第68話 勇者は他の勇者の近況を知る
勇者の名前はナズナ。
俺の記憶が正しければ大学生だったはずだ。
大人しい性格で、臆病で根性がない。
王城での訓練ではよく泣いていた。
しかし、内に秘めた正義感は本物である。
誰かのために命を張って戦える人物だった。
(最期は人々を庇った死ぬんだったな)
とある街での防衛戦にて、魔族の大規模攻撃が行われた。
ナズナは名前も知らない住人の盾となり、魔族と相討ちとなる形で戦死したのだ。
召喚された勇者の中で、最も元の世界に帰りたがっていたのに命がけで力を尽くした。
本人もそこで死ぬのが分かっていたはずだ。
しかし、覚悟が恐怖を上回ったのだ。
復興したその街には彼女の墓がたてられた。
ナズナは誰よりも優しく高潔な心の持ち主なのだ。
今はまだ未熟だが、いずれ立派な勇者になる。
そんなナズナとの遭遇に第一声を迷った俺は、気さくな調子を意識して話しかけた。
「初めまして、みたいなものか。召喚された時は一言も話さなかったからな」
「そう、ですね、はい」
ナズナはおどおどしながら応じる。
顔色が悪く、どこかに逃げたい様子だ。
汗の量が尋常でなかった。
(妙な反応だな。誰かに何か吹き込まれたか?)
俺はナズナの反応から勘ぐる。
やけにこちらを恐れている気がする。
小さく嘆息すると、ひらひらと両手を振って無害をアピールした。
「そんなに緊張するなよ。別に取って食うわけじゃないんだ。同じ勇者同士、仲良くしよう」
「……あなたは、危険人物だと聞いています」
「気にするな。誰が言ったのか想像は付くが鵜呑みにすべきじゃない。俺は魔王討伐に力を尽くしているだけだ」
それは紛うことなき真実だ。
こちらの本気を感じ取ったのか、ナズナは口を噤んで後ずさる。
脅すつもりはなかったのに怖がらせてしまった。
なんとなく気まずくなった俺は話題を変更する。
「武器は槍を選んだのか」
「はい。リーチがあるので使いやすいかなぁと……」
ナズナは背中の槍に触れた。
優秀な魔術武器だ。
まだ進化していないが、それでも中級の魔族でも穿てるほどの性能だろう。
使いこなせるようになれば、どんな強敵にも通じるはずだ。
しかし、ここで俺は気になる点を発見する。
懸念が現実となったことを確認した。
(やはり展開が変わっている。俺が即座に離脱したのが要因か)
逆行前、ナズナが選定するのは魔術用の杖だった。
彼女は魔術師だったはずなのだ。
嘘をついている様子はないので、本当に槍を選定したようだ。
(本来の槍使いは別にいたはずだ。役割が入れ代わったのか?)
召喚当初に用意された武器は、一種類につき一つのみだった。
したがって逆行前に槍使いだった勇者は、また別の武器を選定したのだろう。
やはり俺の行動をきっかけに展開に変化が生じている。
これが良いのか悪いのかまだ不明であった。
「他の三人は何の武器を選定したんだ?」
「えっと、教えないと駄目ですか」
「どちらでもいい。ここで分からないのなら、本人を探して聞き出すだけだ」
俺が粘って尋ねると、ナズナは渋々明かしてくれた。
もう逃げられないと悟ったのだろう。
結果、他の勇者も逆行前と異なる武器を選定したことが判明した。
各々が王城で基礎トレーニングを重ねており、二週間後には旅に出る予定らしい。
現在は紹介された仲間達との顔合わせを済ませて、戦闘の連携訓練を行っている最中だという。
各地に出立した勇者は、魔族への奇襲を繰り返して成長する。
やがて魔王の復活を阻止するために動くことになるのだ。
「ありがとう。参考になったよ。お礼になるか分からないが、困った時は相談してほしい。できる範囲なら解決を手伝わせてもらう」
「えっ、あっ……こちらこそありがとうございます」
俺は頭を下げたナズナと別れて歩き出した。
途中、トゥワイスに触れる。
銃身が少し振動するも、お喋りな二丁拳銃は何も言わなかった。




