ⅩⅥ-我らが平伏すべき王-
人の頭の中には無限の宇宙が広がっているといわれる事がある。
それは誰しも同じだ。
男も女も。
サヴァン症候群をもった者とて同じ。
そう神とて例外ではない。
だがそれはただの妄想、虚実、空論でしかない。
人類が知り得る技術を持たないから現状から先へと進めないのだ。
だから一ついえることがある。
この世界に蔓延する常識がすべて本物とは限らない。
それは今の人類が導き出した結果であり、真理と比べれば裏表の関係性に過ぎないかもしれない。
まだ人類は到達する事もその領域に踏み込む事もできていない。
だから驚く事なかれ、現実で起こる事のない事象が起こっても、得体の知れないものがいても。
それが逸脱しているわけでも、偶発して生まれてしまった訳でもない。
人類が知らない真の常識的に考えればそれは他愛も無い現象から生じたものなのだから。
「さぁ行こう……我らの王に花を捧げに――」
号哭は零を掴みラボから強制ログアウトを行った。
現実に戻った2人はとある端末で目を覚ます。
「ここは――!」
「王が眠りし場所――」
2人が到着した場所、そこは見覚えのある場所であった。
「あら、そんなところでコソコソ何やってるの?」
そして見覚えのある人物。
「――瑠璃子先生こっちこっち!」
子供に引っ張られ彼女は何処かへ行ってしまった。
「母さんの病院――」
「偶然はない、全ては必然、こうなる運命なだけ」
号哭はおもむろに歩き出す。
目的地に向かって、真っ直ぐ。
「ここだ」
号哭は立ち止まりとある病室を指差した。
「お前はただ言うとおりにすればいい」
「――何をだ」
零は号哭を睨みつける。
左目に魔方陣を浮かび上がらせ。
「そう怖い顔をするな、死に急ぐほどの事じゃない」
病室のドアを開け中に入る号哭。
それに続く零。
空気は緊迫していた。
「さぁ彼女を目覚めさせてくれ、入り口は作っておいた」
零は必死に考えをめぐらせた。
「我らの王は目覚めを待っている」
号哭の言う王。
状況から察するにそこのベッドに横になっている供華 秦菜のことを言っているらしいが、どうも腑に落ちない。
そういう器の人間ではないと分かっているからだ。
なら号哭のいう王とは何かを目覚めさせるための鍵の別名?
「待ってくれ、俺は一回そいつを調べている! でも何も無かったし、こいつは目覚めることはなかった」
「調べた? 俺にやったように隅から隅々まで調べたか?」
確かに何か手がかりが無いか秦菜の記憶領域に侵入しようとしたが強力なロックが掛かっており侵入は不可能であった。
「あぁ、だが無理だったんだよ!」
「そう思って入り口を用意したんだよ――つべこべ言わずにさっさと叩き起こして来い」
号哭に背中を叩かれその勢いで秦菜のほうへ倒れこんでしまう。
口元に触れてしまいそうな、ラブコメなら恋のイベントが発生する距離。
素早く顔を上げ、頬を赤らめながら号哭に抗議する。
「――早くやれ――そんなに消されたいか?」
仕方なく顔を横に振る。
「分かった、やるだけのことはやる。だが助かる可能性は0に近いって事を忘れるなよ?」
零は光となって秦菜の記憶領域内に侵入した。
「……0ねぇ……無知なる人間が作る可能性に意味があるのか……なぁ、もどき?」
辿り着いた先には達筆な文字達が並ぶ異空間。
記憶領域というよりは深層心理の世界。
――天気――獅子――王弐――零――
様々な文字の中に自分の名前と同じ文字を見つける零。
この文字たちは何だ? 何か意味が――
文字の中に潜む影に気付く零。
「――戯画遊戯――」
影がそう呟くと辺りの文字が零を取り囲むように陣取った。
「こうも早く復讐できるとは思っていなかったよ……遠山 零――!!」
「誰だ――!」
声のする方を凝視するが見覚えの無い男。
「忘れたとでも、言うのか?」
頭上に魔方陣を形成させ重ねだす。
「忘れたとは言わせないぞ、ゴットヘッドの力を持つこの箸蔵 香を……お前に一度は殺されたが、知識の一端を操っていたこの女の中に、知識を重ね置いたお陰で再び会えた……」
聞き覚えの無い話に困惑する零。
「さぁ創めよう――迸る血で己を汚し、醜き醜態を晒す憐れなお前の一劇を――」
文字が零の周囲を高速回転し、箸蔵を目で捉えることができなくなった。
「――兎徒里・回狂――!」
文字がスピードを上げて迫りだす。
「――天地逆転――!」
更に零の重力が地面とは反対になり、空に足から落ちだす。
「知識とは頭の中にあるものを言葉にして初めて共有できる。さぁ、次は何を知りたい?」
文字も零を追尾し距離を狭めていく。
「――あぁ、強いて言えば……お前と俺の関係性?」
この一言で箸蔵の怒りに拍車を掛ける。
「友好関係でも築いて行きたいか? 笑わせるな!」
文字が零の身体を擦れようとした瞬間、花火のように散っていった。
「友好関係ねぇ……俺は上下関係を望みたいものだ、もちろんお前が下」
箸蔵は動かず、なおも口を動かす。
「――落下星・炎々(エンエン)――」
天に煌く星々が大きくなる。
いや大きくなったのではない、零に向かって落ちてきているのだ。
「コイツはちょっと難しいな――」
零は靴を空間に固定させ、それを踏み台に星の落下の軌道上から外れた。
「――暴風仙郷・飄々(ヒョウヒョウ)――」
周囲に風の嵐が吹き荒れる。
零は風の渦に巻き込まれて無風である中心地に引き込まれた。
こんな時に号哭の野郎がいれば、どうにかなったんだろうが……
周囲には号哭の姿は見えない。
強制ログアウトも不可。
何でこんな事になってるんだよ――――
四肢を風に捕まれ無防備な状態となった。
「俺の歩いた後に知識が生まれる。俺が確信したものが現実となる。俺が最も神に近く、神になるべき存在」
箸蔵の周囲に青白い魔方陣が地上から3メートル程の所にランダムに出現した。
「今回は俺の勝利に終わる。さぁお前も死を経験する時だ」
零は魔方陣を重ねだす。
あの記憶領域にいた号哭は何重にも魔方陣を重ねていたが現実の号哭には敵わなかった。
これが意味するのは魔法陣を重ねた数だけ強くなるという訳ではないこと。
けれども今の俺にできるのは魔法陣を重ねて強化し、相手の攻撃を防ぐことだけ。
「今更何をしても遅い――英知の書庫・オーバーヒート――」
零は魔法陣が重ねるがやはり限界という名の壁で立ち止まってしまう。
「このままじゃやばいんですけど?」
英知の書庫と呼ばれる魔法陣から膨大な量の英知が噴出し、辺りを無差別に攻撃する。
そして時間も掛からず零の元へと英知が手を伸ばす。
一瞬にして圧倒的な戦力差を見せられ死を覚悟する零。
しかし空から崩れ落ちていく英知。
巨大な槍が英知の触手を突き刺し地面へと打ちつけた。
「何だ! 人が知り得る以上の膨大な英知を凌駕するコレは!?」
零も箸蔵も驚いた。
こんな場所に自分ら以外の第三者がいるからだ。
そしてたった一撃で箸蔵の最終奥義が崩されたからだ。
空から何かが降ってきた。
ソレは隕石のように箸蔵の上へと降り注ぎ、箸蔵を押し殺した。
天から堕ちてきたのは一つの椅子だった。
まるで玉座のような高貴な装飾が施された椅子。
そしてそこに居座る鎧の男。
何も語ることなく重たい腰を上げ、手にもつ槍を構えた。
溢れる瘴気が鎧の男の周囲を包む。
完全に次の一手が瘴気によって隠された。
だが最後の動作によって難なく予想できる。
「投げてくるんだろ? どうせ……」
瘴気の中から槍が解き放たれる。
「ビンゴ!」
軌道を読めていた零が余裕で槍をかわした為、槍はそのまま一直線に進む。
槍は落ちることなくそのまま軌道を変え空へと舞い上がった。
「見た目だけかよ……ポンコツゥ?」
魔法陣を出現させ重ねる。
「今度はこっちの――!?」
空へと舞い上がった槍が八本の槍に分裂し落下してきた。
それがそのまま地面へ落下する手前、零を中心として8本の槍が円を描いているその最中、鎧の男が疾風の如き速さで宙に浮いている槍を一本掴み、零を貫いたかと思うとその斜線上にある槍に持ち替え再び貫くという行為を繰り返した。
怒涛の攻撃の末、八本の槍は零の頭上を目掛け螺子の様に陣取り、鎧の男はソレを放った。
その間10秒もない。
「レベルが違いすぎる――」
深手を負い魔法陣も消滅してしまった零。
その零を見下ろす鎧の男。
「足リナイ……オ前デハ……」
瘴気を纏いつつも鎧の男は消え去った。
零はそれを確認するとゆっくりとまぶたを下ろし、深い眠りについた。
「目覚めへのカウントダウンは遂に始まったか――」
病室の椅子に腰掛けていた号哭は何かを悟ったかのように呟いた。
それはパズルのピースが綺麗にはまっていく様に、歯車が噛み合って動き出すように、部品のボルトが取り付けられていくように、新たな生命が誕生するように、それは至極当然の如く当たり前のように、物語は進みだす。
16-The King whom we should prostrate ourselves― 終