第36話 勇者は覚悟を決する
(この現象には見覚えがある)
魔族が暗躍する際に使うアイテムだ。
人間を怪物へと変貌させる呪具で、種のような形をしている。
飲み込んだそれは体内に根付き、宿主の意志に従って発芽する。
そうして肉体の変異を促進させるのだ。
種自体は魔力感知に引っかからず、専用の器具がなければ探知できない。
さらに変貌中に攻撃すると、不安定な魔力が大爆発を起こす。
したがって変貌を食い止めたり、怪物として完成する前に殺すのは困難だった。
非情に厄介な魔族の産物である。
「ふ、はははは、ヒヒッ……貴様はもう、終わりだ! 殺す! ここで殺してやるぞォ!」
高笑いをする領主の声がだんだんと歪んでいく。
肥大化した筋肉が衣服を破り、脈動しながら硬質化していった。
頭は獣のように変形する。
牙を剥き出しにして、爬虫類に似た瞳で俺を見下ろしていた。
(なんてことだ。領主は魔族と繋がっていたのか)
怪物化の種はもっと後の時代に登場するはずだった。
この時期の魔族はかなり慎重で、表立って騒ぎを起こさずに水面下で暗躍していた。
まさかこの段階で種を使うとは想定外だった。
俺は部屋の反対側に退避しながら舌打ちする。
トゥワイスのエネルギー弾なら、変貌しかけの領主を抹殺することも可能だ。
しかし、それをやると大爆発が起きてしまう。
身体強化を用いれば死ぬことはないが、屋敷の人々に少なからず被害が出るだろう。
それは避けたい事態だった。
(変貌を遂げるのを待つしかないな)
俺は長年の経験からそう判断する。
発芽した人間、基本的に救うことはできない。
殺すのが最適解だった。
領主は悪政どころか魔族と癒着していた。
具体的にどの時期からなのかは不明だが、逆行前も何らかの繋がりがあったのだろう。
そして、あるタイミングで決裂した。
ネリアは魔族の襲撃を受けることになり、その時に領主も死んだ。
俺の行動は悪事の露呈を早めたらしい。
「トゥワイス、やるぞ」
「Roger!」
相棒の二丁拳銃もやる気だった。
俺は思考を逆行前のそれへと切り替えていく。
暗黒の荒野で、孤独を味わいながら魔族を狩り続けた日々だ。
何も躊躇うことはない。
俺は目の前の敵を始末するだけだ。
領主に関与する魔族も気になるが、幸いにも目星は付いていた。
今は倒すことだけに集中しようと思う。
俺が決心する一方、領主の変貌も完了した。
そこに立つのは、オーガのような体躯を持つ怪物だった。
紫色の毛に覆われて、頭部は角の生えた狼だ。
凶暴な双眸は、はち切れんばかりの殺意を湛えている。




