第32話 勇者は決断する
その日の夜、俺はネリア内の宿屋にいた。
鍛冶師親子との話し合いが日没まで長引いて、急遽ここを寝泊まりの拠点として確保したのだ。
彼らとは一緒に夕食を食べた後、話の続きは明日にすると決めた。
トゥワイスは向こうに預けてある。
モアナの父が明日までに簡易的な改造を施してくれるそうだ。
劇的な変化はないものの、基礎性能の向上に繋がるという。
だからそのまま渡してきた。
選定した武器を手元に置かないのは、不安になりかねない状況だ。
万が一の盗難や紛失、破損が考えられる。
しかし、その辺りの心配はしていなかった。
俺はあの親子を信頼している。
もし誰かに盗まれたとしても、トゥワイスの魔力を感知できる。
ちゃんと俺の魔力も分け与えているため、どれだけ離れても追跡できるのだった。
不定期に感知で確かめているが、トゥワイスはちゃんと鍛冶屋にある。
何も不安がることはない。
暇潰しに双剣の手入れをしていると、部屋の窓がノックされた。
見れば闇に紛れるようにしてリリーがいる。
「ただいま戻りました」
俺が鍵を開けると、彼女は滑るようにして入室してきた。
宿泊場所は伝えていなかったので、何らかの手段で特定したようだ。
彼女は優れた密偵である。
それくらいは朝飯前なのだろう。
俺は双剣を仕舞いながら尋ねる。
「どうだった?」
「領主は黒ですね。複数の違法事業を展開して私腹を肥やしています。特にこの街の支配力は顕著で、賄賂や買収、冤罪による蹴落としが頻繁に行われていたようです。他国との癒着を裏付ける資料も見つかりました」
「思ったより酷いな」
「国王や他の有力貴族に多額の資金を提供することで、過度な搾取や違法事業を黙認されてきたのでしょう。まさかここまで悪質とは思いませんでしたが……」
リリーは深刻そうに説明する。
短時間での調査でこれだけのことが判明するとは、彼女がどれほど有能なのか一目瞭然だった。
ここからさらに調べれば、余罪はもっと見つかるのだろう。
「鍛冶師の専属化に関する資料は見つかったか?」
「はい。ネリアの財源の一本化と独占が狙いなのでしょう。円滑な事業展開を建前に、強引な抱え込みを推し進めています」
「やはりそうか」
俺は予想通りの展開に唸る。
あまり的中してほしくなかったことだ。
ここの領主は、鍛冶師を不当に管理しようとしている。
「反発した者はどうなっている?」
「何らかの罪で拘束されるか、ネリアからの追放処分を受けているようです」
リリーは淀みなく答える。
いい加減なことを言っている雰囲気ではない。
彼女は領主の屋敷等で物証となる資料を見つけたに違いない。
(モアナの父は、この一件で処分されたのだろうか)
俺は報告内容から予測する。
死因が判然としなかったが、さすがにこれは関係ありそうな気がした。
もし杞憂だとしても、この街の状況はあまり良くない。
何にしても改善すべき段階にあるのは確かだった。
リリーは険しい顔で俺に問いかける。
「どうしますか? 領主は悪事を働いていますが、経済面では随一の発展を促しています。魔王討伐には関係のないことですし、黙認するのも手かと」
「……領主は俺が裁く。ここで悪を逃せるほど落ちぶれてはいない」
何も迷うことはない。
俺は一つの覚悟を胸に据えながら答えた。




