第60話 勇者は問題を事前解決する
さっそく俺達はそれぞれ異なる角度から露店の商人を監視する。
不審な動きがあれば、互いにサインを出せるように位置取りをした。
俺は背後の路地から商人を眺める。
モアナは行き交う人々に紛れて露店の前を緩やかに往復した。
リリーは近くの建物の屋上を陣取る。
これで死角はほとんど潰されたことになる。
(今のところ怪しい素振りはない)
種を飲んだ商人は普通に仕事をしていた。
魔族に操られているといった風もない。
見かけだけはただの人間である。
しかし、ゴーグルによって種の存在を知っている。
ふとした拍子に怪物へと変貌し、人々を襲いかねない相手だった。
(あの商人は、どういった経緯で種を飲んだんだ?)
俺の知る限りではいくつかのパターンに分類される。
魔族に騙されたり、自ら望んで欲する場合や、食事に混入されて知らずに飲む場合だ。
意識的に服用した場合、単に力を得られると教わっていることが多い。
ただし、本人もまさか怪物になるとは思っていない時がほとんどだった。
自業自得ではあるものの、周りに被害が出る以上は放置するわけにもいかない。
食事に混入していたパターンが最も厄介だ。
どこかの魔族が無作為に種をばら撒いているということになる。
言うなれば人質に近く、望んだタイミングで発芽させられてしまう。
魔族なら強制的に怪物化を促すことも可能なのだ。
この場合は、犠牲無しで食い止めるのは難しい。
魔族を追い詰めた段階で、人質の者達がいきなり発芽させられる可能性があるためだ。
元凶である魔族を暗殺できればベストだが、そう上手くいくことはない。
どれだけ犠牲を少なくできるか、という思考にならざるを得ない。
(ただ、今回は無作為にしては種を飲んだ人間が少なすぎる。たぶんそのパターンではないだろう)
おそらくは商人が誰かから種を仕入れて、騙された形で服用しているのだと思う。
できれば種の入手経路も知りたいが、それ難しい。
こういうことをしてくる魔族は、巧妙に素性を隠蔽しているのだ。
間に何人もの仲介を挟んで特定されないように工夫している。
密偵技能を持つリリーに頼んだとしても、見つけ出すのは至難の業だった。
俺達が探す間に行方を眩ませてしまうだろう。
だから今回に関しては、種の破壊だけに専念すればいい。
「一発で決めるぞ。スマートに解決しよう」
「Roger」
俺はトゥワイスを持って歩き出す。
気配を消しながら商人の背中に近付いていく。
顔を見られないように黒い外套を羽織り、引き金に指をかけた。
銃声で騒ぎになりそうだが、今回は問題ない。
トゥワイスによると、音が響かないように我慢できるそうなので任せることにしたのだ。
俺は通行人が少なくなったタイミングで商人の背後に到着する。
その背中に銃口を押し当てて、引き金を引いた。




