異世界コールセンター
「では説明してもらおうか。」
はい、ウチと契約している錬金術組合所属の商店で買った”誰でも簡単♪錬金術キット”を使っている最中にロストした貴重な素材の戻し方を教えてほしいと問い合わせがありまして…
「ったく、またアレか。今年に入ってもう5件はクレームが来ているのにまだ売ってたのか!」
えぇそうです。あ、でも購入自体はサポート期間ギリギリの一年前だったようで、貴重な素材を手に入れるまではと使わずに保管していたそうです。
「むう… ただでさえ問題が多い商品なのにサポート期間ギリギリとは… はぁ。」
はぁ…
「それで、」
はぁ…?
「それで、”誰でも簡単♪錬金術キット”の手順書通りに戻し方は説明したのだろう?」
はい、第一入念話の段階でキット付属のアンドゥ呪法をご説明し、それでもダメだった場合は再念話お願いしますと一旦念話を切らせていただきました。
「アンドゥ呪法は時間が掛かるからな。念話を繋ぎっぱなしにするよりは一旦切ったのは正しい判断だ。」
はい、それで先程第二入念話が入りまして…
「…アンドゥ呪法も失敗したと。」
えぇそうです。あれって成功した報告ほとんどありませんよね。
「もともと素材がロストしても懐が傷まない簡易ポーションや傷薬を作るためのキットだから、道端で生えていた薬草がロストしたところでわざわざ元に戻そうと普通は思わないものだ。ただ、錬金術に憧れる冒険者や一般人にも手にとってもらえるようにと一工夫したのが”アンドゥ呪法付き♪”の宣伝文句だったんだよ。」
いい迷惑ですね。
「いい迷惑だよ… 一応苦情が多いのは錬金術組合を通して商人たちにも説明しているから、品質改善か回収対象になっているはずだ。しかし購入が一年前では購入時の告知義務もされてなかっただろうよ。」
そういうことです。
「で、念話の相手はいまなんと?」
とにかくロストした素材を戻して欲しいの一点張りでして、
「まぁそうだろうな。しかしアンドゥ呪法で復元出来ないのであればよほどのレア素材だったか、簡易キット程度では本来あつかえない錬金術を試したんだろうな。」
そこなんですが、念話相手は錬金キットを買って使用した本人様ではなく、同じパーティーに所属する魔術師からでして、ご本人様はロストとアンドゥ呪法失敗で気力が尽きてしまったそうで、それ以上詳しい話が出来ず困っているそうです。
「うーむ、ご本人様でないなら改めて入念話してもらうように説得して一旦切ってしまえば良いんじゃないか? 正直な話、この念話相談所ではアンドゥ呪法の詠唱手順を説明した時点で仕事は終わりだ。成功しても失敗して商品購入時の契約条文ではウチ(コールセンター)の責任にはならない。」
はい、その旨も説明済みなのですが、代理念話だから契約者本人を納得させるなら直接話に来てくれの一点張りでして… どうしたもんでしょう。
「出張対応かぁ。”簡易キット”程度で使うようなサービスではないのだがなぁ。」
一応アンドゥ呪法を使用する前に入念話があったので、その時点なら出張対応対象だったんですよね。
「あぁそういえばそうか。まずったな、その説明はしてあったのか?」
はい、出張対応も可能ですとは伝えましたが、急いでいるのでアンドゥ呪法の取り扱い手順を教えて欲しいとご本人様からの提案でしたので、出張対応を希望せずとして処理しました。
「簡易キットだしなぁ。」
簡易キットですもんね。
「肝心のロストした素材ってのはなんなんだ?」
生命の石です。
「…生命の石?」
えぇ 生命の石です。
「あの生命の石か、そりゃロストしたら苦情の念話もしたくもなるだろうよ。」
やっぱりそんなにスゴイ素材ですか?
「あぁアレはスゴイ。オレも錬金術資料館でしか見たことがないが、なんでも錬金術の基礎、無から金を作り出すために欠かせない素材らしくてな、その効果は金を作るだけではなく、死者すらも蘇らせる秘薬にもなり、不老不死さえ目指せるかもしれないという代物だ。」
スゴすぎて実感がわきませんね。簡易キットでロストしちゃってますし。
「まぁそうだな。ご本人様がなぜ生命の石を持っているのかはわからんが、簡易キットで錬金出来るような代物ではないことは確かだ。結果ロストしてるしな。」
そんなにスゴイ素材なのを最初に伝えてもらえたら絶対出張対応を勧めてたんですけどね。
「よほど急いでいたとしても”誰でも簡単♪錬金キット”で合成しようなんて普通は思わない。」
思いませんか
「思わんね。よほどのバカか、表には出せない盗h…」
『qくぇじゃ;dくふぁいおrじゃ;えldくお;いあうrlr』
あイターーー!?
「どうした?」
あーすいません、念話保留にしてたのが気が緩んじゃって解除されてたみたいです。
「おいっ!!」
『あおいうらお;えkjldkj!!!』
バカとは何だバカとは! だそうです。
「チッ」
『zxcゔぁえdか;えい!!』
お前舌打ちしただろっ!! と…
「とりあえず念話を保留し直せ!」
はい
『qうぇrちゅいおsdfghj!!』
いえ、そういうわけではないのですが、対処にか『な;dcv←う;おいえ』はい、しばらくお待ち下さい。
参りました所長、クレーマー化一歩手前です。
「うかつだった、流石にバカは聞かれちゃ不味かった。」
うかつでしたね。
「そもそもお前が念話の保留を解除するのが悪い。」
そうは言いましても保留するのも結構集中力が要るんですよ。
「それは解るが、はぁー どうしよう。」
どうしましょう。
「よし、お前出張対応してこい。」
え?イヤですよ。
「即答かよ。」
だって生命の石ってちょーレア素材なんですよね?それをもとに戻せだなんてコールセンターの業務内容で対処出来るわけないじゃないですか。
「そうなんだが、流石に今回はこちらの失言を聞かれたのは不味かった。なので失言に関する詫びも兼ねて特別に出張対応しますと言いくるめろ。もちろんロストした品を戻さなくてもいい、アンドゥ呪法の合否判定はウチの管轄ではない。その間にオレが錬金術組合に掛け合って他の方法がないか聞いてくる。」
先に方法を確認してからのほうがよくないですか?
「お前、一週間ほどお待ち下さいといま念話で伝えられるか?」
…無理ですね。
「なら善は急げだ、出張費と特別補填費を出すから途中でお詫びの品でも買って持っていけ。」
ご本人様は男性でしたが、念話中の魔術師は女性の方でしたね。では何か甘い物でも見繕います。
「そうしてくれ。」
他に何かありますか? なければ念話に戻りますが…
「後はコールセンターの手引書通りでいい、くれぐれもアンドゥ呪法発動後の失敗は復元のしようがないということ、今回だけは特別に他の方法を検討するため時間をいただきたいとしっかり伝えてくれ。」
生命の石は戻ってこない、菓子折りで勘弁してください ですね。
「お前それ言ったら首だからな。」
言いませんよ。では念話に戻ります。
「あぁ よろしく頼む。まったく”誰でも簡単♪錬金キット”なんて作るやつはバカだが使うやつもバカばかりか…」
所長… その口の悪さが災いのもとですよ。
「お前まさか?!」
大丈夫ですまだ保留中です。
「心臓に悪いわっ!!」
じゃ席に戻って出発の準備を進めます。
こうして今日も念話相談所の対応職員達は苦情解決のために世界へ飛び立つのでした。