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もうひとつのゲーム業界物語  作者: 平野文鳥
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◆第3話 ドラゴン&ファンタジー狂想曲 ~その1~

 その日、フリーのゲームクリエイターの米村よねむら(五十五歳)は、仕事の打ち合わせの為に新宿西口の街を歩いていた。街は年末商戦を控え、クリスマスデコレーションや大安売りのポスターやポップで彩られ活気付いていた。


(あの店か……)


 米村は待ち合わせ場所となる老舗の喫茶店を見つけたが、約束の時間まで一時間近くもある。中に入って待つのも退屈なので、とりあえず近くにあった家電量販店に寄って時間を潰すことにした。

 店の一階はスマホとテレビゲームの売り場に分かれていた。米村は最新のゲームでもチェックしようとゲーム売り場へと向かった。


(おっ? あの曲は……)


 ゲームのデモ用ディスプレイから大音量で流れていたその曲は人気ゲーム『ドラゴン&ファンタジー』のオープニングテーマだった。


『ドラゴン&ファンタジー』 略してドラファン――。


 それは最初にリリースされてから三十年以上たった今も、その人気が衰えることのない国民的超人気ゲームソフトだった。


(新作が出るみたいだな。しかし、ずいぶんと進化したもんだなぁ……。グラフィック、音楽、システム、どれをとっても凄いクオリティーだ。あの頃のものと比べると隔世の感があるよなぁ)


 米村はディスプレイに流れるドラファンのデモ動画を見ながら、三十年前の出来事を懐かしんだ――。




 1987年の冬――


「米村くん! ドラファン3のポスターはどうなってんのかね」


 株式会社フェニックスの専務でドラファンのプロデューサーでもある万田(かずた)が広告デザイン担当の米村に訊いた。


「はい! 明日、二度目の色校が出ます」

「明日? 遅いね。何やってんの白屋印刷は? 来年の発売日までそんなに時間がないんだけどね」

「それが、一度目の色校の修正(なおし)に、てこずってるみたいで……」

「てこずってる? なんで?」

「専務が指摘された赤色のばらつきがどうしてもとれないそうです。なにせ特注の赤インクを使って全部で二万枚も()るのでどうしても出てしまうそうで。白屋の担当さんからも泣きが入ってました」


 万田は「そうなのか」と言ってしばらく考えた後、「じゃあ、少しぐらいのばらつきはかまわないと伝えといてくれ」と米村に指示し、企画部から急ぎ足で出て行った。


 株式会社フェニックス――。

 僅か三十人足らずのこの小さな会社は、もともとパソコン用ゲームソフトの流通を営んでいたが、二年前にリリースした家庭用ゲーム機『ファムコン』のゲームソフト『ドラゴン&ファンタジー』がヒットし、その続編となる『ドラゴン&ファンタジー2』も前作を上回る大ヒットをした。その結果、フェニックスはゲームメーカーとしての地位を確固たるものとした。そして今、その三作目である『ドラゴン&ファンタジー3 そして栄光へ…』のリリースを目の前にしていた。


 広告デザインを担当していた米村はドラファンの広告、販促物、そしてパッケージデザインを一人でこなしていた。おまけにパソコンゲームのプロデューサーも兼任していたので、その忙しさは半端ではなかった。しかし、大好きなドラファンの仕事ができるとあって、その喜びで湧き出るアドレナリンのおかげでなんとかこなしていた。



 年が明けた1988年1月――。

 米村は西新宿にある家電量販店の店頭に張られたドラファン3のポスターを見ながら、改めて自分がこの仕事の一員である事をしみじみと味わっていた。


「米村くん! 何してんの」


 突然、話しかけられた声の方を振り向くと、営業部長の桂田が立っていた。


「あ、桂田部長。お疲れさまです。今、あのポスターの反響を見にきてたんです」

「ポスター? ああ、あれか。さっき店の担当さんから聞いたけど、なかなかインパクトがあって評判いいみたいだぞ。なにせ、ヘッドコピーがいいよな。『これがファムコン史上最強のRPG』って。すごい強気だよな。あと、発売日の文字のでかさもインパクトあるし。ポスターからゲームに対する自信が伝わってくるよ」

「ありがとうございます。ところで、ゲームの受注状況はどんな感じなんですか?」

「ああ、凄いね。既に予約だけで二百五十万本いってる。今度のは三百万本は超えるな。営業している自分もびっくりだよ」

「予約だけで二百五十万本! でも、最初からそんなに用意できるんですか」

「天狗堂さんも頑張ってゲームカセットを生産してくれてるけど、さすがに全部は無理だよ。だから、発売初週に百万本、次の週に百五十万本と分けて販売する予定だ。でも、そのことを理解してもらえない小売店も多くてねぇ。なんで一気に出さないんだって。一部の店からは『品薄感を煽る為に本数制限してんじゃないのか』と悪口を言われる始末でね。まいった、まいった……」

「それは大変ですね……。でも、ある意味、嬉しい悲鳴じゃないですか」

「でも、そうも言ってられないんだよ。どうも一部の小売店の中には、過去に売れ残ったゲームソフトとドラファン3を抱き合わせで販売しようとしているところもあるらしい」

「抱き合わせ? そんなことをする店があるんですか。ひどいなぁ。客の足もとを見てますね」

「でも、こう言っちゃなんだが、俺も営業でゲームを売り込む立場だから、売れないゲームの在庫で苦しんでる小売店の気持ちはわからんでもないよ。まぁ、業界全体のことを考えると、好ましいことではないんだけどね」


 桂田は難しい表情をしながら無精髭が生えた顎をさすった。米村は再び店頭に貼られたポスターの方へ目をやった。ポスターの前にはいつの間にか数人の子どもたちが集まっていた。


『2月10日発売!!』


 ポスター面積の四分の一を占めるその文字は、少し離れた場所から見ても目立つ大きさだった。そしてそれはドラファン3を首を長くして待ち続けてきたユーザーたちを誘い、異常なまでに興奮させる魔法の文字のようにも見えた。


 そして、その日がやってきた――。

 企画部の朝礼で万田が社員に向かって檄を飛ばした。


「いよいよ本日、ドラファン3が発売されます。今回のゲームは、その前評判や受注本数が前回を大きく上回るものとなっています。ですから、今日はユーザーやマスコミからの電話問い合わせが前回以上に殺到すると思われますので、全員でその対応にあたってください」


 企画部の社員は十人。たったそれだけの人数で、これから殺到する数多(あまた)の問い合わせに対応しなくてはならない。社員全員に緊張感が漂った。


 席に着いた米村は目の前にある電話をじっと見つめ、いつかかってくるともしれない問い合わせを待ち続けた。しかし、午前十時を過ぎても電話の着信音は鳴らなかった。


「問い合わせって何時くらいからくるもんなんですか」


 米村は隣の席で漫画雑誌をチェックしていた坂下に訊いた。坂下はドラファン1の発売の時からフェニックスに在籍する米村の先輩だ。


「そうか。米村くんは今回が初めてだったね。う~ん、そうだなぁ。そろそろじゃないかな。たぶん……」


 坂下はまるで他人事のような口ぶりで答え、読みかけの漫画雑誌に目を戻した。


「いやあ〜、すごい、すごい!」


 突然、企画部のドアが開き、営業部長の桂田が興奮しながら入ってきた。企画部の社員全員が何事かと一斉に桂田の方を向いた。


「さっき池袋のヨドカワカメラに寄ったら、購入待ちの行列ができてたぞ!」


 坂下が漫画雑誌を机の上に置き、興味深げに訊いた。


「ドラファン2の時も結構並んでましたけど、今回は何人ぐらいですか。千人ぐらいですか」

「千人? そんなレベルじゃないよ。2キロ並んでるんだよ、2キロ!」


 企画部の社員全員が一瞬ポカンとした。桂田が言った意味がすぐに理解できなかったのだ。

 その時、米村の電話の着信音が鳴った。それを合図にするかのように他の電話も一斉に鳴り始めた。

 それはまるで、これからフェニックスで始まる狂想曲の序曲(オーバーチュア)のようだった。



 ~つづく~

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