第28話 勇者は策を打つ
「あっ」
俺は思わず声を洩らすも、そのまま通り過ぎる。
背後で件の鍛冶師が振り向く気配があったが、そちらは見ないようにする。
俺は知人だと思っているが、向こうからすれば初対面だ。
いきなり話しかけたら不審がられてしまう。
トゥワイスの強化も進行しているのだ。
ここであえて接触する意味もあるまい。
「どうかされましたか?」
「いや。何もない」
俺はリリーに答えながら歩き出す。
色々と鋭い彼女は何かを察しているが、わざわざ口に出したりしない。
きっと空気を読んでくれているのだろう。
もし詳しく訊かれたとしても、何と説明すればいいのか分からなかった。
逆行についてもまだ話そうとは思っていない。
そうなると、納得のできる嘘を作れる自信がなかった。
やはり黙るのが一番だろう。
ある程度歩いたところで、俺は考えていたことをリリーに伝える。
「それより、少し頼みたいことがある。領主について調査してくれないか」
リリーの顔つきが変わり、仕事モードになった。
さすがは元密偵である。
この辺りの切り替えは徹底しているようだ。
「……具体的にどういった内容を探ればいいのでしょう」
「鍛冶師の専属化について調べてほしい。もしかすると、さっきの鍛冶屋が狙われているかもしれない」
「それは不味いですね。分かりました、調査します。二日以内にはご報告できるかと」
「頼む」
俺が頷くと、リリーは素早く動いて人混みに紛れた。
あっという間に気配が薄れて感知できなくなる。
街中は兵士が巡回し、各所で目を光らせているが、リリーの姿を捉えることはできないだろう。
よほど精密な結界でもない限り、彼女はどこにでも忍び込めるはずだ。
領主の住まいだろうと問題なく調査できるに違いない。
(できれば穏便に済ませたいがな)
俺は背嚢を漁り、中に入っている二本の短剣を確認する。
刃には布を巻いてあった。
この短剣は、道中に魔物から奪った代物だ。
元は冒険者の遺品だったと思われる。
魔術的な効果はなく、ただの古ぼけた短剣である。
一方は緩く湾曲し、刃が分厚くて切れ味が悪い。
斬るというより叩き潰すための武器だ。
もう一方は両刃である。
柄は空洞となっており、何か道具を入れられるスペースになっていた。
しかし、俺には不要なギミックだろう。
現在、トゥワイスは鍛冶師に預けている。
それまで丸腰というわけにもいかないので、念のために予備の武器は携帯していたのだ。
(今後の戦いでも、トゥワイスが使えない場面があるかもしれないからな)
二本の短剣は選定した武器ではない。
質も相応に低いが、双剣は俺が最も使い慣れた戦闘スタイルだ。
繋ぎとしては十分と言えよう。
これで万が一のことがあっても対処可能だった。




