化け物と好き者
昔々あるところに1人の化け物がいましーーぎゃあ。
『……通信切断。観測者12号の信号がロストしました』
「これだから新人はなぁ」
「近づき過ぎんなって言ったのによ」
モニターで埋め尽くされた部屋の中、落胆のため息が広がりました。
「変な奴だったもんな。仕方ないべ。欠員発生、本部にバックアップの要請」
『現場よりバックアップの要請を確認……承認されました。二十四時間後に派遣されます』
ところ変わって観察される方、通称化け物は困っていました。
いつも通り捕まえた生物が、いつもとは少し違っていたからです。
(ごりごり。ごりごり。ふふふふふ。痛い痛い)
化け物はいわゆる宇宙から来た個体で、言語を必要としない星の出身でした。
代わりに生命体の「思考」と呼ばれるものは直接感じ取る事ができました。
(もちゃもちゃ。もちゃもちゃ。ふふふふふふ)
だからこそ。自分の内臓を見て喜色満面な生命体に対して、ちょっと……いえ、だいぶ恐怖を感じていました。
化け物は今まで沢山の生き物をぐちゃぐちゃボキボキしてきましたが、「楽しい」や「嬉しい」と伝えてきた生き物はいませんでした。
化け物が冷静であれば、その奇妙な実験台は処分されていたでしょう。
けれども化け物は冷静ではありませんでした。
と、いうのも地球にきてから長い間、敵意や恐怖ばかりの生活で寂しかったのです。
そんな訳で化け物と生き物は共生関係となりました。
生き物は「観測者」と名乗りました。
観測者、とは基本的に死んでも構わない地球人のことです。
重罪人や研究者、空気が読めない人が適当に政府から任命され、適当な死地におくられます。
「本物の宇宙人に会えると聞いて立候補しました」
「私が宇宙から来た生命体です。実際に会ってみたご感想は?」
「最高です。お腹に卵を産みつけられて中から食い破られたいぐらい愛しています」
「ありがとうございます。ですが、いわゆるそれは立派なセクシャルハラスメントです」
「申し訳ありません、魅力的すぎるあまり先走りました。ところで生殖機能はありますか。子供にご興味は」
「ありがとうございます。ですが、いわゆるそれも一つの立派なセクシュアルハラスメントです」
「あああああいだいいだいやめてやめいだいいだいいだあああああああ」
他の観測者を食材や素材や教材にしながら化け物は地球や地球人について学んでいきました。
ある日、観測者は訊ねました。
「化け物さんには苦手なものがありますか?」
「はい、地球のオゾンは生命活動が著しく困難になるほど苦手です。秘密ですよ」
その夜、化け物の住処にオゾンが撒き散らされました。
化け物は苦しみました。怒りました。哀しみました。
裏切られたからです。
自分の苦手なものを知っているのは一人だけ。
どうして、と怒りながら化け物は問いました。
観測者は床から虚ろな眼差しを向けていましたが、瞳孔の中には爛々と光る獣が宿っていました。
「苦しんでいる化け物さんの顔をどうしても見たかったのです」
どうして、と悲しみながら化け物は問いました。
「性的に興奮するからです」
化け物はこれ以上聞かない方がいいような気がしてきました。
「実際、とても興奮しました」
ほら、やっぱり。と化け物は思いました。
「それに今までは理解できなかったのですが化け物さんの体表にある全ての眼球から一斉に生気と感情が抜け落ちた瞬間……思いました。アリだと」
化け物は唸りました。化け物は観測者の血液をギリギリまで抜いた時に見える、ふわふわと濁った眼が好きでした。あれを永遠に見ていられるならと何回か観測者の生命活動を停止させてみたこともあります。
なので、ほんの少しだけ。見たいからやった、という行動に対して納得してしまったのです。
「このまま死ねば地球上で化け物さんを絶望させたのは私だけ。喜ばせたのも、悲しませたのも私だけ、ということになりますね。ふふふのふ」
なので化け物は「まぁ。性癖のせいなら仕方ないよね」と観測者を許す事にしました。
どうにも好きな相手に対して甘いのは、宇宙共通のようです。
昔々あるところに1人の化け物がいました。
「私が化け物さんから喜怒哀楽を頂けたということは、つまり他の人類も化け物さんから喜怒哀楽の感情を向けられる可能性があるということだったんですよ。これはもう人類、滅ぼしたほうがいいのではないでしょうか」
――今では二人に増えたそうです。