第3話 勇者は武器を選定する
俺は堂々と城を出る。
ワイシャツにジーパン、安物のスニーカーという格好だ。
手には銀貨の入った革袋を持っている。
国王から支給されたものである。
俺がいきなり出て行くことに反対みたいだったが、こちらの意見を押し通す形となった。
表立って異論を唱えられず、悔しそうにしていたのが印象的だ。
俺の強さを目の当たりにしたので、傲慢な態度を取れなかったのだろう。
(勇者という戦力を支配下に置いてコントロールしたかったに違いない)
最初から強いのなら尚更だ。
きっと傀儡として都合よく利用してくる。
だから俺はこのタイミングで離脱したのであった。
この国は腐敗している。
見栄と利益を優先する節が散見された。
執政者からすると仕方のない事情があるのかもしれないが、魔王討伐に関係ない。
逆行前、召喚されたばかりの俺は右も左も分からず無力だった。
王国の方針に従って強くなったわけだが、今回は我流で構わないだろう。
彼らの言うことに応じる義理はない。
最適な道を進むつもりだ。
それに俺の行動は王国にもメリットを及ぼす。
勇者が活躍しているという宣伝となり、国内外にアピールできる。
別に俺は追放されたわけではない。
名目上は王国に所属する勇者であった。
命令には応じないが、名声を献上することになる。
国からしても悪い話ではないのではないか。
他の勇者は放置するつもりだ。
いずれ強くなったら、魔王討伐の仲間にしれてもいいかもしれない。
現在は自分のことで精一杯だった。
他人の世話をしていられるほどの余裕はない。
彼らがある程度の能力を得た段階で、仲間に勧誘するか判断しよう。
今のところは王国に任せてしまうのがいい。
(それより俺の武器だ)
金は手に入った。
大した額ではないものの十分だ。
俺の求める武器は、この時代には存在しない。
だから自作する。
その材料を買うのに金が欲しかったのだ。
さっそく俺は城下街を巡り、目当ての材料を買い揃えていく。
材料が集まったところで鍛冶屋の店主と交渉し、作業場を借りた。
「さて、これで準備完了だ」
机の上に材料を並べて、借りた道具を握る。
設計図はないが問題ない。
作り方は知っている。
俺の求める武器は、逆行前に知人の鍛冶師が開発したものだった。
自慢げに設計図を見せられたので、だいたいの仕組みは分かる。
(確か試作品と言っていたっけな)
単純な機構なので模倣は可能だろう。
そこにアレンジを加えて、完成へと持ち込んでいく。
ただし、俺はこういった製作の素人だ。
不器用ではないが、得意分野でもなかった。
興味深そうに見てくる鍛冶屋の店主に協力してもらいながら進めていくことにしよう。
少しだけ金を払ったら、店主は喜んで手を貸してくれた。
材料を加工してパーツごとに整理する。
時には既製品を解体し、部品を流用することで過程を飛ばす。
すべてを一から作ることはない。
可能な範囲は楽をしていくべきだろう。
そうして休憩を挟みながら作業すること数時間。
俺の前には完成した武器が置かれていた。
「……よし、出来たな」
俺は汗を拭いながら息を吐いた。
一緒に手伝ってくれた店主と拳を合わせて笑う。
完成したのは、二つの拳銃であった。
短い銃身に角張った持ち手。
微妙にぐらつく箇所もあり、全体的に不格好だ。
事前知識がなければ、ただのガラクタに見えるだろう。
本当に最低限の性能だが、ひとまず形にはなった。
「これで一安心だ」
俺は動作確認を行う。
入念に点検するも、とりあえず使えそうだった。
これは現代の銃とは違う。
古めかしい先込め式で、構造的には火縄銃に近い。
銃口から火薬と弾を入れて撃つタイプなのだ。
撃鉄部分には発火する魔道具を装着しており、引き金に連動して機能するようになっている。
こいつが火薬に着火する仕組みだった。
部品が足りなかった都合で、二つの拳銃は見た目が違う。
本当は揃えたかったのだが仕方あるまい。
今はこれで納得するしかないだろう。
(こいつが、魔王討伐の鍵になる)
俺が選んだ戦闘スタイルは二丁拳銃だ。
魔王を倒すにはリーチが必須である。
以前までとは比べ物にならない射程だった。
銃ならばそれをクリアしているだろう。
現実の拳銃は射程が短めだが、ここは異世界である。
魔術の応用でその辺りはどうとでもなる。
とにかく、遠距離攻撃が可能という点が重要だった。
さらに二丁拳銃は、双剣と同じく二つの武器を扱う。
運用はまるで異なるものの、多少なりともノウハウを活かせそうな気がした。
自作銃は貧弱な性能で、欠陥品とも言える状態だ。
ただし、勇者が選定した武器は共に進化する。
今は弱いが、いずれ強くなるだろう。
具体的にどうなるのかは未知数だ。
それでも希望は見えている。
これならば魔王に対抗できると確信していた。
俺は拳銃を作業台に並べると、手をかざして宣言する。
「――これらを勇者の武器に選定する」
刹那、二つの拳銃が光に包まれた。
光は沈むようにして消えていく。
拳銃の見た目に大きな変化はない。
ただ、所有者である俺と魔力的な繋がりが形成されたようだ。
武器としての格が跳ね上がっている。
これこそが勇者の特性であった。
唯一無二の武器を生み出す選定という能力だ。
かなりイレギュラーな自作武器にも適用されるらしい。
「ふむ」
俺は二つの拳銃を握ってみる。
左右で重さが違う。
グリップの角が指に当たって少し痛い。
後ほど調節しないといけない。
「これで敵を撃つのか」
銃を扱うのは初めてだった。
元の世界のゲームに登場したくらいである。
しかし、俺は長年に渡ってこの世界で戦い抜いてきた勇者だ。
初めての武器でもすぐに使いこなせる自信があった。
(まずはどんな具合かチェックするか)
俺は作業場の裏にある庭へ赴いた。
そこには傷だらけの丸太や、使い込まれた的などが設置されている。
武器の試用スペースとなっている場所だった。
鍛冶屋の店主は、興味深そうに拳銃を注視している。
「ここで見物してもいいか?」
「もちろん。よかったら意見を聞かせてくれ」
さっそく二丁拳銃の性能を確かめることにした。
いきなり実戦は不安なので、まずはここで使い心地を知ろうと思う。
少し手間取りながら弾を装填し、鎧を着せられた丸太の前に立つ。
両脚を肩幅まで開いて、二つの拳銃を丸太に向けた。
(思ったより狙いが付けにくいな)
照準器が付いていないため、感覚で微調整するしかない。
反動で手を痛めないように身体強化を施し、引き金にかけた指に力を込めて発砲する。
乾いた銃声が響き渡った。
二つの銃口が火を噴き、その中から球状の鉛玉が飛び出す。
そのまま直進して丸太に炸裂した。
「お、どうだ?」
俺は銃を下ろして成果を確認する。
弾は鎧を貫通し、丸太に数センチほどめり込んでいた。
それぞれ腹と肩に命中している。
狙ったのは胸部なので、精密性には難があるようだ。
まあ、命中しただけ上出来だろう。
「すげぇな、これは……」
店主も仰天している。
この世界にはまだ存在しない武器なのだから当然だろう。
目を白黒させて拳銃を観察している。
(とりあえず銃として使えたな)
俺は拳銃を回して微笑む。
お世辞にも強いとは言えないし、接近戦で戦う方が楽だろう。
しかし、俺はこの武器を鍛え上げねばならない。
標的は魔王だ。
逆行前は敗北したが、次は必ず勝ってみせる。
二丁拳銃はそのための布石だ。
――この日、俺は双銃の勇者になったのであった。