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第1話 勇者は世界を逆行する

 荒れ果てた大地。

 遥か彼方の空にて、漆黒の衣を纏う魔王が叫ぶ。


「双剣の勇者よ! 汝の底力を見せてみろ」


 魔王の持つ杖が黒い光を帯びた。

 それが無数の刃になって射出されて、不規則に揺れながら俺に迫る。

 直撃すれば即死は免れないだろう。


「チィッ」


 俺は双剣を交差して構えると、黒光の刃を弾きながら疾走した。

 途中で跳躍し、足場代わりの魔法陣を生成すると、そこに着地してさらに加速する。

 魔法陣を踏みしめながら魔王との距離を詰めていく。


「なかなかやるなァ! ではこれでどうだッ!」


 喜ぶ魔王は杖から火球を放ってきた。

 山なりに飛びながら分裂したそれは、豪雨のように降り注いでくる。


「畜生が」


 俺は悪態を吐くと、火球を切り裂きながら跳ぶ。

 捌き切れなかった分が掠めて手足が焦げるも、気にせず動き続けた。

 立ち止まれば終わりだ。

 火だるまになるまで術を浴びて死ぬことになる。


(なんて密度だ。これが魔王の力か)


 俺は火球を斬りながら驚嘆する。

 余計な思考をする暇もなく、一瞬の迷いが致命傷に繋がりかねない。

 必死に魔王のもとを目指す。

 それが俺に残された唯一の活路であった。


「大した腕前だ。汝ほど優れた剣士は見たことがない。存分に誇るがいい」


 魔王は俺を称賛しつつ、嘲笑うように飛行して距離を取る。

 接近戦を望む俺にとって、最も嫌う行動であった。

 それを知った上で実行したのだろう。

 わざと近付かせたところで、あいつは逃げたのだ。


「まだ物足りぬ。我を楽しませてくれ」


 魔王が風の刃を撒き散らす。

 四方八方から叩き込まれるそれらを双剣で防ぎ切った。


 術の切れ間に突進を狙うも、雷撃に接近を妨げられる。

 連続で叩き込まれたことにより、とうとう俺は打ち落とされた。

 回転する視界に地面が映り込む。


「くっ」


 俺は寸前で体勢を整えて着地した。

 追撃の魔術を凌ぎながら岩陰へと退避する。


 額から流れる血液を拭いながら、俺は深々と息を吐いた。


(駄目だ。相性が悪すぎる)


 俺は双剣の勇者だ。

 その名の通り二本の剣で戦うスタイルであり、有利な間合いは近距離だった。

 とにかく接近して斬撃を叩き込む戦法を得意としている。


 対する魔王は、典型的な魔術師であった。

 杖を触媒とする遠距離攻撃を多用し、さらに相手を近付けさせない立ち回りを心得ている。

 そのせいで俺は不利な戦況を強いられていた。


(このままだとジリ貧だ)


 そう判断した俺は岩陰から飛び出すと、苦し紛れに魔力の斬撃を飛ばした。

 ところが、即座に魔術の濁流に呑まれて掻き消される。

 下手な遠距離攻撃は意味がなかった。


(やはり近付いて叩き斬るしかねぇな)


 せめて仲間のサポートがあれば、何か違ったかもしれない。

 そんな考えが過ぎるも、所詮は妄想であった。


 俺はずっと前から単独で行動している。

 数少ない仲間も、魔王軍との戦いで死ぬか離脱していた。

 同時期に召喚された他の勇者も戦死した。


 だから魔王に対抗できるのは、俺だけなのだ。

 ここが正真正銘のボーダーライン。

 敗北すれば世界は闇に支配される。

 俺が、奴を倒すしかないのだ。


「クソがァッ!」


 膝を叩いて気合を入れた俺は、大地から空に躍り出た。

 高速で魔法陣を蹴りながら加速し、不規則な動きで魔王に接近していく。

 常に術の起こりを意識して動き続ける。


(間合いだ。間合いさえ詰められれば……ッ!)


 俺は極限まで集中する。

 飛んでくる魔術を躱し、時には切り裂いて突き進む。

 多少の傷は考慮せず、ひたすら前進し続けた。


 耐えなければ死ぬ。

 それだけだ。

 残された勇者に敗北は許されない。


「無駄だ。汝が我を超えるのは不可能よ」


 冷酷に言った魔王が杖を振るう。

 今度は氷の粒が拡散し、暴風と共に襲いかかってきた。


 俺は双剣で浴びせられる氷を防御する。

 大地が耕される音を聞きながら凌いでいく。


「ぎ、ぐぅ、ああぁッ!」


 筋肉が軋む。

 目が霞み、意識が朦朧としてきた。

 心身の限界が迫っているようだった。


 それでも俺は接近をやめない。

 迂回を挟みながら直進し、時には引き返しながら、また直進する。

 切り裂き躱し弾いて薙ぎ払い跳ね返して叩き割っていった。


 限界なんてどうでもいい。

 俺はぶち破るのだ。

 そうでもなくてはあいつに届かない。


 この双剣を。

 たった一度でいい。

 渾身の斬撃を叩き込めば、きっと殺せるのだから。


 しかし、現実は非情だった。

 視線の先では、魔王が妖しげな笑みを浮かべていた。


「そこだ」


 たったそれだけの呟きが、妙にはっきりと聞こえた。

 圧倒的な速度で放たれた漆黒の矢が、俺の双剣を抜けて胸に命中する。


「ぐ、ぉ……っ!?」


 骨と肉を抉られる感触。

 熱い激痛が背中まで突き抜けた。


 視線を落とすと、胸に大穴が開いている。

 肋骨を粉砕して内臓を穿っていた。

 間違いなく致命傷である。


 その時点で俺は落下を開始していた。

 足場の魔法陣も作れずに急降下し、大地の裂け目に落ちていく。

 岩壁に全身をぶつけながら転がって、やがて谷底に衝突した。


(動けねぇ……)


 仰向けに倒れる俺は、咳き込んで吐血した。

 ただの呼吸すらも苦痛だった。

 漆黒の矢で体内を掻き混ぜられたのだから当然だろう。


 瀕死の俺だが、意識は辛うじて残っていた。

 幸か不幸かは分からない。

 とにかく、まだ生きている。


 握っていたはずの双剣は、離れた場所に刺さっていた。

 片方なんて刃が折れている。

 せっかく念入りに手入れを施していたのに。

 あれでは台無しだった。


 それにしても、胸から下の感覚が鈍い。

 まるで氷風呂に浸かっているかのように極寒が這い上がってくる。

 一方で血液の流れ出す感覚はしっかりとあった。


(駄目だなこれは……絶対に死ぬ)


 俺は冷静に理解する。

 それでも諦め切れずに、なんとか立ち上がろうと身じろぎをした。

 すると、ポケットから何かが転がり出る。


「あ……」


 澄み切った青い水晶は、ビー玉くらいの大きさだった。

 内側で魔力が渦巻いて、小さな光を明滅させている。


 これは最果ての地で手に入れた秘宝だった。

 時の女神の涙と呼ばれており、不完全ながら時空魔術を扱えるようになる。


(魔王を倒す切り札だったんだがなぁ……)


 瞬間的に時を止めて、首を切り落とすつもりだった。

 しかし、実際はそれ以前の問題であった。


 こいつを使っても絶対に敵わない。

 不完全な時空魔術では太刀打ちできないだろう。

 魔力を浪費するだけに終わったはずだ。


(だが、まだ使い道がある)


 俺は震える手で女神の涙をつまむ。

 それをゆっくりと握り込んだ。


 万が一の時に備えて考えていた秘策だ。

 なるべく使いたくなかったが、そうも言っていられない状況である。


(時を戻して、すべてをやり直す)


 鍛え上げた双剣も、魔王には届かなかった。

 相性の問題もあるだろうが、とにかく通用しなかった。


 それを認めた上で、俺は魔王を倒したい。

 だから過去に戻って新たな強さを得る。

 理に適った作戦だろう。


(方法なんて選んでいられるか。絶対にやってやる)


 あいつの忌々しい魔術に対抗できる力だ。

 方法はいくつか思い付く。

 今までの知識と技量を駆使すれば、そう難しくないはずだった。


(それより早く過去へ戻らないと……)


 魔王の追撃が来る。

 まだ俺が死んでないことを察しているはずだ。


 俺は女神の涙を強く握り締める。

 このまま使っても、時間は僅かに戻るだけだ。

 それでは意味がない。


(もっと遡らなければ)


 根本からやり直さないと、魔王との実力差は埋められない。

 細かな時期の調整はできないので、俺の全魔力を注いで効果を増幅させる。

 命を吸い取られる感覚に耐え、歯を食い縛って魔力を送り続けた。


「そこにいたか。双剣の勇者よ」


 頭上で魔王の声がした。

 余裕の笑みで俺を見下ろしている。

 杖には黒い極光が宿っていた。


「せめてもの情けだ。楽に殺してやる」


 極光が放たれる。

 岩壁を削り飛ばしながら迫るそれは、紛れもなく止めの一撃であった。


 動けない俺は、魔力を注ぎながら懸命に祈る。


「間に合え……ッ!」


 その願いが通じたのだろうか。

 目の前で奇跡が起きた。


 破滅的な威力を秘めた極光が、飛来する途中でいきなり減速した。

 俺に命中する頃には完全に停止してしまう。

 そこから元の軌道を辿るように魔王の杖に戻っていった。


 空を漂う雲は逆行し、岩壁から剥がれた小石が上空へ浮き上がる。

 世界が、巻き戻り始めていた。

 それがだんだんと加速して、すぐに認識できない動きへと発展する。


「やった……成功し、たぞ……!」


 変化を傍観する俺にも影響が生じ始めた。

 流れ出した血液が体内へ吸い込まれて、意識が急速に薄れていく。


 すべてが逆行する中、握り締めた女神の涙だけが活性化していた。

 荒れ狂う魔力の光が俺を包む。


(――待ってろよ。次は絶対に勝つからな)


 心の中で魔王に告げたところで、俺は気を失った。

お読みくださりありがとうございます。

毎日更新で進めて参りますので、よろしくお願い致します。

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