第48話 勇者は手段を切り替える
その後、俺達は商業都市イェグルを出た。
近くを通る大河に沿って移動していく。
モアナは辺りをきょろきょろと見ながら疑問を呈した。
「どこに向かってるの?」
「この先にある渓谷だ。竜が生息しているんだ」
俺が答えると、今度はリリーが表情を曇らせた。
彼女は声を落としながら確認する。
「まさか……魔霧の谷ですか」
「知っていたのか。まさしくそこだよ」
魔霧の谷。
そこに住む一匹の竜は大の宝石好きだった。
人々から奪ってきた財宝を自分の鱗に張り付けているのだ。
元は泥色の体躯だが、コレクションによって煌びやかに飾り付けている。
俺はその竜を討伐して、イェグルの富豪に差し出すつもりだった。
巨万の富という表現すら霞むほどに価値がある魔物だ。
こいつを交換条件に出せば、さすがの富豪でも動かざるを得ない。
現在の俺では、勇者のネームバリューを発揮できない。
正規の手段では面会するのに相当な手間と時間がかかる。
したがって最速で交渉に入るには、これくらいの方法が必要だった。
リリーが不安そうなのは、宝石竜の討伐難度を知っているからだろう。
竜の中では弱く、国の軍隊が全力を以て仕掛ければ討伐できる。
しかし、実際に討伐するのは困難だった。
理由は二つある。
一つは宝石竜が纏う財宝だ。
強固な鎧と化して竜を守っている。
中には魔術的な効果を発揮する宝もあり、それらが竜のスペックを底上げしていた。
二つ目の理由は、生息地である渓谷そのものだ。
周囲には特殊な霧が蔓延しており、魔術が正常に作用しない。
これが魔霧と呼ばれる所以だった。
立ち向かう者からすれば、攻撃手段を大きく奪われることになる。
一方で環境に適応した宝石竜には何の影響もない。
これら二つの理由が合わさることで、宝石竜の戦闘能力を甚大なものにしていた。
長年、宝石竜が縄張りを独占できているのは、このような背景があるからだ。
(しかし、俺達なら倒せる)
魔霧は身体強化の類には影響が少ない。
魔力感知の精度は下がってしまうが、相手は財宝を纏う竜である。
派手な見た目なので、不意を突かれることはない。
唯一、リリーは氷魔術を使うものの、彼女のメインの戦闘スタイルは体術だ。
やはり魔霧の悪影響は大きくなかった。
渓谷という地形的な不利も、身体強化があるので関係ない。
むしろ上下に戦場を広げられるのでやりやすい。
宝石竜は狭い場所で戦うことになるので、やり方次第では有利に運べるはずだ。
何より俺にはトゥワイスがいる。
二度の進化を経て、初期状態からは信じられないスペックを獲得していた。
たとえ竜だろうと通用するパワーを秘めている。
その才能を確かめるには最適な相手だ。
富豪との交渉材料を手に入れるついでに、進化したトゥワイスの力もチェックしようと思う。




