第63話 勇者は未来を思案する
(他の勇者は今どうしているのだろう。そろそろ訓練も佳境に差し掛かっていそうだが)
俺はふと考える。
冷静に考えると、まだ召喚されたばかりと言ってもいい時期だ。
勇者は武器を持ったこともないような素人集団である。
異世界から召喚されたことによる補正で、最低限の基礎スペックは確保されているが、それでも魔族と渡り合えるほどではない。
今の時期の勇者が宝石竜と遭遇したら、抵抗もできずに食い殺されるだろう。
世界を救うだけの力はまだない。
王国の人間も、大事に育てている最中に違いなかった。
とは言え、彼らも徐々に成長していく。
王都での鍛練が終わったらそれぞれ旅に出て、各地で力を付けながら魔族の陰謀を阻止するのだ。
当然、その影響力は大きくなっていく。
彼らがこれからどう動くか分からないが、せめて初動だけでも把握しておきたかった。
(そもそも、誰がどの武器を選定したのかも把握していないしな)
二丁拳銃を手に入れるため、俺がすぐに城を出て行ったせいだ。
逆行前の装備なら知っているが、別の武器を選んでいる可能性があった。
そういった部分をチェックするのも今回の目的である。
(彼らの動き次第では、今後の予定も調整しなくてはいけない)
とりあえず自己鍛錬が最優先だが、場合によっては他の勇者の育成を実施してもいいかもしれない。
トゥワイスは予想以上のペースで強化されている。
現在はそれほど焦る段階ではなかった。
俺と同格である勇者を強くしておくと、後々の展開で助かることは多くなる。
少なくとも魔族の討伐ペースは速まるだろう。
各地で分担しながら対処に当たったり、強力な個体を相手に手を組むこともできる。
間違っても早期に死なれてはいけない。
逆行前にはそういうことがあったので、今回はその時の失敗を踏まえて未然に防ぎたかった。
勇者の死は、魔王討伐の成功率を下げる。
できれば決戦まで一人も死なせずに向かいたいところだ。
(逆行前の展開と大きくずれてきている。もう何が起こっても不思議ではない。様々な可能性を想定しておくべきだ)
言わずもがな、俺の行動が要因である。
こればかりは仕方がないとは言え、もはや逆行前とは比較にならないほどの差があった。
今後さらに変わっていくだろう。
そうなると読めない部分が増えるため、逆行前の知識を過信できない。
そのアドバンテージに甘えていると、いずれ痛い目を見る。
今回の王都再訪で情報収集を徹底して、記憶と現実の差異を埋めていこうと思う。
ちなみに他にもう一つ重大な目的があるが、直前までリリーやモアナには伝えないでおく。
先に教えると、余計な不安や混乱を生んでしまう恐れがあるためだ。
然るべきタイミングで説明すればいいだろう。
この先のことについて色々と考えていると、リリーが俺に耳打ちする。
「王都へはどう潜入するのですか?」
「潜入はしない。堂々と入るつもりだ」
「……警戒されるのでは」
「勝手に警戒させておけばいい。奴らは何もできない。俺に敵対するリスクを理解しているはずだ」
彼女の心配は至極当然だ。
俺は王都では危険人物として認識されている。
もし来訪が知られた場合、騒ぎになってしまうだろう。
しかし潜入となると、どうしても行動が制限される。
隠密行動には無理があるのだから、最初から姿を見せて行った方が潔い。
こちらにはやましいことなど何もないのだ。
正面切って向かえばいい。




