前編第三話 同性に人気のある人生と異性に人気のある人生、どちらかひとつだけを選ぶとしたらどちらを選びますか?
あらすじ:
小学校の卒業式の日に主人公のアカルは小瓶に閉じ込められていた悪魔を助ける
その悪魔が御礼にと差し出してきたのが同性に好かれる薬と異性に好かれる薬だった
どちらかひとつだけを選ぶことが出来ると悪魔に言われるアカル
あなたならどちらを選びますか?
●
結婚披露宴のテーブルでは乾杯の合図と共に同窓会が始まった。
「小学校の頃からユウジは女の子にモテまくってたよな」
「大学でもずいぶんモテたそうじゃないか」
「そんなユウジが俺たちの中で1番早く結婚するとはな」
「ところでアカル、どうだ?あそこのテーブルの新婦の友達たちを誘ってさ、二次会の後で一緒に飲みに行くとか?」
「いや、俺は遠慮しとくよ、なんだか彼女たちハンターの目をしているからな」
「あはは!アカルちゃん成長したなあ」
今日は小学校の頃からの悪友である、ユウジの結婚式および結婚披露宴のめでたい日だ。
ユウジについては長らく胸に突き刺さった、ある思い出がある。
ヤツと2人で小学校の卒業式の日に、小瓶に閉じ込められていた小さな悪魔を助けたことである。
「アカル!見てみろよ!こいつ本物の悪魔だぜ!」
「ユウジ、こーゆー面倒なことには関わらない方がいいんだぜ普通」
「悪魔って、こう、もっとおっかない感じだと思ってたけどな!」
「それは見た目じゃ判かんないよ」
その悪魔、ベルゼビュートを名乗る手のひらサイズの小人、は黒いハイネックの上着と黒い半ズボン、そして爪先が上に曲がっている悪魔っぽいブーツを履き、先が二股に分かれている悪魔っぽい長帽子をかぶっていた。
「まぁまぁそう言わないで仲良くしましょうよ?とっても感謝してるんですよ!まずは助けて頂きありがとうございました!」
本当に悪魔なのか?本当にそんなに名の通った大物悪魔なのか?そんな大物が小瓶に閉じ込められた挙句に小学生に助けられてんなよ?などとツッコミめいた疑問が浮かんでは消えていた。
だがそれを口に出すことが無かったのは、そんな疑問が頭の中に浮かんだ時にベルゼくんが俺の方を見て意味深に微笑んだからである。
兎にも角にもこの見た目は俺達と同じローティーンの手のひらサイズの小人が2人の目の前で動き回って話し掛けて来ている事実は受け入れなくてはならなかった。
「これ!お礼!」
そう言うとそのショタッコ悪魔は、栄養ドリンクサイズの2つの瓶を俺たちの前に出現させた。
1つは同性を惹きつける薬。
1つは異性を惹きつける薬。
俺は同性を惹きつける薬を、
ユウジは異性を惹きつける薬を、それぞれ選んだ。
それはあからさまな人生の分かれ道であった。
その薬の効力は結婚で消えると言う。
俺は今日、ひょっとしたらあの悪魔にまた会えるのではないかと思い、乗り気でない結婚式ではあったが、出席しますと返事を出したのだった。
●
そんな不思議な小学校卒業式のイベント後、俺とユウジとワルダチたちは無事に中等部に進学した。
一時期は俺達の無邪気な悪行が発覚してしまい危ぶまれたエスカレーターなので入学式では感慨もひとしおだった。
ちなみに俺達のいた学園は小学校は共学だが中学高校は一環で男子校だった。
ファーストインパクトにセカンドチャンス無し。中学生としてのファーストデイズはハーデストデイズだった。
だがこちらは内部生の上に地の利、同じ学園敷地内を移動しただけ、もあった。多少手こずったが5月の連休前には予定していたステータスを勝ち取っていた。
結局与えられたものには意味が無く、それを使い戦い勝ち取ったものにしか意味が無いのだ。
その結果、夏休み前には麗しのお兄様方から心温まる優しいご指導を頂くことになり、生まれて初めて袋叩きというものを経験するわけだが、それはまた別の話だ。
次に始まるのがグループ内でのポジション争いだ。不良っぽいサブカルチャーを好むシャレオツな少年たちもサルや政治屋とやってることは大差無いのである。
「アカル、なんでアカルも悪魔の薬飲んだって、みんなに言ったらダメなんだ?」
「ホモと思われるのが嫌だからな」
ユウジは悪魔との出会いや御礼にもらった薬のことを仲間にプレゼンしポジショニングに利用した。
俺はユウジに俺がベルゼの薬を飲んだ事は口外しないでくれと頼んだ。ユウジは彼自身の優位性を保つ為もあっただろう、この約束は最後まで守ってくれた。
仲間たちは皆、ユウジの話を信じた。
「確かにユウジはオーラが違うよな!」
「だろう?」
「あのルックスに悪魔の薬の援護がついたから、無敵のモテ男くんだな!」
事実ユウジの周りには男子校であるにも関わらず常に女の子が取り巻いていた。放課後はうちの学園の女子部の生徒たちだけでなく、近くの学校に通う女生徒たちが大挙してユウジを取り囲んでいた。
中学校3年生にして女子大生果てはOLのお姉様方まで冗談かと言う位にモテていた。
俺は他の野郎仲間と、そのオアシスのようなハーレムを遠くから眺めているだけだった。それは砂漠のオアシスというより蜃気楼だった。
その一方で俺のワルダチ仲間の受けは大変良かった。俺なりに頑張ったからな、いろいろと。
共に仲間内のリーダーを目指すライバルになったユウジとの対比でいうと、ロマンチストな俺は女の子にすぐに惚れてはすぐに振られていた訳だが、そんなモテなさっぷりも野郎仲間には好意的に受け入れられていた。
例えばこんな具合だ。
俺「いやー実は昨日かわいい女の子と知り合ってさぁ」
一同「ほうほう」
俺「なんつーのそのコさ、天使!やれやれ、って感じでよー」
一同「アカルはホントにローマ人だねー」
ロマンチックな妄想大好き少年の俺は仲間からしばしば親しみを込めてローマ人と呼ばれていた。
仲間A「おっユウジがまた新しい女の子連れて歩いてるぜ!」
ユウジは相変わらず尋常でない位モテていた。
ユウジ「よお!おまえら!」
天使「あら、昨日はどうも…」
俺「ああ、えーっと、どうも」
ユウジ「うん?アカル、コイツのこと知ってんの?」
俺「いやまあ知ってるってほどじゃないよ、ハハハ…」
毎度のことだがこーゆー事態になると、頭を思いっきりブン殴られたような気持ちになるんだよな。
仲間のうちの仲間Dがこっそり俺に聞いてきた。
仲間D「アカル、ひょっとしてあの子がその天使か?」
俺の様子が一目瞭然だったので続けてフォローを入れてくれた。優しいヤツだったな、仲間D。
仲間D「アカル、相手が悪かったぜ、なんせユウジには悪魔がついてるんだからな」
●
そういった現実を見て皆、ユウジの悪魔に関する話を、誰ひとりとして疑う事無く受け入れていた。
そういった実績を叩きつけられて皆、それをユウジの顔が小さく足が長いルックスだけでなく、悪魔の薬の力でもあるからと考えて無理矢理納得していた。
ただ1人の例外を除いて、俺だけはそれを疑っていたのだ。
なぜなら、
あの日、目の前に置かれた2本の薬の瓶について、ユウジが悪魔に詰め寄って質問をしているスキに、俺はユウジが飲もうとしていた異性にモテる薬を同性にモテる薬とすり替えていたからである。
あの日のユウジは、異性にモテる薬と思い込んでいた、実際は同性にモテる薬を、悪魔の楽しげな一気コールで飲み干していたのだった。
「これでますます女の子にモテるわけだ」
空になった瓶をこちらに翳しながらユウジが勝ち誇ったように俺に向けた嫌な感じの笑顔が思い出される。
つまりもし薬が本当に効いているのならユウジは同性ウケ「も」良いはずである。
だから俺は薬の効果を、常に常に、深く深く、疑いに疑っていたのだ。
こんな放課後もあった。
仲間G「さあアカル!気を取り直してナンパナンパ!」
仲間D「そうそうアカルはイイヤツなんだからぜってーイイ彼女出来るって!」
俺「おう!そうだな!よし!じゃあさ、あのテーブル、こっち見て笑ってる女の子たちいるじゃん?俺ちょっと声かけてくるわ!」
仲間J「アカルはケンカもナンパも切り込み隊長だね!」
仲間N「頼りにしてるぜ!俺たちのアカルちゃん!」
いつものことだが俺たちがナンパをして女の子たちと盛り上がり始めると、その頃合いを見計らったかのようにトンビが油揚げをさらいに登場する。
ユウジ「いやーアカルが天使って言ってたアイツさあ、つまんねえから別れて来ちゃった、アレでよければ紹介すんぜ、アカル?」
ナンパした可愛い女の子たち改めビッチども「えー?今、ユウジさんって彼女いないんですかあ?」
仲間G「で、ナンパした女の子たちもユウジのとこに行くわけね…」
仲間D「アカル、アカルはユウジのことブットバしていいと思うんだが」
俺「いや、いいよ、ミジメになるだけだし…」
仲間D「お、おう…」J「しっかし、なあ」N「チッ」
女の子たち改めビッチどもがユウジに媚びたような視線を向けるその一方で、仲間たちはユウジにいつしか憎しみの視線を向けるようになっていた。
いろいろと理由はあっただろうが主な理由はやはり嫉妬だろう、当時のユウジの同性ウケは最悪だった。高等部にエスカレーターで上がる頃、ユウジは仲間内で嫌われてさえいた。
高校には不良っぽいサブカルチャーを好む集団があり、俺を含めた仲間たちは皆その集団に属していたわけだが、嫌われているにも関わらずユウジは仕切りたがりで仲間内のリーダーになりたがっていた。
春、たまり場になっているドーナツ屋にて。高等部から私服通学なのをいいことにタバコをフカす俺たち。
仲間D「そんじゃあ、ウチらの代の頭はアカルでいいな?」
仲間J「まあアカルしかいねーだろ」
仲間N「そうなるだろーね」
ユウジ「待てよ!アカル乗り気じゃないみたいじゃん、やっぱ頭は俺でいった方がいいんじゃねーか?」
空気を読めないユウジくんの提案は沈黙を持って否定された。
「あれ?あれ?俺じゃダメなの?なあアカル、俺頭やりたいんだけど、やらせてくんない?」
俺はユウジの方を見ながら当時吸っていたメンソールのタバコの煙をため息で吐き出して首を傾げて見せることで応えた。
俺は時々あの薬が本当に効いていたらよかったのにね、と思ったりした。であれば同性ウケが良いわけで、仲間うちの頭になれただろうにな、と。
ユウジの女性関係は相変わらず華やかだったが、学校生活自体はあまりパッとしなかった。
仲間D「アカル見ろよ、ユウジのやつまた新しい女連れてやがる」
俺「おお我が天使よ…」
仲間D「って、またかよ!」
高等部卒業後は今日までユウジと会ったことがない。
この会場でタキシード姿のユウジを見たときは相変わらずの色男で思わず笑ってしまったほどだ。
今日俺はユウジに薬をすり替えていたことを打ち明けようと考えている。
●
「いやあユウジのやつ相変わらずカッコいいね」
「ん?アカルどこ行くんだ?」
「ちょっと新郎のところに行ってくるよ」
「じゃあこのテーブルのみんなで行こうぜ」
「ちょっと待ってくれないか、まずはかつての切り込み隊長一匹でいかせてくれよ(うわ、切り込み隊長とか言っちまった、恥ずい!)」
「あはは、よっ切り込み隊長!(言っててちょっと恥ずかしいなコレ)」
「よお、ユウジ」
俺は新郎にかつてのように挨拶をする。俺は新婦に向き直ると出来るだけ良い笑顔を作りながら挨拶をする。
「本日はおめでとうございます、ユウジくんの小中高時代の友人でアカルといいます」
そこまで挨拶したところで、果たして俺は彼の友人だったのだろうかと思ったものだった。
「久しぶりだなアカル、来てくれてありがとう」
「ん、久しぶり、結婚おめでとう」
俺とユウジの視線が交錯する。会場のご歓談のボリュームが急に大きくなったようなそんな気がした。
その披露宴特有のざわつきのカーテンを開けたのはユウジの方だった。
「ところでさ」
ユウジの方から話を切り出すとは珍しい、こういう時は大概、何かこの話をするぞとあらかじめ準備している場合が多い、とかつての経験から推測出来た。
「アカルはさ、小学校の卒業式の日のあの小さい悪魔、覚えてるか?」
「ああ、覚えてるよ」
「実はさ俺、アカルに謝らなきゃいけないんだ」
「…?へえ」
「俺さ、ルックスに自信あったからさ、悪魔に頼らなくても女の子にモテる自信あったんだよな」
「あはは、言ってるよ」
「それより俺の兄貴みたいにチームの頭やりたくてさ、だから本当は同性に受ける薬を取りたかったんだ」
―――え?
「だけどあの時アカルが先に同性にウケる薬取るって言ってたじゃん」
俺はユウジの話を微笑を顔に貼り付けたながら聞いていたのだが、内心かなりショックを受けていたし、これから受けるであろうさらなるショックの予感に身構えていた。
「だからさぁ―――
―――あの薬の瓶、すり替えちゃったんだ、アカルが飲む前に」
ショックに備えていて正解だった。
久々に俺は、この頭をぶん殴られるかのような衝撃を懐かしさと共に噛み締めていた。
「アカル、ゴメンな」
俺は酷い耳鳴りを聴きながら考えた。
それじゃユウジが飲んだのは女にモテる薬だったのか。ユウジは続けた。
「けどあの薬全然効かなかったな」
俺は、効いてんじゃんと心中でシャウトしながら、出来るだけいい笑顔を捏造ってユウジに言った。
「結局、悪魔をあてにしたらいけないってことかな」
俺とユウジが同時に笑い出したその時、2人以外の世界が止まった。
「なんだこれ、なんで動いてるのが俺とアカルだけなんだ!?」
俺はあの悪魔、ベルゼビュートが現れるんだろうなと思った。
●ポン!
と何かが破裂したような間抜けな効果音と共に、あの日の悪魔ベルゼビュートがあの日の笑顔のまま元気に飛び出してきた。
「結婚おめでとうユウジくん!キミの魂をもらいにきたよ!」
ベルゼは俺には目もくれずまっすぐユウジのところに向かった。
「結婚するまでのが僕のパートでそれも今日で終わり」
そういうとベルゼは勢い良く両手を揃えて突き出した。
「だから魂ちょうだい!」
「な、なんで俺の魂をお前にくれてやんなきゃならねーんだよ!」
ユウジは滝のように汗をかいていた。
ベルゼは呆れたと言う感じを嫌味ったらしく全身で表現しながら、目をつぶって大きくため息をつきながらこういった。
「決まってんじゃん、キミが薬を飲んだからだよ」
ユウジはガタガタと震え始めている。
「だってあの薬効かなかったじゃん」
「それはどうでもいいことなんだけど?飲んだってことが重要なんだよ。悪魔を信用するってことだからね。でも薬は効いたでしょ?イイ経験出来たでしょ?」
と、そこまで無視され続けていた俺も、この愉快なやりとりに参加することにした。
「お前何者だ」
「悪魔でーす!」
「どの類の?」
「悪魔の分類は難しいものだよ、なんせ人間の欲望が分類出来る数だけ存在するからね。」
ベルゼくんは俺の肩に飛び乗ると少しかがんで俺の頬のあたりにキスをしてきた。
「大きく分ければ先天的欲望と後天的欲望があるかな?後天的欲望ってのは人工的に作られた欲望ね」
楽しそうに話している姿がちょっとカワイイと思えた、その心を察したかのように俺の頬に体を擦り寄せるベルゼくん、悪魔は臭いと聖書に書いてあったけど、子供みたいないいニオイがしやがるコイツ。
俺の頬を突いたり耳を噛んだりいたずらし放題だ。俺も負けじとベルゼくんの半ズボンから伸びている柔らかそうなももに齧り付いたりした。
「やめてよ!」
嫌がる姿も可愛らしい。なんだかもっといじめたくなってきた訳だが、これも悪魔の仕掛けた罠のように思えてあまり思い切りよく遊べない。
「性行為による快楽の飽和状態に渦巻く欲望は、君は取り扱ってないの?」
「そういった古典的堕落は取り扱ってないよ?」
「へー、そうなんだ」
すっかり忘れ去られていたユウジくんが死にそうな顔しながら俺たちの会話に割って入ってきた。
「でもちょっと待って、お前は俺をどうする気なんだ?」
「魂をイタダイテ帰ります」
「こ、殺すのか?」
「魂をイタダイテ帰るだけなので、肉体は滅びませんよ?肉体は滅びるまであなたの人生のベルトコンベアに乗ったままですよ?」
ここでやっと悪魔らしく嫌な歪んだ嘲りの糞笑い顔を見せるベルゼくん。
「ただアナタがいなくなるだけです」
「なんで俺だけ…なんでだよ!アカルはどうなんだよ!」
「この人は薬飲んでないから!」
とベルゼくんが言ったところで俺は思わず大爆笑してしまった。多分、人間らしく嫌な歪んだ嘲りの糞笑い顔を見せていたことだろう。
「薬の瓶を取り替えて、アナタを実験台に使ったんですよ」
ここにきてユウジくんは最大級の変顔でさらに俺を笑わせてくれる。その面白い顔の想い出は俺への餞別としてありがたくイタダイテおくよ。
「つまりこの人は僕を信用しなかったので魂を抜くことが出来ないのです」
と悪魔が言ったところで、俺は上着のポケットからあの日の薬の瓶を取り出した。もちろん中身は満タンだ。
「あっと、もうお迎えが来たみたいだね!」
悪魔が見上げたその先から何十羽もの大ガラスが飛んできた。俺たち以外動くものが全くいなかったこの披露宴会場に新たな来賓客が耳障りな羽音とともに集団で登場した。
先頭のカラスの首にくくりつけられていた袋を取り、ベルゼくんはその袋の入り口をユウジに向けてこう言った。
「さぁこの袋中に入ってくださいよ」
「ちょ、ちょっと待って!」
「ハイ、ちょっと待った」
と仕事熱心な悪魔が言うや否やユウジの魂は袋に吸い込まれて、その入り口はクソ結びできつくきつく閉められた。
「あとよろしく」
ベルゼくんがそう言うと、姿おかしき親愛なるかの親分大ガラスはカアとひと鳴きして、子分のカラスたちを引き連れて会場を去って行った、ユウジの魂の入った袋を引っ提げて、地獄へ。
俺はユウジの残された肉体に近づいてデコピンをしてみた。
「あ、もぬけの殻になってる」
確かに肉体的には生きている感じがする、あたたかいし、だけどその目は虚ろに空を見ていてその唇はだらしなく半開きだ。
グッバイ、ユウジくん、俺は君のことが大嫌いだったよ。
●
飛び立っていく黒い一団を見送りながら俺はどのタイミングでこの悪魔が帰ってくれるのか考えていた。
その心を察したかのようにベルゼくんは人のイイ微笑みを顔に貼り付けて僕の目の前を浮遊し始めた。
「きっと後で僕に引っかかってた方が良かったって感じますよ」
そう言うと悪魔はふわふわと俺に近づいてきて今度は俺の唇にキスをした。
「それはまず、絶対的に、無い、だな」
こういうところは大袈裟なくらいに力強く言い聞かせないとダメだって映画エクソシストで言ってた。
「でも今の世の中、悪魔に魂を売った方が楽じゃないですか?それでその恩恵を得て、皆やってますよ?」
「いつの世の中もそうなんじゃないの?長生きしてんなら見てきたろ?それとも悪魔もボケたりするのか?」
「いやあ、特に、今の世の中は最悪ですからねえ」
「別に?としか。今だから最悪なだけでしょ、明日はもっと最悪だよ、大物悪魔なんだから未来のチェックぐらいマメにしようぜ」
「そっか、さよなら」
「はい、さようなら」
悪魔が去った後、ユウジの抜け殻はベルゼが予告した通り、彼の人生と言う名のベルトコンベアの上に乗せられて、俺の前から消えていった。
披露宴はつつがなく終了し、俺は幸せそうな新郎新婦に見送くられた。
俺は自宅に帰ってきてソファーに体を沈めると大きくため息をついた。
なんだか憑き物が落ちた感じだった。すると俺はなんだかとても楽しいような気分になってきた。
ユウジとの再会が楽しかったのか、ベルゼビュートとの再会が楽しかったのか、多分その両方なのだと思うけど。
1人で彼らに祝杯を挙げて、だらだらと飲みながら1時間ほど経った頃、俺はふと思い出したかのように、小学校時代に1番好きだった初恋の女の子に電話をしていた。
「もしもし、ああ俺だよ俺、オレオレ、ははは、アカルです、お久しぶり、今ちょっといいかな」
俺はその女性と付き合い始めた。
付き合いはそこそこ長くなり、そして婚約した。
結婚式を控えたある日。
タカコ「私と一緒になると浮気は絶対に不可能よ?」
彼女は時々不思議なことを楽しそうに俺に問いかけてきたりする。
俺「へえ、なんでかな?」
「だって―――」
彼女は立ち上がり窓辺に向かっていた歩を止め、イタズラっぽい微笑みを浮かべながらこちらに振り返った。窓から見える夏の空はみるみると暗くなってきて、突発的な雷雨をもって彼女の告白を演出した。
「―――だって私、絶対に浮気されない、ってゆう薬飲んでるの」
そう言うと彼女は、早足で俺の前まで来て、俺の顔にその整った顔を近づけて耳元でこう囁いた。
「昔助けたカワイイ悪魔くんのくれた浮気されない薬をね、飲んでるんだよ」
別に絶望したわけでは無いのだが、自分の存在がすごく小さくなったような気がした。
自分自身が小さくなったと言うより、どこか遠くから俺のことを見ている、その視覚的情報が瞬間俺の頭の中に入ってきた感覚だ。
どこか遠くでカラスが鳴くのを聞いた気がしたし、またどこか遠くでユウジの笑い声を聞いたような気がした。
どうやら俺はあの悪魔と大変深い縁があるようだ。
その後、
僕たちの結婚式に現れたベルゼビュートを俺はなんとか説得して人間に帰化させた。ここもまあ俺なりにかなり頑張った。
そんで今は俺とタカコ(魂有り)とベルゼくんの3人で仲良く暮らしていたりする。