第5話 勇者は自己強化を繰り返す
朝日が昇ってくる。
俺は未だ森の中にいた。
一晩に渡って魔物を虐殺したことで、肉体はかなり強化された。
体内魔力も数倍まで増えている。
まだ不十分ではあるものの、召喚二日目にしては上等だろう。
弱体化した身体にも慣れてきた。
(今頃、他の勇者達は城で訓練しているはずだ)
この世界に関する基礎知識を学びつつ、選定した武器を問題なく扱えるようにするのだ。
やがて騎士と共に森へ入り、弱い魔物と戦うことになる。
そうして実戦経験を積んでから、仲間を作ってパーティを組んでから旅に出るのだ。
能力によっては王国軍と行動する場合もあるが、基本的には少数精鋭での旅となる。
その方が素早く行動できる上、敵の感知からも逃れやすいのだ。
勇者なんて聞こえは良いが、実際は暗殺者に近い。
各国の軍を陽動にひっそりと動き、不意を突いて魔王の幹部を始末する。
堂々と各地で人助けする勇者は、陽動として勘定される。
無理な善行はどこかで破綻し、魔族に敗北する羽目になる。
常に命を狙われる勇者は居場所を知られやすい。
派手な行動をすれば尚更だろう。
結果的に寿命を縮めることになる。
俺はその中でも例外だった。
単独行動でひたすら魔王軍を虐殺し、急速に成長していった。
当然、幾度となく魔族の刺客を仕向けられた。
俺はそいつらをまとめて叩き斬って強くなった。
(それでも魔王には届かなかったのだから、情けない話だが……)
嫌な過去――いや、未来を思い出しながらゴブリンを撃ち殺す。
解体して魔石を回収して、薄汚い布袋に詰め込んだ。
(銃の扱いにも慣れてきたな)
やはり装填に時間がかかるため、連続して撃てない。
ただ、補助武器としては十分に優秀であった。
右手に剣、左手に拳銃を持つスタイルだ。
先制攻撃で発砲し、ホルスターに差したもう一つの銃と交換すれば二発までは連続で撃てる。
距離を詰められたり、射撃を外した場合は剣で止めを刺せばいい。
もちろん余裕がある時は二丁拳銃スタイルも練習していた。
相手の懐に飛び込み、射撃と体術を織り交ぜて始末するのだ。
現在の性能だと狙撃には適さないので、必然的にそんな戦いになる。
選定の影響により、二つの拳銃はやたらと頑丈だった。
鈍器として扱えるのは、何気に大きな利点だろう。
そうやって俺は、様々な戦い方を試行錯誤しているのであった。
「おっ」
焼いた狼肉を齧りながら散策していると、魔力探知に新たな反応があった。
こちらに近付いているようなので、拳銃の装填しながら待ってみる。
荒い息遣いでのっそりと現れたのは猪の魔物だった。
黒い毛に覆われて、出っ張った額が特徴である。
「ようやく会えたな」
俺は笑いながら言う。
この猪の魔物は、この地域でも上位に位置する存在だ。
森の奥地に生息しており、中堅の冒険者が束になっても全滅しかねない難敵である。
出会ったらすぐに逃走するのが最善と言われていた。
しかし、それは一般的な冒険者の話だ。
俺からすれば絶好の獲物であった。
強い生物を殺せば、それに見合う肉体強化が期待できる。
ずっと探していたのだが見つからず、困っていたところだったのだ。
俺の姿を認めた猪は、下を向いて突進をかましてくる。
地面を抉るほどの脚力による急加速だ。
直撃すれば骨折だけでは済まないだろう。
(あいつの頭蓋骨は硬すぎる。馬鹿正直に相手をするのは不味い)
出っ張った額は正面からの攻撃を弾くし、魔術的な耐性も持っている。
突進時の頭の角度は、その強みを活かすための習性だった。
俺は猪の進路から飛び退いて、樹木の陰に身を移した。
あいつが急な動きに対応できないのは知っている。
突進力と引き替えに小回りを捨てているのだ。
案の定、猪はすぐそばを通り抜けて別の樹木を粉砕した。
その樹木をへし折りながら方向転換すると、俺を狙って再び突進してくる。
(猪突猛進とはこのことか)
俺は剣を腰に吊るして二丁拳銃スタイルを取った。
まずは右の銃で猪を撃つも、弾は額に弾かれる。
紙一重で突進を躱しながら考察する。
(やはり効かないか。威力が不足している)
想定の範囲だ。
自作拳銃で貫けるほど猪のタフネスは甘くない。
三度目の突進を前に、俺は左の拳銃を持ち上げた。
今度はグリップ部分から銃身へと魔力を込めてから発射する。
青い光を帯びた鉛玉が放たれて、飛び込んできた猪の額をぶち抜いた。
鮮血が霧状になって後方へと噴き上がる。
その中には骨片や脳漿も混ざっていた。
猪はふらついて樹木に衝突すると、そのまま倒れて動かなくなる。
「はは、さすがにヒヤッとしたな」
俺は拳銃を回してホルスターに仕舞う。
そして、痺れる左手を振った。
発砲の衝撃にやられたのだ。
猪の額を貫いたのは、魔力が増えたことで使えるようになった技だ。
魔力で拳銃と弾と強化して撃つのである。
言うなれば即席の魔弾と言えよう。
威力はご覧の通りだ。
通常弾では猪に難なく弾かれるが、魔弾なら一撃で沈められる。
凄まじい貫通力であった。
武器に魔力を流す技能は、この世界では普通に知られている。
身体強化の延長線で、汎用性が高い術だ。
特に勇者が選定した武器は強化倍率が非常に高い。
だから特別扱いされるし、数々の英雄の中でも一級なのだ。
ちなみに武器強化はコツがいる。
本来なら習得にそれなりの年月がかかるが、俺は逆行前に愛用していた。
その感覚が残っていたので、こうして問題なく使用できた。
武器は異なっても、発動に不都合はないようだ。
俺は猪の腹を切り裂いて、肉に埋まった魔石を抉り取る。
それを仕舞ってから移動を再開した。
(もうそろそろ挑戦できそうだな)
一晩に及ぶ鍛練で、この程度の相手なら倒せるようになった。
余力は十分にある。
同じ奴が同時に現れても対処可能だろう。
その上でさらなるステップに進みたい。
いつまでも森で鍛えるわけではないのだ。
だから、ここで区切りとなる戦いをしようと思う。
俺は森のさらなる奥へと踏み込んでいく。
絶対に踏み込んではならないとされる危険領域だ。
次の獲物は、この森を統べるボス級のモンスターであった。