第2話 勇者は再び召喚される
意識が戻ると、俺は白を基調とした明るい室内にいた。
床には赤い絨毯が敷かれて、窓ガラスの向こうからは温かな日光が差し込んでいる。
足元には複雑な紋様を描く魔法陣が描かれていた。
周りには貴族や騎士が並び、前方には国王が腰かけている。
その妻と子供達もいた。
(随分と懐かしい光景だな)
俺は瞬間的に状況を理解する。
時の女神の涙により、無事に過去へ逆行できたのだ。
肉体も若返っている。
これは日本から召喚された直後だろう。
実質的なスタート地点である。
命を費やす勢いで魔力を注いだが、その甲斐はあったようだ。
(他の勇者もいるな)
両隣を見やると、困惑する四人の男女の姿があった。
突然の事態に驚いている。
俺と同じくこの世界に召喚された者達だ。
全員が道半ばで戦死したが、果たして今回はどうなるのか。
若い身体の調子を確かめていると、国王が朗々と話し始めた。
「よくぞ来てくれた、異界の勇者達よ。そなたらには重大な使命がある――」
そこから国王からの説明が始まった。
ただ、俺は知っている内容なので聞き流す。
数百年前に施された魔王の封印が解けかけている。
このままだと、魔王が復活して世界を支配されてしまう。
だから封印場所を突き止めて、再封印するのが勇者の目的だった。
封印解放を目論む魔族の排除も使命の一つである。
(逆行前、俺達は失敗した)
封印場所が分からないまま魔王が復活し、軍勢を築きやがったのだ。
そして、人類との全面戦争に持ち込まれた。
最終的に俺と魔王の一騎打ちとなり、結果は惨敗である。
逆行による逃亡を選ばなければ、世界の命運は潰えていたろう。
(それにしても、前の記憶は俺しか持っていないようだ)
すべてが過去に戻ったらしく、違和感を覚えている者はいない。
俺以外にとっては、通常通りに時が進んでいるようだ。
女神の涙を使った俺だけが、逆行前の記憶を保持できたのだと思う。
(事情説明がややこしい。このことは秘密にしておくか)
そう心に決める間に、国王の話は次のステップ――すなわち武器の選定に移っていた。
数人の騎士が、俺達の前に大きなテーブルを運んでくる。
そこに様々な武器を並べ始めた。
剣、槍、斧、弓、杖。
他にも色々あった。
俺の選んだ双剣もラインナップに含まれている。
勇者は、この中から自分に合う物を選び取るのだ。
(大事な選択だな。ここですべてが決まる)
この世界では、倒した相手から力を吸収できる。
それによって身体能力や魔力量が増幅する。
勇者の場合、選定した武器も強化される。
使い手によって独自の発展を遂げるため、唯一無二の効果に目覚めることもあった。
異界の英雄が重宝されるのは、これが所以だった。
武器を選び取るという行為に特別な力が伴う。
共に成長できるように変化させるのだ。
そのため用意される武器は、元から高性能な物が揃えられている。
(勇者の選定は、一度しか使えない能力だ)
途中で武器を変えても恩恵は受けられない。
だから召喚直後にお膳立てされる。
下手な武器を選定するのは、非常にもったいないからだ。
(俺は格好いいから双剣を選んだんだよな)
ゲームでも双剣キャラを使いがちで、そんな安直な理由で決めた。
もっとも、後悔はしていない。
実際に数々の魔族を倒せるまでの強さを得たのだから。
まあ、もう少し慎重になるべきだったと今は思う。
他の勇者達は早くも悩んでいた。
重大な選択だから当然だ。
俺みたいに軽率に選ぶ方が問題である。
(魔王の能力は、この時点では不明だった)
いくつか伝承が残っていたものの、表現が曖昧だったり内容が矛盾していた。
そのせいで魔王の戦闘スタイルが判然とせず、選定の参考にならなかったのだ。
実際は典型的な魔術師タイプであった。
遠距離における絶対的な破壊力を持ち、魔術の回転率も馬鹿げている。
近接武器では到底敵わないだろう。
改めて考えても、俺の双剣はやはり相性が悪い。
工夫すればどうにかやれるかもしれないが、逆行前を凌駕する鍛練が必要だろう。
とても現実的ではないし、根本的な対策をすべきである。
(魔術師を仲間にしてサポートさせるか?)
他者に頼る方針は良くない。
単独行動に固執するつもりはないが、仲間の死も視野に入れなくてはいけなかった。
また一人で戦うことになった時、また同じような展開で負けては意味がない。
近接武器で勝てないのなら、こちらも遠距離攻撃が可能な武器を選ぶのが妥当であろう。
(そうなると、何を選定すべきだ?)
俺は並べられた武器を前に思案する。
遠距離攻撃となると、弓は悪くない。
一撃の威力は高く、射程も申し分ない。
連射力に難があるものの、そこも魔術と組み合わせることで解決できる。
ただ、少し性に合わない。
近接戦闘を不得手とする点も見逃せなかった。
杖による魔術特化も、選択肢から除外した方がいいだろう。
魔王と同じ戦法になるからだ。
向こうはその方面に特化している。
付け焼刃で挑むのは無謀すぎる。
これから鍛練を重ねるにしても、魔王の凌駕するのは難しいのではないか。
(逆行前の技術を活かせるのがベストだ)
双剣のように、二つの武器を使いたい。
それでいて遠距離攻撃にも対応できなくてはならない。
連射力と威力を両立して、可能なら近接戦闘もこなせる武器だと嬉しい。
我ながら無茶なオーダーであった。
それでも見つけなくてはいけないのだ。
魔王討伐の第一歩だ。
わざわざ時間を巻き戻したのだから、その利点を存分に活かさなくては。
そうして悩んだ末、俺は答えに辿り着く。
(――あの武器しかないな)
色々な可能性を想定した。
魔王との対決をイメージすると、自ずと最適解は絞られる。
俺は脳内で何度も確認して、ついに決意する。
「よし」
俺は他の勇者を横目に踵を返して、部屋を出ようとする。
すぐさま行く手を阻むように騎士達が動いた。
睨み合いの間もなく、後方の国王が呼び止めてくる。
「待て。選定はまだ終わっておらぬぞ」
「ここに俺の求める武器はない」
辿り着いた結論はそれだった。
魔王を超えるための武器は、用意された中には存在しない。
無理に選定したところで、半端なことになる。
だからここを出て行こうと思ったのだ。
欲しい武器を早く手に入れなければいけない。
すると、騎士の一人が怒鳴り声を上げた。
「き、貴様! 陛下に対して何たることを――」
「旅の資金をくれ。無一文では困るんだ」
無視して要求した途端、室内の空気が一変する。
目の前の騎士達は、殺気に近いものを発散していた。
(しまったな。急ぎすぎた)
現在の俺は召喚されたばかりだった。
事情を聞かされただけの人間で、武器の選定も終わっていない。
勇者としても半人前と言えよう。
そんな奴が勝手な行動を取ろうとしているのだ。
挙句、言動も身勝手と来た。
反感を買うのも仕方ない。
早い話、俺の行動は空気を読めていなかった。
(誰かと会話するのも久々だから、その辺りを考慮できなかったな。言い訳にはならないが)
逆行前、俺は単独で魔王軍の支配域を進んでいた。
魔族と殺し合うのが日常で、誰かと話す機会なんて皆無だった。
その弊害でコミュニケーション能力が衰えているようだ。
(反省するが、引き下がるつもりはない)
それはそれとして、ここまでやってしまったのだ。
どれだけ非難されようと、やるべきことは遂行した方がいい。
俺は国王に自分の意見を述べる。
「ようするに魔王を倒せばいいんだろう? 俺は俺のやり方で強くなるから放っておいてくれ」
王国は保護下で勇者を育成するつもりだ。
しかし、そんな待遇は俺には不要であった。
それより武器の入手を優先したい。
現金だけ支給してくれれば十分だった。
先ほどと同じ騎士が、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「放っておいてくれだと? そのようなことが許されると思っているのか!」
「許可は求めていない」
押し通ろうとすると、騎士達から槍を向けられた。
あと二歩くらい進めば突き刺さりそうだった。
騎士のうち一人が国王に指示を求める。
「陛下!」
「うむ。その勇者を捕縛するのだ」
国王が面倒そうに命じた。
それを聞いた俺は騎士達を説得にかかる。
「手荒な真似はしたくない。通してくれないか」
「若造が調子に乗りおって……その性根、叩き直してくれるっ!」
老齢の騎士が槍の上下を反転させて、石突の打撃を放ってきた。
穂先ではなく石突なのは、不殺の配慮だろう。
さすがに殺すわけにはいかないと分かっているようだ。
俺は迫る攻撃を見ながら考える。
(やりすぎないように手加減しないとな)
体内の魔力を探る。
魔王と対決した全盛期に比べると微々たるものだった。
(初期状態の勇者なんてこんなものだろう)
俺は僅かな魔力で身体強化を発動し、繰り出された石突を片手で受け流す。
さらに老騎士の懐に飛び込むと、手刀を首筋に添えた。
寸止めしたので傷付けてはいない。
老騎士は驚愕し、俺の手刀を凝視して固まる。
「な……っ!?」
「これが俺の実力だ。素人でないのは伝わったと思うが」
俺は手を下ろして老騎士から離れる。
敵意がないことを示しながら周囲の反応を窺った。
「ま、まさかロドス卿より強いのか!?」
「身体強化の出力も凄まじかったぞ」
「動きが見えなかった……! ありえない速さだ!」
他の騎士達は呆気に取られている。
目が合うと、槍を引いて後ずさってしまった。
今のやり取りで俺の力量を悟ったようだ。
敵わないと理解している。
俺は軽く首を回した。
そして、ほんの少しだけ威圧感を乗せて告げる。
「――道を開けてくれ。俺は魔王を倒しに行く」
室内に静寂が訪れる。
どうやら誰も異論はないらしい。
(うん。意外と大丈夫だな)
こうして俺は、魔王討伐の旅をやり直すことになった。
まだ武器は手にしていないし、鍛え上げた肉体も初期化された。
おまけに王国からの不信感も買ってしまった。
色々と前途多難だが、なんとかやっていけそうだ。