第54話 勇者は富豪のもとに辿り着く
「これを見てくれ。イェグルの兵士をしているのなら分かる者がいるはずだ」
俺は見張り達に告げる。
細かい説明は不要だろう。
その証拠に、見張り達の一部は血相を変え始めていた。
俺と問答していた男は顔面蒼白で唸る。
「独特の輝きと魔力反応……まさか!」
「あまり騒ぎにしたくない。他言無用で頼む」
俺は討伐証明を下ろす。
ここで見せる必要はあったが、パニックになられても困る。
速やかに面会できない可能性が出てくるからだ。
こちらを見る見張り達の様子は豹変していた。
敵意が薄れて、怯えや困惑が見えている。
宝石竜を倒した張本人が目の前にいると理解したようだ。
「これを婦人の土産にする。それ以上の交渉材料もある。面会させてくれないか」
「……待っていろ」
見張りの男は苦い顔で踵を返すと、邸宅内へと消えていった。
それから数分ほどで彼は戻ってくる。
俺達を邸宅内に案内してくれるそうだ。
主人である富豪から許可が出たのだという。
邸宅に招かれた俺達は高級そうな廊下を進む。
こういった場所に慣れていないモアナは落ち着きがない様子だった。
「上手くいっちゃったね」
「俺達は竜殺しだ。下手に歯向かうのは不味いと判断したんだろうな」
結局、最初の面会希望が通らなかったのは、勇者の名声がないからだ。
名声を獲得するのなら、やはり武力を示すのが手っ取り早い。
賢い者は断れた後に策略や話術を駆使して面会に持ち込めるのかもしれない。
しかし、俺には鍛え上げた戦闘術しかなかった。
悠長に手柄を立てて正攻法でアポを取る暇もない。
脳筋思考だが、別に構わないだろう。
やがて邸宅の奥に着いた。
案内役だった男は、大きな扉を前に足を止める。
「これより先は代表者のみが進め」
「分かった」
俺は迷わず立候補した。
他の二人に任せるわけにもいかない。
さすがに力押しではなく交渉だろうから、気合を入れて挑むべきだろう。
俺は二人に告げる。
「少し待っててくれ。話はそこまで長くならないはずだ」
扉を開けて踏み出す。
その先には赤い絨毯の敷かれた廊下が続いていた。
奥にはさらに扉がある。
魔力反応を見るに、強力な防御術が何重にも施されていた。
あそこに富豪がいるのは間違いない。
俺は躊躇いなく進んで扉を開いた。
すると、しわがれた声が聞こえてくる。
「あの宝石竜を倒したと聞いたが、まさかあんたみたいな小僧だとはねぇ」
俺は無言で部屋に入る。
屈強な護衛に囲まれて椅子に腰かけるのは、丸々と太った老婆だった。




