第11話 勇者は密偵と対峙する
物陰から姿を現したのは、黒い衣服を纏う人間だった。
陶器らしき仮面で素顔を隠している。
体格からして女だろう。
音も立てずに動く様は洗練されている。
存在感が異様に薄く、意図的に気配を殺しているようだ。
「What!?」
拳銃が口を開けて驚いた。
感知圏内に知らない人間がいたからだろう。
直前まで反応がなかったので、たぶん気付いていなかったのだと思う。
(優れた隠密能力だからな。仕方ない)
俺は相手の実力をおおよそながら把握する。
僅かな身のこなしや、魔力量も判断材料にして推測した。
黒衣の女はかなりの強者だ。
相性にもよるが、下級魔族なら単独撃破できるのではないか。
常人の域を超えつつある領域である。
黒衣の女は、数メートルの距離を保ったまま話しかけてくる。
「……いつから気付いていたのですか?」
「最初からだ。俺が王城を出た時から尾行していたな」
王国の密偵に監視されていることは知っていた。
城を飛び出してからずっと付きまとっていたのだ。
その気になれば追跡を撒いて、遠くの地で行動することもできた。
しかし、向こうから接触してくる素振りはないので黙認していた。
(王国が監視するのも当然の話だ)
武器も選ばずに飛び出した異世界人など不審すぎる。
ただの身の程知らずならそれで済むが、最初から騎士と圧倒するほどに強いのだ。
彼らの注目を集めるのも仕方のないことだろう。
そもそも高いコストを支払って召喚した英雄だ。
あのまま放っておくはずがない。
黒衣の女は素早く短剣を引き抜いた。
刃に艶消しの施された物で、おそらく暗殺用の武器だろう。
俺は冷静に会話を進めようとする。
「構えないでくれ。戦うつもりはない。少し相談がしたいだけだ」
「何者ですか? 勇者の中でも、あなただけが異常な強さを持っています」
「事情があるんだ」
「それを話してください。国王からのご命令です」
黒衣の女が警戒心を解かずに言う。
腰を落とした姿勢は、いつでも戦闘へと移行できることを示していた。
(露骨に怪しまれているな)
俺は二丁拳銃を持ったまま肩をすくめる。
別に戦うつもりはないが、一触即発の空気だった。
敵対しているわけでもない相手を、わざわざ殺したいとは思わない。
なんとか話し合いで解決したかった。
だからと言って、逆行に関することを明かすわけにもいかない。
世界に少なからず混乱が生じる。
俺に責任追及をしてくる輩も出るだろう。
今後の面倒事を避けるため、俺は咄嗟に嘘で誤魔化すことにした。
「実は過去にも勇者として召喚されて、別の世界を救っているんだ。だから実力はあるし、多少なりとも知識がある」
微妙に事実を織り交ぜているものの、俺の能力や戦闘経験の説明が付く。
「その話は本当ですか……?」
「ああ。この実力が何よりの証明だ」
俺は堂々と応じる。
こういう時は後ろめたさを見せる方が不味い。
胸を張って無実を主張すればいい。
俺の行動は、結果的に人類を救うことになるのだから。
黒衣の女はしばらく黙り込む。
じっくりとこちらを観察した後にようやく発言する。
「ひとまず信じましょう。しかし、なぜ召喚直後に城を出たのですか? あなたの能力ならば間違いなく重宝されます。王国の保護下で手厚い鍛錬を受けられるでしょう」
「それが嫌だから抜け出したんだ。非効率的だからな」
「お願いです。城にお戻りください。それがあなたのためでもあります」
「断る」
「……そうですか」
突如、黒衣の女の殺気が研ぎ澄まされていく。
穏便な方向に向きつつあった流れが急転し、彼女を中心に冷気が発散された。
すぐさま二丁拳銃を向けるも、黒衣の女は臆さず短剣を構えている。
「あなたが帰還を拒んだ場合、手段を問わず強行するように言われております。覚悟してください。遠慮は致しませんので」
「So what? Just stop harassing us」
拳銃は挑発じみた口調で応じる。
その瞬間、黒衣の女が疾走してきた。




