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前編最終話 さよなら日本メシ

あらすじ:

小見川 耀(40歳 男)は人生最後の出張に出た

出張の楽しみのひとつである食事を通じて彼の様々な記憶が蘇る

ましてや最後になるであろう日本メシならば感慨も一層深い

不惑の歳にして人生の行先を無くした酔いどれ船の物語である


 ●







 ●1.東京駅新幹線ホーム立喰い蕎麦 かき揚げタマゴ蕎麦と小カレーライスのセット


 早朝の東京駅新幹線ホームは、そこにいるだけで、まるで日本を動かしているかのような心地良い錯覚を与えてくれる。


 視界の片隅で蠢く黒い修学旅行生たちにしてみれば、これから始まるスケジュール消化作業の中で、一番の想い出はこの朝のホームの空気を知ったことになるのではないだろうか?


 人生最後の出張ともなれば普段は気にもしないようなことも、なんらかの意味があるように感じてしまう、面白いもんだね。


 さて身体が良い感じに朝食を欲しているし、楽しい出張は楽しい立ち喰い蕎麦タイムで始めることにしよう。


 新幹線を使った出張の朝飯はいろいろと試してみたけど結果的に立ち喰い蕎麦がスタートでゴールだったな。だけど注文するものは随分と変わったっけ。




 社会人駆け出しの頃から30代半ばまではカツ丼とかき揚げタマゴ蕎麦麺大盛を食べていたんだよ。


 俺はバリバリ食べてバリバリ働くんだぜ、みたいな謎の使命感があってな、二日酔いでも迷わずこのクレイジーコンボを選択していた。


 いや、本当に狂ってるよ、というか思春期病が抜け切って無かったんだろうな、それがカッコイイって思ってたし、勝つ丼で縁起担ぎとかそういうこと考えてたし。


 東京駅新幹線ホームの立喰い蕎麦屋はさながらファンタジー世界における一騎当千の戦士たちそして百戦錬磨の盗賊の猛者どもが集う酒場だ。


 その中で若さしか武器の無かった俺は喰いっぷりを見せつけるかのように喰らったもんだ、注文した蕎麦が目の前で用意されている、まわりにそんな若者は・・・まあ、いないわな。




 かき揚げタマゴ蕎麦がカウンターに置かれる、七味をいつもより多めにかけているとミニカレーも到着した。


 こういうところのカレーもいいもんだ、学生時代の食堂のカレーを思い出す。肉は見えない、認識出来るのは人参のオレンジ色だけ。


 ここのところここでの朝飯はタマゴ蕎麦だけだったんだけどね、もはや日本メシの柱であるカレーさん、いやカレー様だ、日本を去る前に挨拶しない訳にはいかないだろう。


 レトルトカレーはオナニー、鍋で作るカレーはセックス、楽しみ方もいろいろあるところが素晴らしいよね。


 そういえば昨晩は久しぶりに妻としたんだっけ、彼女との別れよりカレーとの別れの方がなんだか悲しく感じるな。




 いただきます、だ。かき揚げを出汁に浸し、ねぎとタマゴに蕎麦を被せる。丼を両手で持ち上げて出汁を口にする。胃の中に温かいものが落ちてゆく感覚はジャスト幸せだ。


 蕎麦は味の変化を楽しみながら喰らう。プレーン蕎麦、ウィズねぎ、ウィズかき揚げアンドねぎ、クライマックスは崩しタマゴからめ蕎麦ウィズ混沌出汁カオススープだ。


 ここのカレーには紅ショウガがついていて、泣かせる。かっ込んだライスを蕎麦出汁で粋に流し込む、ここでむせるようなヘマをやらかす未熟者はこのギルドを出禁になっても文句は言えないだろうな、ハハハ。


 蕎麦とライスのペース配分も我ながら芸術的でこれにも非常に満足した、なんだか早くもいい仕事をした気分だ。


 食器を返却口に持って行き、ご馳走様を告げるといってらっしゃいませと返された。ここで働く人たちもまた、この国を動かしているのだ。







 ●2-1.広島駅ビル立ち飲み屋 カツ丼飯大盛 2-2.広島駅芸備線ホーム立喰い蕎麦 スペシャル蕎麦


 富士山を拝んだ後は時速280キロスリープだ。この快適な乗り心地はもっと世界にアピールするべきだと思うし、日本人はこの幸運にもっと感謝するべきだと思う。


 駆け出しの頃はスポーツ新聞タイムだった。当時勤めていた会社の営業の先輩がいつかそれがお前を救うって教えてくれてな。古いなって感じたけど実際お客さんとの会話で多々救われたもんだ。


 そんなことを寝る前にふと思い出したからなのだろうか、その先輩が夢に出てきた。夢の中の彼はなんだお前まだそんなとこにいるのか、と笑っていた。俺と同じ時期に独立したその先輩は、数年前事業に失敗し多額の借金を背負い自殺した。


 そうこうしているうちに広島駅に昼過ぎに到着した。ある一時期、大口の取引を決めてからこの駅に降り立つ度に俺は感動に震えずにいられない、広島よ!私は帰ってきた!なんてな。


 駅前も駅自体も工事が進み、目まぐるしくその様を変化させていっている。在来線口から南口へ。まずは昼飯だ、なんか食ってばっかだな、ハハハ。




 駅ビルの一階はお土産物屋さんが立並び、二階にはお好み屋さんがひしめく。視覚的にはカープの赤、嗅覚的には鉄板で焦げるお好みソースのかおり、ディスイズ広島じゃ。


 仕事で広島に足繁く通うようになってから気合い入れてお好みを食べること、無くなった。飲みのシメ?おやつ?って感じかな。オススメは牡蠣入りお好み。県外の人間からすると牡蠣のカードをお好みに?ってのはわかるよ。


 けどお好みソースと牡蠣ってぶちあうんよ。それに広島新名物レモスコを沢山かけて辛くしてな。へらで鉄板から直接口に運ぶ、小さく四角くしっかり切り取るのが上手に食べるコツなんだよね。そうそう青ネギかけオプションも欠かせないね。


 なんだかお好み食べたくなってきたな。けど客先訪問前だし、ここはぐっと我慢だ。店先ではお姉さん方が呼込みを行っている。よってきんさい、ってね。東京生まれ東京育ちという面白みの無いプロフィールの俺に、この方言アナウンスが眩しい。


 方言萌えと言えば市民球場だ。可愛い女の子たちが、カープだめじゃー!なんで勝てんのじゃー!って苦悶の表情で絶叫している様は観ていて心が温まる。そういえば結局新球場は行けなかったか、これは残念かな。




 その立ち飲み屋は昼飯時に丼ものを500円台で提供している。俺のお気に入りは注文を受けてから揚げるカツ丼だ。カツは薄めですぐに提供される。味付けは濃いめなのでご飯大盛が正解だろう。味噌汁と千切りたくあんが付く。


 いただきます。おお、カツ丼が輝いているよ。味噌汁でのどの通りを良くした後、早速タマゴとごはんの部分から取り掛かる。よく噛まなきゃ、まずはそれだけ気をつける。はやる心を抑えつけるのがカツ丼道だ。


 煮カツは揚げたての衣が出汁を吸い独特の食感でしょっぱい、ご飯がすすむ、ご飯は大盛にしてある、にもかかわらず残弾数不足の不安は拭えない。結局如何に米を美味しく食べるかが重要なのであればこのタイプのカツ丼こそ正統派と言えるんじゃないかな。


 分厚いカツとか、野菜食べてる感を出すための多めの玉ねぎとか、それらはトッピン具がゴテゴテに乗せられているアグリーなアメリカンピザと似ている。上品な薄口の味付けのカツ丼?清純派AV女優の親戚ですか?てなもんよ。


 淡々と食べ進めているのだけど楽しくて飽きない。それは人の生きる道と似ているのかもしれない。ここのカツ丼もこれが最後か。ごはん一粒残らず楽しめたよ、ごちそうさん。




 客先訪問を完了して、再び夕日に照らされる広島駅だ。ここから西明石の次の客先に移動する、新幹線でね。やることは同じ、ご挨拶だけなんだけどね、お世話になった人たち全員にってなるとどっちの工場でも結構なアポ数になる。


 うちからの仕事の引継ぎもしっかり出来てるし迷惑をかけることは無いだろう。家族には散々迷惑かけて、これからもかけるってのに、お客さんには迷惑をかけないように注意してるんだからな。まあそれがジャパニーズ社会人って生き物なんだろうな。


 新幹線の時刻表を確認する、少し時間に余裕がある、ならば久しぶりに行ってみよう、芸備線ホームの想い出深いあの立ち喰い蕎麦屋さんに。


 駆け出しの頃、俺はよく芸備線を使っていた、三次にテストコースがあってね。芸備線のホームって他のホームと雰囲気がまったく違う、ってか独自世界なんだよね、専用の蕎麦屋だけでなくコンビニや果ては便所まであるし、ホームにだぜ?凄いよね。


 そんな異世界蕎麦屋で出会った想い出のおばちゃん、まだいるかなー、元気かなー、目的は蕎麦よりそのおばちゃんなんだ。え?方言萌えプラスババア萌え?違うって、まあ聞いてくれ。




 当時の俺は普及し始めたばかりの携帯電話がよく鳴るヤツでね。ほら当時は携帯で会社のメール見れないし、まだFAXが強くてさ、アシスタントの女の子が携帯鳴らすんだよね、それらの連絡が来る都度。


 ある時その蕎麦屋で蕎麦喰ってる時にイラッとくる報告が後輩から入ってさ、怒鳴っちゃったんだよね店内で。今じゃ信じられない恥ずかしい行為だけど思い出してみて、そういう人って結構いたでしょ、当時。俺がそれだった、トホホ。


 そしたら蕎麦屋のおばちゃんに怒られちゃってさ、ちょっとあんた!いい加減にしとき!とかいってさ、一瞬何事かと思ったよ。まわりのお客さんがみんな迷惑しとるじゃろ!って日本酒飲みながら電車待ってるおじいちゃんひとりだけだし。


 当時営業成績の良かった俺は社内でも我が侭が許されててさ、なんかそんな風に叱られるとかしつけられるって、無かったんだよ、だからリアクション出来なくてさ。え?え?あ、ごめんなさい、みたいな感じで笑うしかなかったよ。


 そん時瞬間的にさ、なんか俺っていい気になってる愚かなガキだよなって悟ってさ、ごちそうさまのあとでありがとうねって伝えたんだよ、そしたら気をつけんさいってまた指導されちゃってさ、なんかくすぐったい気持ちになったんだよね。




 その後もよくそこで蕎麦喰ってから芸備線に乗込んでたんだけどそのおばちゃんと会うのが楽しみでね。


 同性同年代のおばちゃんに対しても、部活帰りの男子高校生の集団に対しても、ガラの悪いおっちゃんに対しても、おばちゃんの態度は常に同じだった。その出会いを機に俺は少し変わったんだよな、やり直し悪役令嬢みたいにさ。


 ある時、仕事のトラブルでまいってる時にさ、今日は元気無いんね、ああまあね、元気出しんさい!みたいなやり取りがあって不覚にも泣いちゃってさ。そのまま泣きながら客先行ったんだけど伝説になったよ、泣かせてやろうと思ってたら泣きながら来やがったってさ、ハハハ。


 さて、芸備線のホームに降り立ったぞ俺、この発車メロディ、懐かしくて涙が出てくるなあ。最近ってかここ数年ここの蕎麦屋来てなかったけど、おばちゃんまだいるかなー・・・なんだか昔の恋人に会いに行く気分だよ!人生謳歌してるね、俺。


 あっ!いた!いたよおばちゃん!ガラス張りの引き戸を開ける。おばちゃん俺だよ俺、オレオレ!なんて言わない、俺の事憶えてないかもしれないからね、いらっしゃいの言葉に蕎麦の注文で応える。




 ここに来た時は最初から最後までスペシャル蕎麦しかたのんでないことになるのか。メニューの中で一番豪華な蕎麦でね、あの頃の俺は昼飯はその店で一番高価なものをバリバリ喰うとか謎のポリシー持ってたんだよね。


 はいどうぞー、おばちゃんが俺にスペシャル蕎麦を手渡す、忘れられてるな、こりゃ。まあいい、喰おう、あの頃みたいに、バリバリと。いただきます。


 たっぷりの牛肉と青ネギ、生タマゴ、油揚げ、そしてわらじのように大きな桜エビ入りかき揚げ、蕎麦が見えないんだよね、さっきのカツ丼とは正反対のアプローチだ。


 バリバリ喰いながら、うん美味い、相変わらず美味いなあ、とか聞こえよがしに独り言。店内には日本酒おじいちゃんだけ、おじいちゃんも元気そうだ。ごちそうさま、せっかく寄ったんだしおばちゃんに一言かけることにする。


 駅や駅まわりは随分変わっていってるけどこの店は変わらないですね、と。すると、お客さんもぉー変わらんねぇー、って、返してくれたんだよね。その時俺は不覚にも泣いちゃってさ、なんでか解らないけどね。


 俺自身の芯は変わっていないか?良い方に変わって行けてるか?情熱や誠実さはいつしか慣れに変わってはいなかったか?まだまだ俺の人生は続くんだ、俺は人生を続けるんだ。涙ながらにそんなことを考えていた。俺はおばちゃんのエールを背に店を出た、ホームにはあの発車メロディが流れていた。


 俺は確かに広島で成長した。だからこそ確信を持って言える。―――カープが選手を育てるのではない、広島が人間を育てるのだ――― 広島、この街は人を育てる。ありがとの、そして、さらばじゃ広島。







 ●3-1.西明石駅前商店街串カツ屋 串カツとビール焼酎 3-2.西明石駅前ラーメン屋 豚骨ラーメンネギ追加


 かくして昨晩、妻の息の根を止め、外道に堕ちた男は西明石駅に降り立った、と。


 俺はオーストラリアの大学に7年近く留学してたんだけど、西明石ってどこかその俺の第二の故郷に似てるんだよね。


 ひとつは工場と海の景色、もうひとつはそこに暮らす人たちが似てるんだ。北九州も出張でよく行ったんだけど工場と海の風景でもあっちはなんかガチでさ、ここみたいにゆるい感じの工業地帯が俺は好きだ。


 逃亡先としてこれからまたお世話になるオーストラリア、随分と変わったんだろうな、オリンピックもあったし。西明石の商店街を工場に向かって歩く、ここは、うん、ここ15年ほどまったく変わらないね。


 工場内で挨拶回りが三か所、その後親しくしてくれた関係者と会食だ。商店街が夕暮れと共に美味しそうなにおいをさせてきたよ。さあ美味いビールの為にもうひと頑張りだ。




 客先訪問を無事に完了しホテルにチェックインするともう約束の時間だ。荷物、といってもパスポートだけしか入っていない空港で捨てる予定の鞄だけだけど、を部屋に置いて待合せ場所の在来線改札口に向かう。


 そういえばこの鞄って父親に社会人になった時に買ってもらったものなんだよな、そんなことを考えると胸の奥が痛んだ気がした。これにも慣れないといけないね。非情の河また河とくだりゆくにってな。


 待合せ場所にはいつもの面子がそろっていた。立場的には俺のお客さんになるんだけど、あえて友人たちと呼ぶことにする。仕事を通じて信頼関係を作って親しくなることってあるよね。


 高校時代に留学時代、そして社会人時代と俺は友達に恵まれた。まあその分、女運には恵まれなかった訳だけどね。アシが付くかもしれないから訪ねる事、もう出来ないけど、友人たちとの想い出は俺のお宝だね。


 駅近くの地下飲食店街の階段をその友人たちと歓談しながら降りると、踊り場の脇におっちゃんがくたばっていて、前の店の人が介抱していた。懐かしい、俺も以前その場所でくたばったことあったよ、それを知ってる友人が、おっ!なんかこの光景見たことあるでぇ!ってドヤ顔ですよ。




 目当ての串揚げ屋は相変わらず繁盛していたが幸運なことに奥の座敷的なスペースが空いていた。友人のひとりが興奮している、入店出来るの珍しいそうだ、聞けば二号店が出来るほどの繁盛ぶりだとか。なんだか俺まで嬉しい。


 まずは生ビールで乾杯だ。俺はここにいる友人たちに親しみを感じているようにこの店の店長さんにも親しみを感じている。独立した時期が同じなんだよね。そんで今日までお互い生き残っている、思春期病的に言ったら戦友ってやつかな、ハハハ。


 同じような戦友が他にも数人いる。特に西新宿のBARの彼とは語り尽くせないエピソードがある。俺が社会人駆出しだった頃、彼は雇われのバーテンダーで、お互い独立した年と月が同じなんだよね、栄えあるお店のお客第一号が俺だった。ここには昨晩顔を出した。


 まあそれはそれ、注文した第一波の串カツが届いた、熱いうちに、いただきます。明石の鯛の串カツは塩で一口で食べる、鯛の香りが強く、口の中で飛び出す肉汁は白身と思えないほど濃厚だ。精神的肉体的熱狂を鎮める為に生の残りを一気飲みする。


 想い出話が重なりあえば串も酒も重なる。魚介類や根菜類を中心にした第一波に続き肉類を中心にした第二波を注文する、俺はお気に入りのレンコンの串カツに塩を多目にふり、ちびちびとかじりながらそれを待つことにする。




 肉系の串カツには焼酎がよくあう、この店は良い焼酎がそろっていて嬉しい。こちらのテーブルが盛上って、あちらのテーブルが盛上って、カウンターも、店全体が揺れるように盛り上がる、こういう雰囲気、好きだ。


 シーズンオフなのに阪神タイガースの話が始まる、話題がこちらに飛び火してくる、お兄さんたちはどこのファン?俺は答える、大洋の頃から横浜ファンです!店内大爆笑である。笑いの堤防決壊ペースが早い。社長はいろんな意味でお客さんやで!店長の付けたオチで店内またも大爆笑である。


 こういったちょっとした交流があるのって居酒屋のいいところだと思う。勿論凄くシビアなバランス感覚が店にも客にも求められるんだけど。積極的に練習して時にはあちゃーな経験して人とのコミュニケーションって学ぶものだと思う。ある野球選手が言ってた、練習で出来ないことは本番でも出来ない、好きな言葉だ。


 皆と仕事が出来て俺は楽しかったよ、これは心から言えるよ、ありがとう。酒で口が滑っちまった。受けて友人たちは口々に言った、それでいいんや!そうや!そうや!何がそれでいいのか俺にはいまいち解らなかったが場がまとまった。みんな笑いながらなぜか涙を流していた。ごちそうさま、さあ次の店にゴーや!


 そこから何軒かはしご酒した後、在来線改札口で解散となった。全員とハグして。その中で一番付合いの長い友人が、なんかあったん?俺で良かったら相談のるで?と言ってくれた。俺は酔っぱらってたし、ありがとう!ありがとう!としか言えなかったな。




 お見送りした後、ホテルに帰りしな、狙っていたラーメン屋に入店する。以前一度だけ食べたことのある店で、ここなら俺の最後のラーメンであってもいいだろうと決断していた。ともかく純粋な博多豚骨ラーメンが食べたかったんだ。


 食券を買う、ラーメンを食べに来たのに生ビールのボタンを最初に押していた。レギュラー豚骨ラーメンと、あとネギ追加券も購入、麺はバリカタでお願いした。生ビールには枝豆がついた。嬉しいよね、こういう心づかい。


 留学時代に何に一番飢えたかってラーメンだったんだよね、日本のちゃんとしたラーメンね。本当に夢にまで見たんだよ当時は。そしてその渇きは日本メーカーのインスタント麺ではいやせない、ましてや偽物日本食のパクリ切れてない麺では怒りがたまるばかりだった。


 小さいころから豚骨ラーメンだったからな。母親の故郷が九州だったからね。そんなことを考えたらまた胸の奥が痛んだ気がした。そんなタイミングでラーメンが運ばれてきた。やっぱりラーメン好きなんだな俺、面倒なことを忘れて興奮してるのが解るよ。いただきますだこんちきしょー!


 スープに浸した青ネギ共々レンゲでスープを口にしてよく噛む。それを3回ほど繰り返せばもうこれだけで最初の生ビールが空くよ。チャーシューでそして麺で、生ビールがどんどん空くよ。飲みのシメのラーメンなんてのは、結局ラーメンをつまみにまだ飲みたいっていう飲助野郎の言い訳でしかないんだよ。




 なんでもアルコールを分解する為に酔った人間はラーメン的なものを本能的に求めるとか。曰く、塩分、糖分、炭水化物がセットになっているからだそうだ。お茶漬けや雑炊、蕎麦やうどんが好まれるのも同じ理由とか。


 けどまあ俺に言わせれば、己の健康と引換に快楽を得るなんて修羅のメニューに手を出すのに、それが人間の本質であり本能だ、以外の理由は見当たらないね。酔って平衡感覚が狂ったヤツが悪魔の囁きにのりやすくなっただけなんだよ。


 ラーメンはドラッグだ。オーストラリアで暮らしてた頃にさんざん経験したから断言出来る。酒の延長線上に位置するところなんてまさにそうだ。喰いたいときに好きなだけ喰い、飲みたいときに好きなだけ飲み、手に届く快楽を貪る、暴力を振るいたいときに好きなだけ暴れるなんてのもいいね、結局そういうことなんだよ。


 俺は、またそんなことが普通の世界に戻る訳だ。けど日本であれ豪州であれ、米国であれ英国であれ、大人しく真面目に暮らしているのにその生活が報われないのであれば、堕ちる理由はそれだけで充分だと俺は思う。


 これから始まる豪州の貧困地区スラムという異世界に転生する俺の冒険なろう小説に乾杯!クソ重い十字架を背負ってしまった割には、剥き出しの心臓みたいな風船が脈打ちながら昇天するかのごとき身の軽さに乾杯やで!やったるでぇ!ごっそーさん!







 ●4-1.西明石ホテル 朝食ビュッフェ 4-2.新幹線駅の弁当屋 神戸牛めし弁当


 その気狂いカラスの朝は早かった。明け方、水平線がオレンジ色に、受けて山々が紫色になる頃、そのカラスは突如何かを思い出したかのように発狂する。だみ声の絶叫は同族の他のカラスたちにも不快なようで、続くように非難の大合唱がガアガアと住宅街に反響する。


 その気狂いカラスは俺のアパートメントの屋根で羽根をばたつかせながらのたうち回っている。俺の二日酔いの目覚めを祝福するかのような、この素敵な早朝のイベントに、俺はこのカラスの気狂が、いつしか羨ましいとすら思うようになっていた。


 その気狂いカラスのお唄と踊りよりも耐え難いのがそれに続く近くの通学小学生たちの笑い声である。俺の部屋は五階の道路側にあり、寝室の窓からスナイパーライフルを構えるとスコープはプライベートスクールの餓鬼どもを綺麗に捉えることが出来ていた。


 俺は引き金を引いた。俺は引き金を引き続けた。モンスターどもはバタバタと倒れていった。買い貯めていたすべての弾丸を撃ち切る前に俺は銃口を咥えて引き金を足の親指で引いた。視覚的に不可能なはずだが、脳髄が壁に飛び散りへばりつくのが見えた気がした。


 そこで俺は叫び声をあげて目覚めた。留学時代によく見た夢だった。今の俺にはなんとなく理解出来た。あの気狂いカラスは自殺した俺の生まれ変わりなのだろう。早朝の発狂は前世で自殺する瞬間に発した決別の雄叫びなのだろう。




 さて状況を確認する。昨晩の記憶はほとんどないが自身の無事は保てている。裸で寝ていたようで、衣類があちこちに散らばっている。シャワーは朝食の後で浴びることにしよう。西明石の明け方、ホテルの周りではカラスたちの朝食争奪戦のバトルサウンドが響き渡っていた。


 俺は朝五時開始のホテル自慢の朝食ビュッフェの列に並ぶ。用意の手間無しで、すぐに好きなものを選びながら食べられるなんて最高だよね。しかも後片付けも必要無しだ。家では朝ご飯の用意と後片付けはすべて俺がやっていたんだけどね、奥さんからは評価されていなかったようで、不満があったのか寝起きで機嫌が悪いのかしばしば怒鳴られることもあったよ、ハハハ。


 海外のホテルの朝食もいいけど、朝に炊立てのご飯が食べられるってのはテンション上がるよね。まずは100%アップルジュースを二杯、一気に飲んで二日酔いの身体の渇きを癒す。さあ、狩りの時間だ。いただきます。


 基本は少しずつ多くの種類を、だ。第一波はご飯大盛に具沢山味噌汁、六割れトレーに白菜のお新香、筑前煮レンコンだけ、スクランブルエッグ醤油多め、肉団子2個、ウインナー1本、そして鮭の小切り身だ。小分けパックの海苔も忘れない。


 ここの具沢山味噌汁は、これだけで一日に必要な野菜がとれまっせ、みたいな意気込みが感じられるところが好きだ。けどさつま芋は入れないで欲しいな。筑前煮のレンコンが美味い、俺ってレンコン好きだよな。


 ここで鮭アンド海苔に行かずに肉ものアンドエッグで飯をかっ込むことにする。ライク、フリーダム、俺は自由、自由なんだ。朝から食べ過ぎなんて言うのは野暮ってもんだ。ここでは腹一杯食べるのが礼儀ってもんだろ?




 第二波は、じゃじゃーん、朝カレーアンドコーンポタージュスープの登場です。朝のプースーいいよね、プースー。唐揚げがあったのでトッピングする。はー、やっぱりカレーはいいわ、気がつけば2日連続だわ、シドニーみたいな大都市なら日本のカレールー買えるかもだけど、アシが付きそうだからNGだな。


 前の会社の仕事でニューヨークにいた頃、取引先のお偉いさんと会食した次の日の早朝に、そのお偉いさんの右腕さんに呼び出されてな、タイマンで食べた日本円で5000円相当の朝食の美味しさと店のサービスは忘れ難いなあ。


 これまた前の会社時代にイギリスにいた頃はB&Bの朝食ぐらいしか食べる楽しみが無くてなあ、ビッグブレックファーストをガツガツ食ったもんだ。ああ、あとあすこでの食べる楽しみと言えばチョコチップクッキーアンドミルクたっぷり紅茶もあったか。


 ドイツに出張するようになった頃は、結構良いホテルに泊めさせてもらえるようになってたからブレックファーストもレベル高くてね、ああ少しは出世したのかなって感じたもんだ。朝からメロンが美味い、なんてな。あとドイツの朝飯は牛乳とパンとチーズが美味しかったなあ。


 今気づいたけど、これからは日本に帰ってこれないだけでなく、オーストラリアから出国することも出来なくなるんだな。まあそこは納得しますか、むしろこれまでいろいろ海外経験させてもらったことに感謝するところだよな、さて、ごちそうさまでした。




 チェックアウトはいつも通り10時少し前に行う。新幹線の改札口に向かう途中、三軒ほどパチンコ屋の前を通り過ぎる訳だが俺は毎度嫌な気分になる。開店待ちの行列が目に入るからだ。こんな地獄は流石の俺も耐えられそうにないよ。


 フライトは夕方、勝手知ったる成田から。と、言う訳で新幹線グリーン車でハッピー迎え酒タイムや!つまみは神戸牛めし弁当や!浜ちゃん最高や!今日も元気だドライが美味い。乾杯!そして早くも頂きます、だ。ラーメンと同じく牛めしも留学時代よく夢に見たんだよね、そんで牛めし食べ納めが神戸牛ときたか、偉くなったもんだな俺、ハハハ。


 幕ノ内タイプのおかずの品目が多い方がつまみになるって人もいるけどさ、俺は牛めし弁当みたいなのを淡々と食べるのが好きだな。神戸肉は勿論、肉汁ツユが染みたご飯をちびちびと食べながらさ。弁当ひとつでロング缶2本は空くね。


 そうか、しばらくはこうやってネットでアニメ見ながら酒飲むってのもお預けか。ならばそうだな、忙しくて見れなくてためてあるアニメじゃなくてお気に入りのアニメでも見るか。ごちそうさまは名古屋を過ぎたあたり、その後少し眠ったみたいだ。


 ここのところずっと空港直行のリムジンバスを使ってたから成田エクスプレスで空港来るの久しぶりだ。NEXといえば留学先から初めて一時帰国した時に、早朝の東京駅でNEXから中央線のホームに向かって歩いていた最中にゲロ吐いたことあったよな、人に酔って。大勢の人の流れに俺一人だけ逆らってたのも何かの暗示みたいでね。1番線ホームでタバコ吸って気持ちを落ち着けたのがいい想い出になってるわ。




 成田空港でチェックインを済ませると、いよいよ日本での生活おしまいカウントダウンを実感してきた。案外早々に取っ捕まって強制的に帰国させられたりしてな。まあこればっかりは解らないね。久しぶりの日本メシは監獄ジェイルハウスメシでしたーなんてな。


 程なく俺は機内の人に、いや機内の酔っ払いになっていた。あー、これあれだ、このまま気圧が変わると気持ちが悪くなるやつじゃねーか?まあ、なんとか大人しくフライトをやり過ごしますか。


 中間地点ぐらいに差し掛かった頃、酷く落ち着かない気持ちになる。酒を飲んだら気持ちが落ち着くはずと思い、CAさんにビールを注文すると拒否された。俺そんなに酔っぱらってるか?大人しく従うことにする。


 どれくらいか経ったのか。冷や汗が出て来て神戸牛めしが喉まで上がってきた。だけでなく、昨晩のラーメンの下痢が肛門ワーニングを打ち鳴らしている。トイレに行きたいのだがシートベルト着用サインが点灯しており、立ち上がろうとしたら怒りCAどもが取り押さえにきやがった!


 俺は足掻いた。俺は自分自身が錯乱しているのを自覚した。犯した罪の意識を、罪の重さを、ここにきて誤魔化し切れなくなったからだ。俺は暴れていた。反吐を撒き散らし、糞を漏らしながら、この逃げ場の無い地獄で逃げまどっていた。おお!神様!この飛行機を今すぐ墜落させてください!俺含めて全員ぶっ殺してください!







 神様が俺の願いを聞き入れたとは考え難い。恐らく悪魔の方がご褒美を与えてくれたのだろう。我が愛しのボーイング747は我が棺桶となり、海の藻屑と消えた―――










 ―――な!な!な!なーんてな!ハハハ!ハハハ!


 久しぶり!久しぶりのこの乾いた風のにおい!オーストラリアですよ!太陽が眩し!一面真っ白ですよ!


 昔の映画で腕時計を捨てて旅に出るシーンがあったけどさ!俺なんかパスポートにスマホ!クレジットカードまでここで捨てるんだぜ!?なんか勝った感じがするね!?そうだろ!?


 なんというかさ!なるべくしてこうなった!って感じですかね!人間ってのは結局なるようにしかならんのさ!マジで!


 ああ!ホント!清々した!せーせーしたよマジで!素晴らしきかな我が人生!素晴らしきかな我が人生!素晴らしきかな我が!人生!








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