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ギルドの受付係を取得した新発見バグ

 私は村のギルドの受付係

 今、世界は魔王によって闇に包まれようとしているので、ギルドも大忙しで、冒険者の登録がひっきりなしに入ってくる。 

 忙しい。

 ていうかやりたくない。

 30過ぎても家で食っちゃ寝してたら、親に家を追い出されて仕方なくギルドの受付係に就職しただけだ。

 私は女だし、顔が良いのであっさり受かったが、毎日毎日書類の整理とセクハラの日々で気が狂いそうだ。

「整理券452番の方どうぞー」

「手短に頼む。急いでるんだ」

 壮年の男は、私の前に立つと、ペンでかかっと

『職業:勇者 名前:あ』

と書いた。

 ふざけてんのかこいつ……

 いや、職業:勇者はそんなに珍しくない。この世界の魔王は難易度ルナティックらしいので、天界の女神が勇者を週一ペースで送り込んでくるのだ。天界の皆さまにはうちのギルドマスターがわいろ……いや、ご贔屓にさせてもらっていて、この村は初めての村として登録して勇者が毎週のように登録するのだ。

 勇者は稼ぎがいいので、うちの給料も良い。その分労働時間も長い。死ね。

 話が脱線した。

 それはそうと、名前を「あ」と書く奴は見たことがない。勇者は大概アホでバカだが、ここまでふざけたやつはさすがにいない。村人に”あ”さんとか言われてお前はそれでいいのか。

 ……まあいいか。私は関係ないし。早く仕事を終わらせて家でBLでも読んでオナニーしよう。

「あさん。登録ありがとうございます。それでは当店舗の仕様をご説明しますね。まず冒険者のランクはS、A、B、Cの4ランクになっておりまして、そのランクごとに受けられるクエストが分かれております。クエストは掲示板に張り出されておりますが、ご説明のために掲示板まで一緒にご同行をお願いいたします」

 勇者あは無表情で頷いた。

 何か言えよ……陰キャか?

 そして私が憂鬱な気分でよっこいしょと椅子から立ち上がって、勇者あさんの隣に立って掲示板に進もうとした。

「よし、受付係が仲間になったな」

 突然虚空に向かってしゃべる勇者あ。

 仲間じゃなくて説明するだけなんだけどなと、私が思っていると、突然勇者あは私のポニーテールを引っぱると、私を引きずりながらローリングして店の扉をぶち破って外に出た。

「いたいいたいいたいいたいいたい」

 ローリングの回転で目の前がグルグル回りながら、いきなり訳のわからない状態に追い込まれて混乱する私。

 そんな困惑など無視して勇者はものすごい速さでローリングして街のど真ん中を走り回るとある村人の家の前で停止した。

「突然何すんのよあんた!」

「……」

「拉致して私を何するつもりなのよ! 強制労働? 身代金? それともレイプですかぁああ!?」

 勇者あは何もしゃべらない。私を連れてきた理由もしゃべらなければ、ローリングして街中を走る奇行についても説明がない。

 だが、突然思い出したように口を開いた。

「あっ、ここは壁キックで2階に入らなきゃダメじゃん」

「は?」

 勇者あは私のポニーテールをぎゅっと握った。

「やめ……」

 勇者あは隣の民家との間の隙間に入ると、隣の民家の壁をキックして私を壁にたたきつけながら2階のベランダに着地した。

「いたあああああああああああ。全身に強烈な痛みが! 死ぬ! 死んじゃう!」

 勇者あは私の叫びに当然無反応である。

 まるで物のように扱われる状況に、この世に感じたことのない恐怖を感じた。

 勇者あはベランダから民家に立ち入ると、食事中の家族がそこにいた。

「ひ……?」

 突然の来客に怯える村人。

「ここに魔王城への時空の歪みがある」

 この勇者の言っていること、やってることが、終始意味が分からない。

 何だこれ、完璧なキチ〇イじゃないのか? 女神さん、キ印の人送ってきちゃダメですよ。もしかしてこの世界の難易度がルナティックすぎて、精神に異常をきたした勇者の産廃処理施設にしようとしてますか? 女神さん。

 勘弁してくださいよ。

 いや、そんなことは問題じゃないんだ。私にとって重要なことは、この自分が勇者だと思っている精神異常者からどうやって逃れるかということなんだ。

「ファイア!」

 突然Lv1の誰でも打てる最弱魔法を唱える勇者あ。

 食卓が火の海に包まれ、お父さんは子供を守るべく、子供を抱えて火の手から逃れようと部屋の隅に逃げる。

 炎にゆらめく食卓を見ながら、私ははっとした。 

 最弱呪文……だと?

 私は冷静になって懇意にしてる女神から飲み会の席の一発芸のお礼にもらったステータス閲覧画面で勇者あを見た。

 そこにはLv1 力1 すばやさ1 防御力1 運1 HP5 MP1  取得魔法ファイア

の勇者の初期ステータスが表示されていた。

 私はにやりと笑う。

 そうだ。精神に異常をきたして怖いが、所詮経験値を得ていない初期勇者だ。Lv10の私程度でも十分倒せるレベルだ。

 私は最近習得したばかりのファイラをぶちかますべく、勇者の後頭部にそーっと手を置く。

 ふへへ。悪く思うなよ。

 頭がおかしく生まれたこの世の不幸を呪うがいい!

「ファイ……」

 その時、村人の食卓の前に異空間が飛び出した。

「ふぇ!?」

 勇者あはぎょろっとした目つきで私を一瞥した。

 何も言わず奴は私を背負い投げで異空間にぶち込んだ。


 私は空中へ放り出される。そこは禍々しい居城の大広間のようだった。

 地面から3mくらいある上を自由落下して、ギルドマスターから教わった三点着地でなんとか怪我無く地上に降り立つことができた。

 遅れて、勇者あがローリングしながら降りてきた。

「誰だ! 貴様ら!?」

 玉座に一人座る人物。あっ知ってる、この人魔王だ。新聞の写真で見た人にそっくり。

 じゃ、まじかよ。魔王城への時空の歪み本当にあったんじゃん。

 つまり、この勇者精神異常者じゃなく、とてつもなく優秀な勇者なのか……?

「フハハハハハ、なるほど、忍びの者か。私を暗殺しにきたのだな? いいだろう人間どもよ。わが魔王の恐ろしさ見せてやる。ググググ」

 魔王は右手から大きな牙を生やし、左肩から目玉が飛び出し、腹から謎の毒汁を噴出させる突起物を出して、首から3つの頭を出し、変身した。

「つ、つよそう……いやちょっと待てよ? 勇者さんLV1だよね……? 倒せるのこれ?」

 ただ、魔王城への時空の歪みを知っていた勇者だ。何の策もなく突入するわけがない。たぶん倒せる方法を知っているはずだ。

 勇者あはやはり何かを知っていたようだった。

 彼はまた無表情で私のポニーテールをひっつかむと、右の壁へ私をたたきつけた。

「いったああああ!? 物扱いするの止めてもらえませんか!? 言ったらここに行くから!」

 その言葉を聞いた途端、勇者は激怒した。

「バカ野郎! お前がその場所へいくまで何フレーム使うと思ってんだ! 16フレームは使うぞ! 16フレーム!」

 勇者あが突然何か意味のある専門用語ミームを話し出したが、まったく意味が分からない。この勇者会話する気があるのだろうか? いやない。

「これで終わりだ。ファイア!」

 そして勇者あは最弱魔法ファイアを出した。私に向かって

 炎に包まれる私。

「うぎゃああああああああ、ってこのセリフ魔王が言うんじゃないの!? 私燃やしてどうすんのよ!? 打つ場所違うでしょ。うぎゃああああああああ」

「よし」

 ガッツポーズを取る勇者あ。

 やっぱりこいつビョーキだ。もの狂いだ。頭がおかしくなってて魔王と私の区別がつかなくなってる。 私の最後こんなことになるなんて、ああ! せめてイケメンと結婚してそいつが王子様でそれとは別に毎日合コンでイケメンにお持ち替えられてセックスする人生を送りたかった。

 だから行き遅れるのよ

 という母の声が走馬灯として聞こえたり聞こえなかったりしたが、きがつくと、私の体は燃えていなくて、何か魔王の方が燃えていた。

「うぎゃああああああああ」

「え? どういうこと? 魔王が燃えてる」

 魔王が燃えていた。それもただの燃え方ではない。何かグロイ燃え方だ。モザイク状に穴が開いていて、腕が腹に貫通したり、目玉が口に突き刺さって片足だけが妙に長くなって魔王城の天井に突き刺さっている。

「いや、燃えてるっていうのかこれ? 何かの魔法? しかしこんな魔法見たことないわ」

 勇者あは魔王が燃えている(?)中、何か踊っていた。

 何やってるんだこいつ。

 私は勇者あに近づいて事の次第を問い詰めた。

「あんたこれどうなってるの?」

「いいだろう。今はちょうどダメージが入ってる最中で時間短縮ができないから、説明してやる」

 勇者は踊りながら私に説明する。

「まず、RTAの始めに一番大変だったのは、ギルドの受付係を連れてくることだ。一々重い体重をもっていかなければならず、移動に時間がかかるが必要なんだ。意味不明な作業に見えるが、これは魔王との最終決戦に使うんだ。ギルドの受付係はバグで仲間判定がある。さらに、なぜか魔王のHPが置かれている隣のバイトにギルドの受付係のHPがあるんだ。つまり、わかるだろう? 1バイトメモリをずらせば魔王にダメージを食らわせられるんだ。それもプラスだから、HPがオーバーフローする。すると魔王にはそのオーバーフローによって大ダメージが入るんだ。割合ダメージなので死ぬまで時間がかかるのが難点だな。

 後はどこで1バイトメモリずらすのかっていうことだが、なんとちょうど魔王城の大広間の壁のその位置にギルドの受付係を置けば、バグって魔王にダメージが入るということが101京1999億23回の異世界でわかった。魔王城への時空の歪みは、デバッグルームだ。ちょっとこれはRTAだとズルだという風に他のRTA勇者に言われたが、なしよりのありだと、私は思っている」

「何を言っているのかわかんない」

 理解することをあきらめた私は魔王城の隅で体育座りしていた。

 その後も勇者は踊り続けていたので何で踊っているのか聞いたら、”儀式だ”とだけ言われた。

 キチ〇イと天才は紙一重か……

 5分くらい経って魔王が消し炭になっていた。

 

「クリアおめでとうございます。それじゃあ勇者さん。次の世界もよろしくお願いしますね」

 私が隅っこで茫然としていると、女神が現れた。

「RTA走者が少ない異世界がいいって言ってましたよね。じゃあこれなんてどうでしょうか?」

「二人一組の勇者で異世界攻略部門? あ………………でも」

「ああ、そうですよね。コンビ組むのって難しいんですよね。勇者ってみんな陰キャのコミュ障しかいないですから。じゃあ一つ提案がありますよ。チラッ」

 その女神は私に目配せした。

 あ? なんだ?

 勇者はハッとした目つきで私を見る。

 勇者と女神がニタニタ笑いながら近づいてくる。

 やめろ。お前ら。私をそっちの世界に連れていくんじゃない。私は家でBL本読んでオナニーしたいだけなんだ。そんな精神異常者が闊歩する世界に私を連れて行こうとするんじゃない。死ね。死ね死ね女神。

 女神はただ、こう言った。

 ギルドに仕事斡旋しないよ? 魔王いなくなったから経営大変だから、お前無職になって川の下で生活だよ? と

「じゃあ二人一組で異世界転生RTAがんばりましょ」

「う、うえぇえええええん」

「……」

 私は取引先からのパワハラに負けて、サイコパス無表情勇者と異世界転生RTAをすることになったのだった。

 女の涙はサイコパスには武器にはならない。

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