第55話 勇者は交渉を始める
老婆は堂々とした態度だった。
他の護衛達は少なからず緊張しているが、主人である彼女だけは平然としている。
この人物こそ、商業都市イェグルを統べる富豪――ナリア婦人だった。
俺は部屋の中を進みながら抗議をする。
「小僧で悪かったな」
「気を悪くしたのならすまないね。少し驚いただけさ」
婦人は軽く嘆息する。
俺を見る双眸は決して鋭いわけではないが、何もかも見透かすような眼差しだった。
(相変わらず、なかなかの迫力だ)
この大都市を支配する一人だ。
相応の実力者である。
商売方面において、彼女に優る者は稀だろう。
少なくとも俺など足元にも及ばない。
婦人は頬杖をつきながら俺に尋ねる。
「あんた、勇者と言ったね。異界から召喚されたのかい」
「よく知っているな」
「舐めるんじゃないよ。商人にとって情報は命よりも重いもんだ」
鼻を鳴らす婦人は、当然とでも言いたげに述べる。
彼女は各地に情報網を張っており、どんなことも聞き逃さないようにしていた。
俺のことも把握しているのだろう。
過去の行動も既に調べ上げているに違いない。
婦人は小さく笑うと話を切り出した。
「それで何が望みなんだい?」
「……話が早いな」
「小僧と無駄話をするほど暇じゃないんだよ。さっさと言いな。それとも破談にしたいのか」
眉を寄せた婦人が身を乗り出す。
本気で機嫌を損ねたわけではなく、単にせっかちなのだ。
俺とは余計な交渉をせず、ストレートに話を進めようとしている。
こちらとしてはありがたい。
いちいち顔色を窺いながら交渉するのは面倒だと考えていたところだ。
そういった性格も読まれているのだと思う。
だから素直にこちらの要求を伝えることにした。
「魔視のゴーグルを譲ってほしい」
「ほう。古代の魔道具を望むか。対価は何だね」
「定石竜の死骸と奴の財宝だ。魔霧の谷に保管してある」
「それが本当なら、随分とこちらが得をする条件だ。一体何を考えているんだい?」
「俺はただ魔族の暗躍を防ぎたいだけだ。ゴーグルがあれば、怪物化の種を探知できる。それは知っているはずだ」
「…………」
婦人は意味深に笑みを深める。
無言の肯定だった。
自分のコレクションの有用性を正確に理解している。
同時に俺の知識についても評価しているのだろう。
魔視のゴーグルの効果など、本来は出回っていない情報である。
俺が知っていることに感心しているようだった。




