳にあて音楽を流してみるがやはり音は聞こえない。
防音対策はばっちりってことかよ?
あるいは聴覚を奪われたか……
虚無の広がるこの空間。
そこは厨房であった。
幾つもの鍋に火がかけられており、グツグツと鍋の蓋が泡の上で踊らされている。
テーブルの上にはお盆にのった数々の豪華料理があり、香ばしいにおいがよだれを誘う。
罠か――――?
敵の陣地で迂闊な行動は死に直結する。
そこにある料理だって毒が盛られている可能性がないこともない。
無音の厨房を後にし、次なる扉を探す。
廊下を歩いた先には大きなテーブルが中央に設置された食堂。
まだ料理の運ばれてない食堂には空の食器が綺麗に並べられている。
壁には数々の絵画が飾られているが、奇抜なデザインで有名なものは飾られていない。
暖炉では火が焚かれており、見ているだけで心が癒されていく。
だがしかし、次の部屋へとつながる扉も通路も見えない。
隠し扉があるかは定かではないが、現段階ではその可能性が高い。
壁を叩き、絵画の裏を覗き、先程の部屋へと戻り、無意味に鍋の中を覗いたりもした。
しかしどこにもそれらしき仕掛けがない。
このゲーム、本当にクリアできるものなのかよ……?
***
「悩め……トイ、お前の未来への道は閉ざされて尚、どう足掻く?」
城の建造主は不敵な笑みを浮かべ皆のいる部屋へと戻る。
「ゲーム開始から40分は経過した……そろそろ食事にしよう?」
建造主の腕にはファーストフードのハンバーガーの紙袋が抱えられていた。
どう調理されるか楽しみだよ、トイ――――
***
マナー違反ではあるが食堂のテーブルの上に立ってみた零。
腹減った……
先に進めないことに、空腹に苛立ちを覚え、テーブルの上に並べられている食器を踏み割りながら歩いていく。
最後の一枚を踏み割るときだ。
何かに横っ腹を掴まれ絵画に向かって投げ飛ばされた。
一瞬の出来事で何が起こったのかが理解できない。
驚きながらも周囲に目をやる。
するとどういうことか先程まで割っていた皿が宙を舞い、テーブルには新品の皿が新たに並べられていた。
宙を舞う割れた皿は動きを止め、零に向かって飛んでいく。
さっきの部屋とおんなじ攻撃になってるぜ――?
零は絵画に埋まった状態で壁の情報を瞬時に書き換え、目の前まで壁を引っ張った。
音のない世界で割れた皿は無音のまま粉々になって無常に散っていった。
しかし零は分からない。
攻撃が既に止んでいるのか、まだ続いているのか。
頃合いを見計らい壁に小さな隙間を作る。
周囲を確認し安全だと判断できたら零は壁を元の状態に戻し、地上に再び足を下ろす。
ふと何かの気配を感じ天井に視線を移す零。
しかし完全に視線を天井に移す前に再び何かに顔を掴まれ、次は厨房へと投げ飛ばされた。
投げ飛ばされながらも体勢を整え、力を使い体に掛かる負担を減らしながら壁に足を伸ばし、体全体のばねを利用して再び食堂へと飛び込んでいく。
さらに飛び込んだ先の壁を利用し、食堂の壁を縦横無尽に移動しつつ天井を確認する。
こいつは――――!
赤黒い斑点が天井を包み込み、上空からリングのついた布がシャンデリアに覆いかぶさる。
すると中央に位置するシャンデリアがガタガタと揺れ動きだした。
シャンデリアの上部から手か足かわからないものが伸び、下部からは顔が現れる。
猫のような顔立ちと耳があり、目が中央に一つ黄色く輝いている。
口は糸のようなもので縫われており、その左右の隙間から舌が計2本垂れ下がっている。
よだれがぽたぽたとテーブルに滴り落ち、煙を上げて悪臭を放つ。
体を左右に揺らしながら振り子のように回りだす化物。
沙耶や文化祭の時の大剣を携えた化物と同じ――畠山が語っていた天倪という災厄が生んだ世間から蛇蝎のごとく忌み嫌われるモノ……
魔方陣を回転させテーブルの上に置いてある食器類の権限を取得する。
お返しだ、受け取りな!!
皿やナイフやフォークがシャンデリアの天倪に向かって飛んで行く。
天倪はそれをじっと見つめ食器が当たる寸前に瞬時に天井を移動する。
移動出来るなら最初からそう言ってくれよ…………っな!!
天井に当たり無残にも砕け散った皿を更に操り天倪に向け飛散させる。
天倪は天井の隅に追いやられ逃げ場はなくなったかに思えた。
っが、突然回転しだす天倪。
シャンデリア上部から飛び出た手足がプロペラのような役目を果たし、風のバリアを作った天倪は、割れた破片を逆に零に向かって跳ね返した。
壁と壁を飛んでいた零には不意打ちだった。
空中にいる彼には何か盾になるようなものが近くにない。
例えば何らかの管理者権限を得たとしてもそれをすぐさま手元に寄せるのは時間が掛かりすぎる。
かといってあの皿の破片の権限を得ようにも数が多すぎて防ぎきることは出来ない。
0の世界も形在るモノではないためこの力を使うには後々のリスクが高すぎる。
となればだ――!
制服の上着を掴みデータ変換を行う。
ありあわせの物で盾を作ると、なんとかシャンデリアの攻撃を防ぐことに成功した。
さらに盾を足場に使い、再び宙を駆け巡る。
盾は足場にされたことにより、吹き飛ばされシャンデリアに激突した。
『――――――!?』
シャンデリアが怯んだ瞬間のチャンスを見過ごすはずがない。
シャンデリアと天井を繋げる鎖を蹴り、中央に移動させる。
テーブルの上に着地するとすかさず手の平をテーブルに載せ、卓上にのった皿をデータ変換させ鋭い刃へと変化させる。
お前が何も照らさない限り、ここにいる意味はないよ――
刃はシャンデリア目掛け飛び、貫いていく。
『ジュララララァアァァアアアアアッァアァアァアァ!!!』
突然部屋に大きな悲鳴が響きだす。
「お前が音泥棒だったのかよ?」
シャンデリアは赤黒い血を垂れ流し、虚ろな瞳を零に向ける。
先程の悲鳴で口を縫っていた紐は解かれ、口は大きく開かれていた。
『人間……風情ガ……我ヲ、束縛出来ルト思ウテカ!!」
床に滴る赤黒い血が生命を宿したかのように床を、壁を赤黒く染めていく。
『コノ闇カラ、抜ケ出セルカ……人間?』
シャンデリアは上部から出ている4本の手足以外にさらにもう4本の手足を表に出した。
計8本の手足が揃ったところでシャンデリアと天井を繋ぐ鎖が伸び、シャンデリア本体が零の目の前まで降りてきた。
『四通八達』
視線は零に向けたまま、手足を綺麗に四方に伸ばし、舌をバタつかせ不敵な笑みを浮かべる。
『刻ミ込メ――――七花……八裂!!』
言葉を言い放ったと同時に高速で乱回転しだすシャンデリア。
手足を四方に伸ばしていた時点でコノ攻撃を予想していた零はテーブルの下にすかさず隠れ攻撃をしのいでいた。
シャンデリアもそれに気づいていた為、鎖を伸縮させ、部屋の隅々にあるものをミキサーの如く粉砕していく。
床から天上までありとあらゆる物を粉砕しつくした。
しかし人間を粉砕した実感がない。
だが逃げ場もないはずのこの部屋であの人間がどこに逃げたのか、見当も付かない。
「よそ見してていいのかよ?」
上のほうから声が聞こえる。
「It is not allowed for you to exist on a person.(シャンデリア如きが人の上に立つ事は許されない)」
右手を強化しシャンデリアに手を貫く。
『ジュァァァアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」
けたたましい悲鳴が部屋を包んだ。