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後編第一話 くたばれ!なろう小説!―――底辺ナローケーキ職人、盛大に逆ギレをぶちかます!―――1/2

あらすじ:

ナロー王国はナローケーキ職人のメジャーリーグと呼ばれている

そこに新規出店した主人公アカルの店は早々に閑古鳥が鳴いていた

俺のケーキのどこがいけないのか?

200万人ものケーキ好きが通りには溢れているのに、

なぜ評価されないどころか見向きもされないのか?

流行りのケーキを作れだと?そんなのは俺は嫌だ!

戦ってやる!これは俺とナローケーキの戦争だ!

 ●







 「アカル、そろそろ店じまいの時間だぞ」


 「今日もお客さん1人も来なかったねー」


 ここは1ヵ月前に夢と希望を胸に開店した俺のナローケーキの店だ。


 お客さんが全く来てくれないことで俺の心は折れそうになっていた。


 閉店前の店内にいるのは俺の他に2人。


 1人はナローケーキを取材しているフリーライターのサミー。


 もう1人が自称ナローケーキ中毒の患者のアンジェだ。




 「1ヵ月の来店者数が1000人に届いて無いよな?


 俺の言った通りだろ、お前は俺らとの賭けに負けたぞ?


 というわけで今日はこれから、


 約束通り俺らに付き合ってもらうぞ?いいな?」




 「アカルのナローケーキはさー、


 他人と違うことをやろうとしてるのはいいんだけどさー、


 サミーの言う通りまずは多くの人に見てもらうためにさー、


 今受けているものをよく知るべきなんじゃないのかなー、


 まぁ今回の賭けの結果もいい機会だと思ってさー、


 ナローケーキの人気店を楽しもうよー」




 半泣きの俺は悔し過ぎて図星過ぎて何も言い返せなかった。


 店じまいをして2人に促されるまま、


 ナローケーキのランク付の名店が集まる、


 メインストリートへ繰り出した。







 ●







 ここはナロー王国。


 ナローケーキのメジャーリーグと呼ばれている場所だ。


 ここのシステムはこうだ。


 店舗とその店舗内だけで使える魔法が無償で貸し出される。


 その魔法は言葉をナローケーキに変える。


 作り出されたナローケーキは無料で食べ放題。


 ナロー王国に訪れる人たちに振る舞われる。


 人気店には各銀行が融資を行うことで有料店舗へ移行する。


 ナロー王国に訪れる者にしてみれば無料でケーキが食べ放題だし、


 ケーキ職人を夢見る者としては無償で店舗が貸し出されているし、


 また融資する側もある程度売れる算段が立った上で融資が出来るので、


 いわゆるwin win winの関係が構築されていた。




 つまり誰にでも自分の作品の発表の場が平等に与えられており、


 その作品の評価はこの王国を訪れる一般の参加者によって公平に行われている。


 これまでケーキを発表する機会のハードルが高かったケーキ職人たちにとって、


 このナロー王国のシステムは大きなチャンスに思えた。


 そして多くのケーキ職人は我先にとこぞって参加。


 一部のナローケーキ職人はその技とアイディアで栄光を掴み取っていた。




 その一方で大多数のケーキ職人達は、


 作品に対しスルーという不人気評価の現実を突きつけられ、


 心折られ、挫折した。


 今やナロー王国には夢破れたナローケーキ職人の死体が積み上がっている。




 またナローケーキの受け手にも繁栄の光が創り出した影が存在した。


 200万人からの王国に押し寄せて来ているナローケーキのファン達は、


 満腹飢餓の状態になっていて、


 その飽和状態に陥った受け手達はさながら麻薬中毒患者のようであった。




 兎にも角にもナロー王国はいまのところひとまずの繁栄を謳歌していた。


 ナローバブルケーキ(景気)と揶揄される程に。


 ナロー王国の近隣諸国であるカキン王国やティービィー王国に比べ、


 比較的道徳的な国家運用がなされてはいるが、


 このバブル景気をきな臭くしているのは、


 ここでもやはり大量生産大量消費教と言うカルト宗教だった。


 追って詳しく説明するが最も深刻な問題は、


 この宗教は人間を人間としてでなく消費単位として扱う点である。


 多くの銀行はこのカルト宗教を信仰もしくは利用していた。







 ●







 サミーとアンジェに連れられて、


 メインストリートを久しぶりに訪れた。


 ナローケーキを好んで食べていた時には、


 俺も足繁くこのランク付の名店が並ぶメインストリートに足を運んだものだが、


 ケーキ職人を始めてからは意識的にここに来ることを避けていた。


 人気作品の影響を受けるのが嫌だと言っていたが、


 本音はメインストリートに集うランク付きの名店が稼ぎ出したポイントや、


 その店に集まる人だかりを見て劣等感を感じるのが嫌だったからだ。




 次にこの奇妙な2人の連れの紹介をしたい。




 サミーの方が、大学を卒業したばかりの俺よりも、


 10年ほど社会人経験が長い。


 現在彼はフリーのライターを生業にしているが、


 以前雑誌社の編集をやっていた頃には、


 俺と同じようにナローケーキ職人もやっていたそうだ。


 学校に1人位はいる、いわゆる少年期に神童と言われていたキャラクターだ。


 話してみると頭の良い印象はあるのだが、


 どこか冷めているというか一生懸命にならないところがあり、


 俺はそこが好きになれない。


 それだけナローケーキの知識や経験があるなら、


 自分で書いたらいいじゃないかと思うのだが、


 彼はかたくなに作品を見せようとしない。


 ひょっとしたらただの作品を作らないナローケーキ職人なだけなのかもしれない。


 背丈は俺より10センチほど低い160センチ後半で髪は金髪、目はブルー。


 薄い緑の度付きのサングラスを愛用している。




 アンジェリカは18歳と言っているが、


 世間話の内容やサミーとの会話の歯車のかみ合い具合から推測するに、


 アラサーと思われる。


 メインストリート各店の常連で、彼女の根本姿勢は暇つぶし主義である。


 もはやありとあらゆるナローケーキを食べ尽くしてしまった彼女は、


 今は何を思ったのか俺の店に入り浸っている。


 ときには他店のケーキを俺の店で食い始めると言う暴挙に出たりするのだが、


 店にお客さんがいれば、その姿を見て寄って来る他のお客さんがいるのではと思い、


 サクラの仕事をしてもらっていると割り切り、それを容認している。


 身長は160センチ前後、ブラウンの髪、緑の瞳、透き通るような白い肌に、


 黒基調のゴスロリのファッションが映える。


 アンジェと話をしている中で知ったことなのだが、


 彼女は大量生産大量消費教の信者であった。


 彼女は俺が大大教のアンチであると知っている。


 いつかこのこのファクターが事件を巻き起こしそうな予感があった。







 ●







 =====


 「このナローケーキは出来損ないだ!食えないよ!」


 俺は思わず口走った、と同時に、やっちまった!と激烈に後悔した。


 =====




 その店に入った瞬間に嫌な予感がしていた。


 アンジェが親しげにその人気店のナローケーキ職人と、


 ハグして挨拶を交わしていたからだ。


 サミーもそのケーキ職人、タカコと言葉を交わしている、知り合いのようだ。


 確かにライターをやっているのなら、


 ランク上位の店の関係者と知り合いでもおかしくない。


 俺はタカコさんに紹介された。


 タカコさんも自己紹介をしてきた。


 ストレートの黒髪が綺麗な優しそうなお姉さんという印象だが、


 時折メガネの奥の紅蓮の瞳が、鋭く店内の他の客の動向を伺っているのが見えた。




 実は俺はこのタカコさんの作品を以前に何度か食べている。


 美味しいなと思っていて密かに憧れていたんだ。


 もっと違う形で会いたかったなというのが素直な感想だった。


 違う形というのは・・・ダメだ、


 俺がチートを使ってランカーになってカッコ良く彼女と出会う、


 なんてのは俺の嫌いなナローケーキのパターンじゃないか。


 でもコレ使ってケーキ作ったら、


 少しは広く一般に受けるケーキが作れるだろうか、


 などと考えていたのは目の前の現実から逃避していたからなのだろうか。


 「良かったら私もご一緒していいかな?」


 「モチロンだよー」


 「是非アカルにアドバイスしてやってくださいよ」


 凄く嫌なシチュエーションだが、俺はこう言う以外なかった。


 「・・・よろしくお願いします」







 ●







 まずはサミーが選んで持ってきたケーキを店内で食べることになった。


 アンジェがタカコさんを呼んで4人のテーブルが出来上がった。


 憧れのタカコさんとの会食であるにも関わらず、


 ある意味公開処刑というかリンチというか、


 歯医者で治療を受けている時のような、


 早く終わってくれと言う気持ちしかなかった。


 サミーは俺にタカコさんのケーキの美味しさのポイントを的確に教えてくれた。


 勿論親切でやってくれているわけだし、勿論その意見は貴重なのだが、


 俺の率直な感想は、そんなの知ってるよ!解ってるんだよ!だった。


 そしてまた的確にタカコさんのケーキと俺のケーキを比較し、


 俺のケーキの問題点を次々とリストアップしてくれた。


 憧れの女性の前でダメ出しされるという地獄で、


 俺はなんだか俺の作ったものがとんでもなくダメなもののように思えてきて、


 食べていたケーキをゲロしそうになった。


 現実は厳しく真実は残酷だと改めて思い知らされた。




 アンジェの口撃はさらに辛辣なものであった。


 もはやそれは批判と言うよりもダメ出しと言うよりも、


 タカコさんのケーキを引き合いに出しながら、


 俺のケーキをボロクソに貶しているだけと言うものであった。


 アラサー女特有の底意地の悪い皮肉めいた俺のケーキに対する評価は、


 俺の心に刺さると言うよりも、俺の心を破壊しに来ていた。


 嗚呼、とてもよく解るよ。


 これは、サディストなワタシカッコイイ!とかそんな感じのトランス状態入ってんなって。


 年下の男の子をイジメてるワタシってイケてるっしょ?みたいなヤツ。


 憧れのタカコさんの前で、


 なんでここまでボロクソに言われなきゃならないんだと言う怒りよりも、


 泣きそうになる気持ちを抑えることで俺の心は精一杯だった。


 アンジェは特にサディストと言うわけではない。


 人の悪口を言って気持ち良くなるような人種でもないことは、


 これまでの付合いでよく知っている。


 純粋に彼女は彼女の思ったところを彼女のスタイルで伝えてくれているのだ。


 せめてオブラートに包んで欲しかったが。




 サミーとアンジェの攻撃がひと段落つくと、


 ラスボスであるタカコさんのターンが始まった。


 ナローケーキ職人の先輩と言う観点から、


 果ては人生の先輩と言う観点から、


 より的確なアドバイスを俺に対して与えようという優しさが感じられた。




 「まずは自分の描きたいものを書いたら良いのでは?評価は気にしないでね?」


 「小さくまとまったナローケーキを種類と数を沢山作って発表したらどうかな?」


 「他人と違うことをやろうとする姿勢はとても大事だから応援しているよ!」




 だが俺にとって3人の口撃の中で最も心を掻き乱されたのはタカコさんのものだった。


 決してタカコさんは同情していたわけでは無いのだろうが、


 俺の傷だらけの自尊心はタカコさんの優しさにとどめを刺された。


 そしてついに俺の涙腺は決壊し大泣きしながらこう叫んでいた。







 ●「このナローケーキは出来損ないだ!食えないよ!」







 その叫び声はメインストリートに響き渡り、瞬間、静寂を生んだ。




 涙の向こうでは、


 アンジェは腹を抱えて大爆笑していた。


 サミーはメガネの位置を直しながらため息をついていた。


 タカコさんは何か言いたそうな顔をして心配そうに俺のことを見ていた。


 俺の叫び声に店内の客が一斉に視線をこちらに向けた。


 俺は涙が流れたと同時に心の堤防も決壊していて、


 心に溜め込んでいたものを続けザマに叫びに叫んだ。




 「実際の成功経験がないから安直な成功描写を受け入れるんだ!」


 「もしくは成功までの過程が省かれていても違和感を覚えない!」


 「こんなケーキあるか!」


 「それと恋愛要素と言う甘味に対してもそうだ!」


 「実際の恋愛経験が無いので、出会いや付き合いの苦労を知らない!」


 「必然的に最初からモテモテ状態だ!何と言うグロテスクな構図だ!」




 「平たく言ってこのナローケーキは現実逃避の塊だ!」




 そこまで叫んだところで、


 俺はタカコさんの店の関係者と思われる男たちに取り押さえられていた。


「お客さん困りますな、騒ぎを起こされても」


 アンジェが腹を抱えてヒーヒー笑っている横で、


 サミーが店の関係者に申し訳ありませんと謝っていた。


 タカコさんがハンカチを俺に差し出す。


 受け取る俺はタカコさんと目を合わせる事が出来なかった。


 涙と鼻水でみっともなくぐしゃぐしゃになった顔を拭いて鼻をかんだ。




 どうやらその男たちと言うのはタカコさんの有料店に融資している銀行の関係者だったようだ。


 「お客さん、ここはみんながナローケーキを楽しむために来る場所なんですよ?」


 「あまりとんでもないことを吹聴されるとこちらも法的手段に訴えますよ?」


 するとニヤリと悪そうに笑いながらアンジェが男たちに向かってこう言った。


 「でもさー、このコの言ってたことってホントじゃなーい?


 本当のことを言って気分が悪くなるのなら、


 気分が悪くなる方にも問題があるんじゃないのかにゃー?」


 男たちはスーツの襟をわざとらしく直ながら少し考えてからこう言い放った。


 「ですがお客様、このナロー王国では、無償で供給されているケーキに、与えられた評価が全てです。


 売れるもの、それが全てなのです。受けるものでなければ存在の意味がないのです。


 自分の作品の未熟さを棚に上げて逆ギレするようなナローケーキ職人は、


 早々にこの国から出て行った方がよろしいでしょうねえ、フフフ」




 ひょっとしたらアンジェは相手の失敗を最初から引き出そうとしていたのかもしれない。


 アンジェはニヤリと笑ってことの成り行きを見守っている店に集っていた多くの他の客に向かってこう言い放った。


 「だってさー、みんなはどー思うかにゃー?」


 場の雰囲気を察した銀行の男たちも失言に気がついたようだ。


 ナロー王国の住人は食べる専門の者だけでない。


 多くの者がナローケーキ職人なのだ。


 そしてごく1部の売れている者を除いて大半は売れないケーキ職人だ。


 場の流れは完全にアンジェにコントロールされていた。




 またタカコの店のお客の多くは、この男たちの銀行が融資した有料ケーキ店のお客でもある。


 ちょっとしたことで商売が立ち行かなくなるこの世の中だ。


 この騒動に落としどころをつけたいのは、


 騒ぎを起こした俺たちよりも今となっては銀行屋さんたちの方であった。


 それを察してタカコさんがポンと手を叩いてこういった。




 「でしたら私とそこの彼でナローケーキ勝負をしてみるというのはどうでしょう?」


 「審査は両方のケーキを食べた人たち全員ということで」


 「これまで未発表のオリジナルケーキを数点用意して、


 審査をした人たちの入れたポイントの多さで決めましょう」


 「ウケるケーキが評価されるか、媚びないケーキが評価されるか」


 「とりあえず結果を出してみる、こんな落としどころで皆さんどうでしょうか?」


 わっと観衆から歓喜の声が上がった。


 肯定された。


 男たちも少し相談して


 「ではそれでいきましょう」


 と言う話になった。


 全く俺の意向は無視されているわけだが、


 俺は先ほどまでの弱々しい気持ちはすでに無いものになっていた。


 切り替わっていた。


 千載一遇のチャンスが巡ってきたのだ。


 俺の今の表情を見てサミーとアンジェは何か、おおっ!と言うような、


 驚いたような楽しそうな顔をしていた。




「では勝負は3日後のこの時間この場所で」




 タカコさんがそう言うと観客から歓声と拍手が沸き上がった。


 俺の賽は投げつけられ砕け散った。







 ●







 タカコさんから飲みの誘いの連絡が来たのは、


 ナローケーキ決戦の前日夕方であった。


 俺としては対決の準備は万端であったし、


 また心のどこかで今この状態でタカコさんは何を考えているんだろう、


 と漠然と思いをはせたとき、


 この勝負をより楽しむために俺に事前にコンタクトするのではないか、


 と心のどこかで予感していた。


 それは的中した訳だが、ケーキ作りの作業で、


 神経が研ぎ澄まされてやけに感覚が冴えていた俺にとっては、


 やっぱりな、だった。




 指定された場所はナロー王国最大の繁華街のBARだった。


 一見すると何屋さんだかわからないその扉を開けると、


 地下に続く階段が出迎える。


 その階段を降りていくとバーカウンターで、


 ロングカクテルを飲んでいるタカコさんがいた。


 俺はタカコさんの隣に座りギムレットハイボールを注文した。


 自分とタカコさんがこの場で初めて交わした言葉が乾杯だった。




 タカコさんはまず自分自身の事について語りだした。


 もともとはテヅカ王国で懐石料理の職人をやっていたそうだ。


 そこで調理のいろはを叩き込まれたと言う、


 ただずいぶん昔の話だからあまり君には参考にならないかもね、


 と笑いながら語ってくれた。




 俺はそんなタカコさんに見とれ心奪われていた。


 タカコさんが笑う時には待ってましたとばかりに大げさに笑った。


 こうでもしないと緊張をリリース出来なかったのだ。




 その話の内容はジャンルは違えど、


 お客様に美味しいものを食べてもらい喜んで頂くと言う、


 そういう仕事についている者にとってはこの上ないアドバイスであった。


 ただタカコさんの修業時代の終わりはあっけなく訪れたという。


 ある時その懐石料理店に出資している銀行が、


 タカコさんを人気の懐石料理店に連れて行き、


 ここの料理を丸ごとパクれと言われたそうだ。


 もうここで働けないなって思ったのよ、タカコさんが遠い瞳で寂しげに笑った。


 辞めるにあたっても色々と面倒なことがあったそうだが、


 その辺はあまり詳しく教えてくれなかった。


 色々な表情のタカコさんを見ることが出来たのが嬉しかった。


 俺はどんな顔をしていたのだろうか。




 BARを出たのは流石にこれ以上飲んだら明日に支障が出ると思われたからだ。


 相変わらずの繁華街だったが、来るときとはどこか別の場所のように感じた。


 俺はタカコさんと並んで歩いていた。


 ほどなくして時計が真夜中を回ると世界の空気が変わった。


 虚栄といったような人間の排泄物がナロー王国から一掃されたような感じだった。


 メインストリートにはさっきまで無かった屋台のケーキ屋が立ち並んでいた。


 そこはすべてが媚びるようなことはせず訪れた人たちを優しく受け入れていた。


 こんなナローケーキもいいわよね、タカコさんが微笑みかけてくれた。




 ―――その時の微笑みが俺の人生の最高の瞬間だった




 俺はそんなタカコさんを途轍もなく愛おしく感じてしまっていて、


 俺史上最大の疾風怒濤な狼狽をかましていた。




 俺はそこで何を思ったのか、


 今回の対決でこちらが勝負をかけたい核心について熱弁していた、早口で。




 俺はビビッてヘタレて逃げている訳だが、


 真面目な話をすれば、この脳みそ流出状態が落ち着くとか、


 タカコさんは俺に一目置いてくれるんじゃないかとか、その他諸々下衆な言い訳を考えていた。


 屋台のケーキ屋さんたちとそこに集う人たちの純粋な笑顔が、


 嫌らしく打算的で矮小な俺を非難しているように感じられた。







 ●







 俺とタカコさんの問答は要約すると以下の通りだった。




 俺

 俺には承認欲求がある 

 自分が正しいと思う方法で世の中に認められたい

 けれどここは特に商業店舗は詐欺師の絵空事に夢見る人が集まっているように見える


 タカコさん

 私欲に忠実なのは尊敬に値するけど真実は人の数だけあるものだから

 自分が努力した分の努力を他人に求めるのは大きなお世話よ?


 俺

 大量生産大量消費教の信者は白痴かそれでないなら悪人か詐欺師だ


 タカコさん

 アンジェはどう?彼女もまた素直に欲望に従っているだけよ?本能では?


 俺

 評価が審査されることが無い

 つまり評価は無責任に出しっ放しである


 タカコさん

 何か問題でも?世の中の評価はすべて無責任に出しっ放しじゃないの


 俺

 間違っているときはなぜ間違ってるかわからない


 タカコさん

 自分の間違いを許せないのは勝手だけど他人の間違いを指摘するのは大きなお世話よ?


 俺

 誰もが心の奥底で世の終末を待ち望んでいるといったバカげた考察が成されるのは

 それだけアタマお粗末な連中が溢れ返っているのだろう


 タカコさん

 不健康な生活をしているのに長生きしたいと考えている人たちは

 別に世の終末を望んでいる訳ではないわ


 俺

 このビジネスは人の本質を狂わせる

 大大教は人間を消費単位として扱っている


 タカコさん

 あなたは成功経験がある

 努力もしてきた

 けどそういう人は圧倒的に少ないの

 特にこのナロー王国の住人にはね

 そういった義憤はお門違いよ?


 俺

 別に他人の倍努力してきたとかありません

 当たり前のことを当たり前にやってきただけです

 あと運が良かっただけです


 タカコ

 あなたもまた自分自身の実像を把握出来ていないのよ

 あなたの批判する人たちと同じになってるわよ?


 タカコ

 最後にこれだけは言っておくわ

 タイムマシンが欲しい願望と言うのは誰にでもあると思うけど

 ナローケーキの愛好家のほとんどは

 タイムマシンに乗って過去に戻ったところで

 もう一度同じような退屈な人生を過ごすことがわかっているの

 だからナローケーキがお金をここまで産むのではないかしら?




 あなたと出会えて

 勝負出来て

 俺は光栄です




 あら嬉しいわね

 私もよ




 そして決戦当日の朝を迎えた。







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