第47話 勇者は面会を試みる
しばらく進むと、周囲の風景が変わってきた。
雑多なエリアが多いイェグルの中でも、この辺りは整然としている。
店舗の類も無理な増築はせず、規則に従ったような佇まいだ。
整えられた景観のその先には砦のような建物があった。
いや、それは実際に砦である。
外壁に使われる金属は独特の光沢を帯びていた。
表面からは魔力を感じる。
防御魔術の結界だ。
ちょっとやそっとでは破損しないように工夫されている。
窓などは一つもなく、砦の周囲には無数の見張りが配置されていた。
魔術のみにこだわらず、人間の目による監視も徹底しているらしい。
機能性のみを追求したその砦こそが富豪の邸宅だった。
少し遠くで足を止めた俺達は、堅牢な外観を眺めていた。
リリーは少し驚いたように呟く。
「大きな屋敷ですね……」
「この辺一帯が富豪の敷地なんだ。大金持ちってレベルじゃない」
店舗も含めてすべて富豪の資産である。
湯水のように金を使っても、収入として入る額の方が遥かに多いという噂だ。
ほとんど無限の富を持っているに等しい人物だった。
そんな人間とこれから交渉して、種探しの機器を譲ってもらおうとしている。
正直、魔族を倒すより難しいことだと思う。
モアナが不安そうに俺を見た。
「本当にこんな場所に入るの?」
「ああ、そうしないと問題が解決しない」
答えながら前に進んでいく。
別に緊張することはない。
ただ、気を引き締めないといけない場面ではある。
近付くほどに砦の大きさが強調される。
同時に見張りの視線が俺達に集まってきた。
ほとんど殺気に近い圧となって全身に突き刺さっている。
(とんでもなく厳重な警備だな……)
やがて見張りの一人がこちらに向かって声をかけてきた。
「何者だ」
「婦人に勇者が来たと伝えてくれ」
「面会の予約は取っているか」
「いや、取っていない」
「ならば帰れ」
見張りは冷淡に言い放つ。
交渉の余地はないとでも言いたげである。
俺は怯まずに話を続ける。
「話を伝えてくれないか」
「予約のない者を通すわけにはいかない。それ以上、こちらに進めば攻撃することになる。警告は一度しかしない」
「…………」
そこで俺は黙り、リリーとモアナを連れて引き返した。
見張りの目が本気だった。
ここでさらに反抗すれば、躊躇いなく攻撃してくるだろう。
そういう風に命じられているのだ。
富豪の財を狙う者は決して少なくない。
守護の役割を担う人間は、冷徹に動けるように指導されているに違いない。
来た道を戻る途中、モアナが残念そうに言う。
「追い出されちゃったね……」
「予想以上に厳しかったな。勇者を名乗ればいけると思ったが」
「最後に勇者が召喚されたのは何十年も前ですからね。現実的な名声は小さいかと思います」
「……そうか」
リリーの指摘で俺は気付く。
逆行前、俺は有名だった。
あれは魔族と狩りまくっていた時期で、世界最強の双剣士として知られていたのだ。
しかし現在、旅は始まったばかりである。
言ってしまえば無名に近い。
一応は活躍はしているものの、世界全土に名が伝わるほどではなかった。
アポなしで訪ねたところで特別扱いはされない。
とにかく、正面切っての面会は難しそうなのは分かった。
もう少し手段を考えねばならない。




