第4話 勇者は拳銃の性能を確かめる
武器は決まった。
次は強くならなければいけない。
二丁拳銃は手作りした武器だ。
既に選定の補正がかかっているが、誤差の範疇に過ぎなかった。
全体的な性能は劣悪で、王城で用意された武器の方が強い。
ただ、魔王討伐を考えると銃が最適解だろう。
成長させればきっと強くなる。
可能性を信じて育てるのだ。
俺が運命を共にしたあの双剣に追い付く――いや、あれを超えねばならない。
幸いにも逆行前の知識と技量がある。
肉体スペックは初期状態に戻ったが、また鍛え直せばいい話だった。
拳銃を手に入れた俺は、街を出て近くの森へと向かう。
少しでも力を取り戻すのが目的だ。
とにかく鍛練を重ねて底上げを目指す。
現在の戦闘能力は貧弱の一言に尽きる。
この時期の魔族はまだ暗躍が多いものの、いずれ活発になってくる。
魔王の封印も解けて復活し、勇者も狙われるようになる。
その前に強くなっておきたいのだ。
(封印場所が分かれば解決だが……)
魔王は数年後に復活する。
各国が封印場所を捜索したし、俺も必死になって探したが、結局は見つからず世に放たれたのだ。
何度か魔族を拷問して聞き出そうとした。
しかし、場所を誰も知らなかった。
幹部クラスでなければ共有されない極秘情報だったのだろう。
(復活の時期は把握している。上手くやれば、封印が間に合うのではないか?)
俺は魔王を倒すことばかりを考えて、封印解放の阻止を視野に入れていなかった。
先回りして復活を食い止められるのなら言うことはない。
リベンジに固執せず、もっと冷静にならなければ。
封印場所の捜索も行動指針の一つとして意識しておこうと思う。
何はともあれ、現状では力不足だ。
封印中の魔王を狙うにしても、解放後に再戦するにしても同じことだ。
(単独で魔族に勝てるくらいの実力は欲しいな)
今度について考えながら、俺は森を散策する。
意識を周囲に向けて、拳銃をいつでも撃てるように準備していた。
弾も装填済みだ。
その奥に火薬草と呼ばれる植物を詰めている。
火で炙ると小さな爆発を起こす性質を持つので、鉛玉を押し出す弾薬として使っている。
各種爆弾の材料として有名であり、俺も逆行前に使っていた。
咄嗟の目くらましに有効なのだ。
相手が怯んだ隙に斬り殺すことができる。
単純な戦法だが、これが意外と便利だった。
何度か命を助けられたことがあるほどで、だから扱いも心得ている。
(今回もさっそく活躍しているな)
折り畳んだ火薬草を銃口に詰めて、細い鉄の棒で奥まで押し込む。
同じ要領で鉛玉を装填することで俺の拳銃は射撃できる。
故に火薬草は必須の存在だった。
森に自生しているので、見つけたら採取しようと思う。
「ん?」
俺は足を止めて前方を睨む。
魔物の気配だ。
屈みながら移動して、茂みの向こうに注目する。
猫背気味の小柄な体躯。
薄汚れた緑色の肌。
腰巻きと布袋を身に付けたそいつは、古びた剣を持っている。
そこに立つのはゴブリンだった。
弱い魔物の代表格だが、意外とずる賢い一面があるので、冒険者の間では"初心者殺し"の異名で呼ばれる。
(周囲に他のゴブリンはいないな)
狩りの最中に仲間とはぐれたのか。
一匹で徘徊とはちょうどいい。
こちらには気付いていないので、試し撃ちの的になってもらおうか。
中庭での試用では、金属鎧を貫いたのだ。
威力面は及第点である。
あとは魔物にもどれだけ通用するかを確かめたい。
(避けられないタイミングで狙うか)
俺は草むらから観察する。
ゴブリンはその場に座り込むと、布袋から木の実を取り出した。
それを美味そうに齧り始める。
こちらに隙だらけの背中を晒していた。
(絶好のチャンスだな)
右手の拳銃だけを持ち上げて、狙いを定める。
数秒後、俺は引き金を引いた。
装着した魔道具が火を発し、詰め込んだ火薬草が反応する。
その炸裂が鉛玉を銃口の外へと飛ばした。
銃声と共にゴブリンの背中に穴が開く。
腰に近い部位だ。
弾が腹まで突き抜けて、近くの樹木に刺さるのが見えた。
ゴブリンは喚きながら悶絶する。
重傷だが即死ではなかった。
血を流しながらも、なんとか立ち上がろうとしている。
(頭部を狙ったつもりなんだがな)
やはり思い通りにはいかないようだ。
俺の技量もあるが、拳銃の精度が問題だろう。
その辺りも考慮して狙いを付けなければ。
俺は茂みを抜けてゴブリンに近寄る。
ゴブリンは憎々しげに見上げてくるも、抵抗らしい素振りは見せない。
激痛で動けないようだ。
「ふむ」
俺は右の拳銃を自作ホルスターに仕舞うと、ゴブリンの剣を拾い上げた。
刃こぼれした粗悪品で、中途半端な長さだ。
ただ、手入れすれば使えるだろう。
「悪くないな」
銃だけでは心許ないと思っていたのだ。
街では金が足りず買えなかったので、貰っておこうと思う。
弾切れ時の保険としては上等だろう。
逆行前の俺は剣士だった。
扱いには慣れている。
この森に生息する魔物は弱いので、古ぼけた剣でも事足りるはずだ。
ゴブリンを刺し殺していると、背後の茂みが揺れる。
飛び出してきたのは、角を持った狼の魔物だった。
「おお」
狼が噛み付こうとしてくる。
俺はその口に左の拳銃を突っ込んで発砲した。
鉛玉は狼の口内を破り、後頭部を粉砕して突き抜ける。
狼は勢い余って地面を転がった。
脳漿をぶちまけながら痙攣し、やがて動きを止める。
気配を抑えて奇襲したつもりだったろうが、俺は気付いていた。
探知能力には自信があるのだ。
隠密に優れた魔族とは何度も戦っている。
奴らに比べれば、一般的な魔物の奇襲は看破できる。
俺は剣の血を振り払うと、左の拳銃もホルスターに収めた。
「無事に勝てたな」
二連戦を切り抜けることができた。
拳銃は魔物にも通じるようだ。
距離が近ければ外すこともなく、急所を撃ち抜くことで即死させられる。
ゴブリンと狼を倒したことで、体内魔力の増加を感じる。
彼らの蓄えてきた力を吸収したのだ。
俺は取りこぼしがないように吸収の出力をコントロールする。
これで普通より強化効率が高まる。
積み重ねれば大きな差になるだろう。
「この調子で強くなっていくか」
俺は二つの死体を剣で解体して、体内の魔石を採取する。
見た目は濁った赤い結晶だ。
どちらも飴玉くらいのサイズである。
この部位こそ、魔物の特徴だった。
彼らの力の源となっており、様々な道具の材料や魔術の触媒になる。
売って金にできるし、武器の強化にも使える。
砕くことで咄嗟の魔力回復にも使用可能だ。
何かと便利な部位である。
死体を持ち歩くのは面倒だが、魔石は回収すべきだろう。
(それにしても、課題は山積みだな……)
直前の戦闘を振り返る。
ゴブリンと狼を殺す際、俺は銃を無理に使っていた。
剣だけをやれば、もっと迅速に仕留められたろう。
戦闘スタイルを最適化できていない証拠だ。
拳銃が一発ずつしか撃てないのも難点である。
今の構造だと、戦いながらのリロードは困難だ。
連続で撃てるリボルバー式やオートマチック式がベストだが、自作の領域を超えてしまう。
仕組みが分からないので再現は不可能だ。
(魔術で連射構造を考案するのが妥当か?)
俺は魔石を弄びながら悩む。
幸いにも魔王という宿敵の戦い方を知っているのだ。
あいつが苦手とする勇者になっていけばいい。
弱点が明らかになるのは悪いことではない。
反省して改善に努められるからだ。
悠長にやっている暇もないが、焦りすぎも良くない。
(一つずつ解決していこう。俺はまだ強くなれる)
森を徘徊しながら、魔力を用いた探知を使う。
そして、近くの魔物から片っ端に始末していく。
手っ取り早く強くなりたいのなら、魔物を殺しまくるのが最適なのだ。
回数をこなすことで二丁拳銃に慣れることもできる。
命を奪うたびに身体能力が高まり、体内の魔力量が増幅した。
魔物が弱いので一度の上昇は微量だが、数を揃えれば自ずと成果は出てくる。
戦えば戦うほど、俺は着実に強くなっていく。
日暮れを過ぎて夜になった。
俺は街に戻らず、ひたすら魔物討伐を続ける。
身体強化の応用によって、不眠不休で動けるようになっていた。
同じく視力の強化で闇も見通せる。
今の俺からすれば、森は昼夜が変わろうと同じ環境だった。
これで魔物達に遅れを取ることはない。
むしろ寝静まったところを強襲できるのだから好都合だった。
肉体の酷使で負荷がかかるも、じきに慣れるはずだ。
この程度で弱音を吐いている場合ではない。
魔王の復活は刻一刻と迫っている。
前回の俺を超えるため、夜の森でひたすら奮闘を続けた。